邪神降臨
王城の一角。"神成"と"国王"の二人の戦いは決着がつこうとしていた。
「――これで、私の勝ち」
片目を失い、体の肉が抉り取られた神成が勝ち誇ったように言うが、四肢を切り落とされ、地面に這いつくばる国王の余裕は崩れない。
「くく、ははははは!」
笑い出す国王を見て、彼女は体を再生させながら、その頭を踏みつけた。
「何がおかしい!?」
「いやはや―ここまで計画通りに事が進むとはな」
「強がりにしては、随分とお粗末な―」
国王は踏みつけられながらも、笑い続け―忌々しそうにその頭を踏み潰すと―水風船のように破裂し、その体は完全に沈黙した。
と思った矢先、神成は体の異常に勘付いた。
「―ぁぐぅ…!」
苦しむように頭を抱え始め―それもその筈。この戦いで消耗した神成という"器"に入り込んだアルマロスとの主導権の奪い合いが始まったからだ。
それから少しした後で、窓ガラスを蹴破って戦場に辿り着いたマクスウェルと彼に抱き抱えられたパラナの二人は、目の前の光景を、ただ一人立ち尽くす神成を見て、警戒を強める。
「パラナ、退いていろ」
「どうしてそんな態度を取るのかな? パラナ?」
よく似た声、声色で聞いてくる神成に向けて、パラナはマクスウェルの指示通り、後退しながら忌々しそうに叫んだ。
「姉のふりをするのはやめろ、アルマロス!」
「―何だ、そこの魔物に吹き込まれていたか」
一瞬で豹変し、神成の器を手に入れた"国王"は、瞬く間に傷を癒して、両腕を広げた。
「予想通りというか、この体は素晴らしいよ。何百年もかけて、作り上げたこの器を、"アザゼル"に独占させるのは勿体ない」
その言葉を聞いて、マクスウェルは構えたまま聞く。
「アザゼルとお前は繋がっていないのか?」
意外な質問に、彼女は笑いながら答えてくれた。
「そうか、お前らは知らないことだからな。その質問も当然だ。
率直に言うと、アザゼルはとうにこの世界から離れ、他の実験に繰り返している」
「……完璧な器を作る、実験か」
マクスウェルが忌々しそうに呟くと、嬉しそうに頷いた。
「その通り。我々神は、そのほとんどが断片的な存在であり、"弱者"である。故に、適した器を探し求め、それを媒体に我々は存在を補完する。
過去に神に抗い、神に敗北した者たちの器を複製し、量産して器としていたが、量産された肉体というだけでは、神の器として成り得ない。如何にして、"生き物"は"神の器"へと成り得るのか―それが、アザゼルが探し求める真理だ。
私は、その可能性の一つを探すためにこの世界に居着いてる、ということだな」
「……どこでも、神というのは変わらんな」
マクスウェルが吐き捨てるように言うと、彼は不思議そうに首を傾げた。
「それをお前が言うのか? 神によって創られた命から始まったお前が?」
「―お前らでも、話題にはなっているんだな」
自身の姿について指摘され、彼は無感情に言うと、楽しげに答えた。
「もちろん。異界の"神殺し"はどんな結末だろうと、共有されるからな。世界を超えることすら出来ない者が成し遂げたと言えば、尚更だ」
「…マクス?」
マクスウェルがかつて話していた、神と対峙したという話。その"生存者"であるという事は告げられていたが、"勝者"であったことまでは話していない。その事を思い出したマクスウェルは、小さく笑って名乗りだした。
「そうだな。私は神を殺した。
ある時は私たちの世界を、"魔王と勇者"の物語として弄んだ女神を。ある時は我々の創造主を名乗り、主人のように振る舞った魔神をも、この手で葬ってきた。
―"魔法王"、それは私の旧い呼び名だ。
今は伝説に語られる、大陸の人々が、抗うことすら敵わない、強大な悪意が産まれた時に降臨するという、蒼き甲殻と、六枚の翼を持つ魔物。
それを人々は畏怖を込めて、"邪神"と呼ぶ」
「大層な名だ」
馬鹿にしたように、国王は笑い、マクスウェル―邪神も笑う。
「そうだな。私は祈りに応えず、ただ、力を振りかざす暴力の化身。
お前らが成し得ない、"人のため"に神を殺す"邪神"だ」
「そして、お前はこの場に立っている」
「私の主人、この世界に生きる"ヒト"のために、私は神と成ろう。
―ただ、あまり見ないで貰えると助かるな」
マクスウェルがそう言って、パラナを防御膜で守った刹那―彼の肩から生々しい音と共に腕が生える。
白い腕はすぐに甲殻に覆われ、人の手に近い掌に付けられた眼球が開いた。
「"原初の魔物"、か」
「そのようだ。
前から気になっていたのだが、お前らとして、私はどのような扱いなんだ?」
「どういうことだ?」
不思議そうな国王に向け、邪神は付け加えた。
「我々は、自身の魔力量から姿形を変えるという性質が在るが故に、最終的に最も適した姿、つまりはこの、神の被造物へと至る。
先程話していた、お前らが作った複製物とやらと類似していると思うのだが、私は器として適正があるのだろうか、と思ってな」
「私は考えたことはないな。ただ、お前の言う通り、如何なるモノでも最終的にその姿に回帰するというよであれば、器としての適正は多少なりともありそうだ」
「そうか。そうだとしたら、お前らは私の体を欲するか?」
質問の意図を伝えると、国王は少し考え込んだ。
「それは、少し答えに悩むな。この器を手に入れた私には全く魅力的に見えないが、不十分な器に居る神であれば君の体を狙うかもしれん。
ただ、器としてはまだ十分とは言えないだろう」
「そうか。それは良かった」
邪神はそれだけ確認し、四本の腕を構える。
「聞きたいことはこの辺だな。
―じゃあ、死ね」
「少し遊んでやろうじゃないか」
「ほざけ」
二人は最後に短い会話を済ませ、戦闘を開始した。
二対の神が戦闘を始めた所、元々神成から受け取っていた地下牢に向かっていた三人は、軍部の防衛隊に道を阻まれていた。
「―私たちは、先を急いでいるのだが」
クルドの言葉に対し、同じくえんじ色の鎧を纏った隊長らしい人物が答える。
「残念だが、それは出来ない。
総司令を解放するのだろう? 我々としてもそれを許すわけにはいかない」
「反乱を起こしたからか?」
「理由は何であれ、混乱に乗じて更なる混乱を生み出したのは事実だ」
尤もな理由に止められ、彼らは正面突破しかないか、と半ば諦め気味に戦闘態勢に移ったその時。
「そこ、静まりなさい」
静かな声が場内に響き渡った。
その声に止められ、一同が声のした方向を向くと、七人の中年、もしくは老人の男女が立っていた。
その先頭にいるのは、しゃんとした黒いスーツ姿に鉄仮面と言う奇妙な格好をした女性で、彼女はよく通る声で聞いてきた。
「話が聞こえましてね。貴方がた、いえ、国王は軍部の総司令を我々の了解無しに捕らえ、軟禁していると聞いています。
この有事の直後、以前から我々領主は拘束を先延ばしにするように、と告げていたはずですが―これは一体どういうお了見で?」
責めるような物言いにも、隊長は臆すること無く言い返す。
「国王陛下の直々の指示だ。それ以上、我々から答えられることはない」
「後任も決めずに、勝手に暴走されては困ります。此度、我々領主は拘束に対して反対の立場として、直談判に参りました。
領主たちの半数以上の賛成があれば、国王陛下との謁見も許可されています。それができないとなれば、こちらも独自の判断で動けると法にも記載されておりますが」
「……今、陛下は大事な来客を相手にしておられる。謁見は、また後日―」
苦し紛れに隊長が追い返そうとしたが、彼女―"司法"の領主は冷たく言い放った。
「この有事の直後、軍部のコントロールが不安定になるのは、この国そのものの損失となります。何度もこちらもその旨を伝えていた筈ですが―それでも理解していただけないのなら、我々も手段を選んでいられない、と言うことですね」
その言葉を皮切りに、何処からか何十人もの私兵―領主たちの抱える"スキル持ち"が姿を現した。
「では、こちらは好きにやらせていただきます」
「―くっ! 総員、戦闘準備―!!」
次の瞬間、数多の怪物たちが、戦場に解き放たれた。
「――この隙に、我々は行くぞ」
領主たちの手助けのようなものもあり、争いの隙間を縫って、三人は先に進むことが出来た。




