1.完全な世界
203X年
エンターテインメントは、完全になった。
テレビドラマの出演俳優は人間ではない。
映画スターも、ニュースキャスターも、バラエティタレントも、ドキュメンタリーの人さえも。
すべてAIが生成した実在しない登場人物だった。
彼らは老いない。
不祥事も起こさない。
スケジュールを破らない。
感情も計算された範囲でしか動かない。
視聴者はそれを知っていた。
だが、もはや誰も気にしなかった。
なぜなら——
出来上がる作品は「完璧」だったからだ。
かつて毎日のように流れてきた、
些細な失言を切り取った炎上。
重箱の隅をつつくような告発。
あからさまな煽動による騒動。
不意に晒されるプライバシー。
そうしたものに、
見る側の人間もすでに疲れきっていた。
AIの台本は統計学的に最も泣ける構成で書かれ、
俳優は最も魅力的な表情をするよう生成され、
編集は一秒単位で最適化される。
街頭インタビューでさえ例外ではない。
最初からAIフィルターがかけられ、
顔を含む個人情報は違和感のない程度にぼやかされ、
毒を持つ意見は、薄いオブラートに覆われ解毒される。
その結果、視聴者は雑音に邪魔されることなく、
安心して涙を流し、共感することができるようになったのだ。
そう。
この国のエンターテインメントに、
予定外は存在しない。
すべては管理AI
「アルゴス」によって監視されていた。
アルゴスは、文化省と巨大エンタメ企業がタッグを組み、満を持して導入された統合管理システムだ。
エンタメ産業のキャッチコピーはこうだ。
「偶然のない感動を。」
ーーただし一つだけ、例外もあった。
AIアルゴスは、アルゴス・パノプテス= ギリシャ神話に出てくる巨人、百の目を持つ監視者が由来。




