◆幽霊船
ここはダンジョンの96階層。
アレフは、紅神龍を倒して一気にレベルアップをはかろうと、やる気満々でやってきたのだが・・・
なんと96階層は、もぬけの殻状態だった。
紅神龍どころか他の魔物さえもいない。
「おいっ! これはいったいどういうことなんだ!」
戸惑うアレフの横にいるティナは、これは自分の所為だということがアレフに気づかれないよう、すっとぼけた顔で立っている。
まあ、それもそのはず。 暗黒竜の気配がすれば、知恵のある魔物たちはさっさと逃げ出さずにはいられない。
「くそっ! このままではいられん! よしっ! ティナ、97階層に下りるぞ」
途中に出て来る魔物らは、大ムカデや吸血大コウモリなど、何も考えずに生きているような雑魚ばかりだった。
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そして一層下の97階層は、地底湖が果てしなく広がっていた。
まるで海のように大きな波も立っている。
で困った・・・ アレフは泳ぎが大の苦手だったのだ。
まるっきりのカナヅチではないが、水に浮いていられる程度なのだ。
「98階層に行くには、この湖の向こう岸まで行く必要があるのか・・・」
アレフには、水に棲む魔物と戦った経験は無いが、どのような魔物がいるかは、仲間から聞いて知っていた。
「巨大な水ワニや水龍、鋭い歯を持ち群れで襲って来る魚なんかがいるかも知れんな」
そう言いながらアレフはティナの方をちらっと見る。
「わたし、水に濡れるの嫌ですからね」
ティナはアレフに先にくぎを刺すことを忘れない。
う゛、うん・・・
「困ったな。 船は無いし。 他の冒険者も見当たらないし」
「そうですね。 97階層に到達するには、本来なら紅神龍を倒す必要がありますからね」
「くそっ。 完全に詰んだか!」
アレフは波打ち際にあった岩の上に腰をおろし、地底湖の先を見つめながら大きなため息を吐いた。
「アレフ! こちらに向かって何かが来ます!」
ティナが指をさす方を見れば、真黒な物体がもの凄い勢いで、アレフ達に向かって突き進んで来る。
30mくらまで接近したとき、それは大きな口を開けた。
鋭い牙が幾重にも並び、もしあの口で噛まれたら、アレフの胴体など簡単に真っ二つになるだろう。
アレフは、うかつに湖に入らなくて良かったと思った。
しかも、それは驚くほどの速さで陸に上がり、アレフに向かって突進してきたのだ。
その近づいて来た、大水ワニの大きさは、30mくらいはあるだろう。
おそらく湖の中には、こんなのがうじゃうじゃいるに違いない。
ワニがアレフたちの目の前まで迫った時、突然ティナが呪いのブレスを大ワニに目掛けて吹きかけた。
ワニはそれに触れ、即死である。
「おいっ! いきなり呪いのブレスを吐き出すな! 俺まで死ぬところだっただろっ!」
アレフが猛抗議するが、ティナは知らん顔である。
「で? どうするんですか?」
「策が無い以上、引き返すしかあるまい!」
アレフは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、死んだ大きワニの腹を蹴っ飛ばした。
「痛っ!」
不用意にワニなぞ蹴り飛ばすから、痛い目にあうのである。
「アレフ、折角ですからワニを食べてから帰りましょう♪」
「・・・」
ティナの突然の提案にアレフは、言葉を失う。
「この肉は、チキンとそん色ない味ですし、とってもヘルシーなんですよ」
「マジかよ」
「ええ、たぶん。 もう何百年も食べてませんけど」
「ちっ、それでよく人に勧めてくるよな」
何かに気づいたように、アレフはふいに辺りを見まわす。
「ところで、わちゃわちゃしてるやつらの姿が見えないが、どこに行ったんだ?」
「ああ、あの二人なら水浴びに行くって言ってました。 たぶん近くにいると思います」
「なんだって! もう大ワニに喰われてるんじゃないのか?」
「あの二人なら大丈夫です。 ワニが二人に近づく前に眠らされてしまいますから」
「なるほど」
「アレフ。 ちょっとの間、うしろを向いていてください」
「?」
「あのワニの下拵えをしてしまいたいので」
「わかった」
アレフが後ろを向くとティナは暗黒竜の姿となって、その鋭い爪でワニをあっと言う間に解体した。
「アレフ、もういいですよ」
「えっ? まだ一分も経ってないぞ」
アレフが振り返るとワニは肉と骨と内臓にきれいに分けられている。
「今回は内臓は食べません」
そう言うとティナは、ワニの内臓を湖にぶん投げた。
それらが水面に到達すると、激しい水飛沫と共に、ワニやら水龍やら魚の群れが群がる。
「あれは、あまり見たくない光景だな」
この後、ティナがワニの肉を焼き始めると、その匂いにつられて大ワニや水龍が近づいて来るが、ティナが発する暗黒竜のオーラに気づくとすごすごと沖の方へと引き返して行った。
そして、ララとリリィも裸のまま戻って来る。
「おいっ! おまえら服を着て来い! 俺がギルドに捕まるじゃねぇか!」
「だって、リリィたち、いいものを見つけたの。 だから急いで来たんじゃない」
「いやいや。 服を着るのにそんな時間はかからんだろ!」
「なんだ。 そんなこと言うなら教えてあげないからね」
リリィはプンスカし始める。
「わかったから、早く言え」
「この先の岩の後ろに船があったの」
「えっ、そうなのか。 だけどどうせ、底に穴が開いてるボロ船とかだろ?」
「穴は開いてなかったけど・・・」
「ほらな。 って、開いてない? でもどうせ何か訳ありな船なんだろ」
「船にたくさんスケルトンが乗ってるの」 リリィの後ろからララが顔をのり出して報告してくる。
「なんだって。 じゃあそれは幽霊船なのか?」
「違うと思うの」 ララが頭をブンブン振る。
「何でそう思う?」
「えーとね。 スケルトンさんは、昔その船に乗ってた人たちだって言ってたの」
「それって、やっぱり幽霊船じゃねぇか」
「でもスケルトンさんたちは、今でもその船に乗って湖の調査を続けているって言ってたの」
「ほぉぉ。 ならば頼めばその船に、俺たちも乗せてもらえるかも知れないな」
「アレフ。 早く食べないと、折角のお肉が冷めてしまいますよ」
船に乗れるかなんて全く関心がないティナが、枝に刺した肉を顔に押し付けて来る。
「熱っ! おいっ! 火傷するじゃないか!」
「早く食べてください」
「わかったから・・ 肉を押し付けるな!」
こうしてアレフには、98階層ルートへの一筋の希望の光が見えてきたのだった。




