◆求愛行動♥
ここはダンジョンの65階層。
このダンジョンで唯一魔物がいない階層である。
つまり、冒険者たちが疲れを癒し、活力を取り戻してから下層へと再び挑んで行く、オアシス的な場所なのだ。
アレフも例外にもれず、酒場で久しぶりに美味い飯にありついていた。
まずは、アツアツのシチューにふわっふわのパン。
腹が満たされた後は、恐ろしく度数の高い酒と得体の知れない燻製肉で一杯。
少々時間がかかったが、食べ終わって広場に戻ると案の定、ティナとサキュバスたちの姿が見当たらない。
「まったく人の言う事をきかないやつらだな! まあ、一緒に行動する必要もないから、別に構わないがな」
元々この65階層まで戻れたら、ティナとは別れるつもりだったので、気にすることはない。
それに、73階層から96階層に強制転移され、魔物たちの強さを思い知ったアレフは、このダンジョンをいったん後にするつもりだった。
『今夜は近くの宿に泊まって疲れを取ってから、明日転移ポートで地上へ行き、故郷を目指すとしよう』
『確か前に来たときに泊まった宿屋が、この辺りだったような・・・』
アレフは少々迷ったが、古ぼけた小さな宿屋を見つけ、ギシギシと音を立てる階段を上り、2階にある部屋に入った。
部屋にはシャワーは無かったが、2階の奥にシャワールームが2つあった。
さっと汗を流すと、倒れ込むようにベッドに横になり、翌日の昼近くまで目が覚めなかった。
***
**
*
アレフは夢を見ていた。
きれいな花畑の中で、ふざけて逃げる元恋人を追いかけていた。
ようやく彼女に追いつく寸前になると、さっと方向を変えられて、なかなか捕まえられない。
「待ってくれよ。 お願いだ」
しかし、彼女の足は止まらない。
「よしっ! ちょっと手荒いが仕方がない!」
アレフが、逃げる彼女にジャンプタックルを仕掛ける。
うまく彼女の腰に手がかかり捕まえるが、勢いがあまり二人で花畑のうえを何回か転がってようやく止まった。
ハアハアと息があがっている。
むにゅっ
気づけば柔らかく弾力のある何かに掌が触れている。
その感触を確かめるように何度か揉んでから、はっと気が付いた。
「こ、これは・・・」
アレフは、そこで目が覚めた。
「んっ?」
目が覚めているはずなのに、右手の感触は夢のままだ。
もにゅ もにゅ たゆん
アレフが自分の右掌に視線を送ると、そこには何とティナが眠っているではないか。
「おわっ!」
アレフは驚いてベッドから飛び起きる。
すると・・
「アレフ。 暗黒竜の胸を触りましたね。 これは、わたしに対する求愛行動です」
「いやいや。 俺はただ寝ぼけて・・ 本当にすまなかった」
「いいわけは無用です。 その求愛、謹んでお受けします」
「なな・・なにを言ってるんだ! わけがわからんぞ」
アレフが焦って、ジタバタしていると右の手の甲に竜の紋章が浮かび上がり、青白く光り始めた。
「うぉっ。 なんだこれ!」
「これは、夫婦となった証です」
「まて まて まて!」
「暗黒竜のつがいは、一生を添い遂げるのです」
「いや、俺は暗黒竜の雄じゃねぇし!」
「アレフ。 種族の違いは問題ないのです。 現にわたしは今、人間の姿をしています」
「あぅぅ」
「アレフ、おめでとうなの」 リリィとララがいつの間にかアレフの横に立っている。
「いや、違う。 違うんだ!」
「アレフ。 早く子供が欲しいです。 最低でも10頭くらい・・」
ティナがアレフに止めを刺す。
「あ゛ーーー 今は何を言っても無駄だな。 わかった、わかった。 後でゆっくり話しをしよう」
「そ、それよりお前たち、どうして俺が泊まっている部屋が分かったんだ?」
「竜の嗅覚は、3キロ先のアレフの匂いまで感じることができます」
ティナがドヤ顔をしながらアレフを見る。
「いや、犬かよ! まぁ、いい。 俺は朝飯を食いに行ってくる。 お前たちは、どうせ食べないんだろ?」
「人が食べる量だと食べないのと変わりませんし」
ティナの瞳が瞬間、竜のそれにキラリと輝く。
アレフはティナが暗黒竜になった姿を想像し、ひとり静かに納得したのだった。




