2.人間の舞台
例外。
それは、そんなエンタメ業界においてもなお
唯一人間が残された場所があった。
「舞台芸術」
理由は単純だ。
生身の身体を持つ俳優が舞台に立ち、観客の前で演じる。
この文化だけは、完全なAI生成に置き換えるには
コストが高すぎた。
だが、それも自由ではない。
舞台に上がるすべての演者には小型のマイクと視線センサーが装着され、
台詞はAIの監視システムと照合される。
「アドリブは禁止」
これは絶対だった。
例外は許されない。
言い間違い。
間のズレ。
感情表現の逸脱。
それらもあってはならない。
もし台詞を噛めば、舞台袖のモニターに警告が出る。
三回のミスで代役に変えられ、次回のキャスティングから外される。
円盤化の際には、そのミスはすべて修正された。
ライブ配信でさえ、AIフィルターが即座に補正する。
結果として、観客の目には誰もが完璧な演技に写る。
それでも、この制度には一つの効果があった。
演者の技術は確実に向上したのだ。
少しの気の緩みが、失業を呼ぶ。
決して間違えられない。
その緊迫感は集中力となり、
演技は異様なまでの気迫とリアリティを帯びていった。
そして終演後の舞台裏では毎回、反省会が行われる。
もっとも、それは反省会という名のAIによる採点だった。
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【今回の公演 お疲れさまでした】
静かな声だった。
機械音声のはずなのに、妙に落ち着いた人間の声に聞こえる。
それが不気味さを増した。
【本日の舞台は記録されています 現在 解析が完了しました】
ひじりは、何も言えなかった。
やっと手に入れた、台詞のある役だ。
舞台の中心に立つ華やかな役ではない。
それでも、実直な演技を評価されて掴んだ初めてのチャンスだった。
この世界を目指したキッカケは、多感な時期に出会った舞台。
その時浴びた感動の光が、狭い世界で頑なに握りしめていたちっぽけな悩みを塗りつぶした。
何で悩んでたのかなんで、もう思い出せない。
でも、その光だけは鮮明な熱気を持って思い出せる。
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幕が上がる。
光の中心に立つ、役者。
その立ち姿に、心を撃ち抜かれた。
ここが、自分の目指す場所だと思った。
もちろん、最初は舞台の0番に立つつもりで、
この世界に飛び込んだ。
だが現実を知った。
本物のスターを間近で見たとき、自分の立ち位置を理解した。
それでも諦めなかった。
そこから練習を重ね続け、
やっとたどり着いたのがこの公演で、この役だ。
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そんなひじりの思いとは対照的に、
アルゴスの声は穏やかに続ける。
【あなたの演技は
平均的観客満足度を**12.4%**下回っています】
(これはセーフ、なんだよね?)
わかっていてなお、現実逃避の楽観に縋る。
【なお この結果はあなた個人の努力とは無関係です 才能や人格を評価するものでもありません】
柔らかい声に反比例して、心拍数が上がる。
【ただし 作品の品質基準を満たしていません】
「……っ、、、それで?」
アルゴスは一拍置いた。
まるで感情があるかの様に。
【あなたは次回公演より降板となります】
声は最後まで丁寧だった。
【代役はすでに選定されています
あなたと同じ年齢層 声質 身体比率 観客層の好感度を基準に合致した役者です】
少しだけ間を置く。
【ご安心ください】
【あなたのこれまでの舞台データは 今後の演技生成モデルの学習に有効活用されます】
ひじりは笑った。
乾いた笑いだった。
「つまり……私はもう必要ないってこと?」
アルゴスは即答した。
【いいえ
あなたはすでに役目を果たしました】
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『ーーこんなの、演劇じゃないっ!』
それは、演者のものだったのか、観客のものだったのか。
心の叫びは
誰に聞かれることもなく夜の闇に消えていった。




