雷光の大魔法使い編 7
美人ふたりとお食事なんて両手に花じゃー、と、思っていた時期が私にもありました。
「なんで聖がここにおんねん」
第二十五稼働実験室に叶恵を迎えに行くと、そこには先客がいた。
というより、叶恵から誘いは聖が発端らしい。
意味不明である。
「うちの鏑木がいつもお世話になってます」
「いえいえ。こちらこそお世話になりっぱなしで」
そしてなぜか名刺を交換している美月先輩と叶恵。
こっちも意味不明だ。
あんたらなにしとんねん。
同じ会社の社員同士で。
まあ、美月先輩は聖とも叶恵とも初対面だから、他人行儀になってしまうのは仕方がないことではあるけれども。
「猫の怨念。女の執念」
「なんでやねん」
謎のボケをかます聖の肩に、華麗なツッコミを決める。
なんだこのノリ。
「ゆーやんっていうか、ちょっとテストプレイヤーさんに頼みたいことがあったんじゃわ。神代ちゃんに紹介を頼んだら、それがたまたまゆーやんだったってだけで、べつに固有名詞はなんでも良いのじゃよ」
「僕の扱いが雑すぎる。待遇改善を要求するよ」
「ゆーやんを見込んで頼みがあったんよ」
「よし。乗った」
どんと右手で胸を叩く僕。
叶恵と美月先輩が、哀れなイキモノを見る目で半笑いしている。
「ちょろすぎじゃね?」
「鏑木さんが詐欺とかにひっかからないか心配です」
あんたらね。
ネタだからね?
僕と聖のスタンスは、ずっとこんな感じだったんだよ。
さすがにこのやりとりで、まっかせなさーいとなったわけじゃないのさ。
そもそも旧友の頼みだよ。
借金の保証人になってくれ、なんてものじゃなければ受け入れるでしょ。ふつーは。
聖が楽しそうに笑っている。
飾り気のない服装と、化粧っ気のない顔。ぼさぼさの黒髪にふくよかな身体。
ほんと変わってない。
安心する。
なんか時間が戻っていくみたいだね。
「で、頼みってなんだい? 聖に向けて閉ざす扉を、僕は持っていないよ」
「くくく。では三億円ばかり都合してもらおうかの」
「お引き取り下さい」
「おう。一秒で掌を返しやがったな」
笑い合う。
いかんいかん。
掛け合いが面白くて、ついつい遊んでしまう。
「もちろんテストプレイのことよ。ちょっと試してほしいシナリオがあるのじゃよ」
「ほほう?」
追加シナリオらしい。
というのも、食事や飲酒などの『飲食イベント』がごっそりなくなったため、『LIO』のスペックにはものすごい余裕ができた。
そして余裕があったら、そこをなにかで埋めようとするのが日本人というものだ。
空きは空きのままにしておけないのである。
「追加のシナリオとか、役割とか、スキルとか頼まれたんだけどね」
「作ったのかい? 飲食がなくなるって決まってから二ヶ月も経ってないのに」
「作ったというより、容量の都合で没ってたやつを復活させただけだけどね。モノとしては良くできてると思うけど、いかんせんこればっかりは自分で評価できることじゃないんじゃわ」
「そいつは道理だね」
軽く頷く。
聖のシナリオはどれも秀逸だ。
でもそれはあくまでも、他人が評価すること。
本人の自信と他人の評価は、まったくのべつものなのである。
「そういうことなら喜んで協力するよ。むしろ僕を選ばなかったら怒るところだよ。無二の親友なんだからさ」
「高校卒業以来七年、いっかいも会ってない。えらく疎遠な無二の親友いたもんじゃねぇかい? ゆーやんや」
「そいつは言わねえって話だぜ。聖さんや」
肩を叩いて笑い合う。
これだ。
この気の置けない感じがいいのだ。
「……こういうタイプが一番やっかいなのよね……」
「……王さんもそう思いましたか……だから会わせたくなかったんですが……」
「……あたしを呼んだ理由も判ったわ。じゃあ一次休戦ってことで……」
「……ですです。一人で対抗するのはきついんで……」
なんかぼそぼそ喋ってる声に振り向くと、美月先輩と叶恵が握手していた。
意気投合したらしい。
なんでやねん。
あと、ちゃんと僕にも聞こえるように話しなさいって。
疎外されてるみたいでかなしいじゃんか。
「ゆーやんには判らない話じゃよ」
ひょっひょっひょっ、と、聖が笑う。
あんたも、たいがい謎の人だからね?
あえてつっこまなかったけどさ、その怪しげな口調はなんなのさ。
『かんぱーい!』
四人の声が唱和し、音高くグラスがぶつかる。
最初は全員がビールだ。
紹興酒党の美月先輩や僕を含めて。
あ、高校生にしか見えない叶恵もちゃんと成人済みなので、アルコール摂取はまったくなにも問題ない。
ちょびっとだけ店員さんに疑われたけど、左腕の端末腕環に運転免許を表示させてぐいっと押しつけてたくらいだし。憤慨しながら。
うん。
僕もちゃんと確認したよ。
本当に二十二歳だったんだね。
事実は小説より奇なり。
「なまら失礼なことを考えてる顔ですね。鏑木さん」
「そそそそそんなことはないよ? さあさあ、『いかめし』を食べてくれたまえ」
テーブルの上の料理を押し出す。
北海道の森町といわれて最初に連想するくらい有名な料理だ。
全国駅弁コンクールなどでは、必ず上位入賞する逸品である。
内臓と中骨を取り除いたイカの中に餅米をつめ、甘辛く炊きあげたこの料理は、じつは道南地方の家庭料理らしい。
ふつーに家で作るんだってさ。
ほんとね。北海道の人たちって基本的に美味いもんしか食ってないよね。
呪われればいいのに。
「おいしっ! なにこれおいしっ!」
舌鼓をうつ叶恵。
気に入っていただけてなによりです。
この店『森町しげぞう』には、北海道の食材が集っている。
ぶっちゃけ、なに食っても美味いのだ。
「ホッケも大きくて脂がのってるわね」
美月先輩もご満悦である。
グラスはビールから紹興酒に変わっている。
あ、僕も切り替えよう。
「ゆーやんってそういうお酒を飲むんじゃね」
「うん。美月先輩の影響でね」
黄酒を注文した僕に、聖が小首をかしげた。
イメージじゃないかな?
「血みたいに真っ赤なワインを好むのだ、とか言われるよりは、合ってると思うけどね」
ふふんと笑う。
なんじゃそりゃ。
豚肉の串焼きを口に運ぶ。これも美味い。
どっしりとした深い味なのに、まったくしつこくない。
特産品らしい。
つーか、特産品だらけだから。
「どうなってんだろうね。北海道」
「わたしが旅行した稚内は、バフンウニとかタラバガニとか北海シマエビとかを、とくに感慨もなくごく普通に食べてたんじゃ。なんだこいつら敵かって思ったもんじゃよ」
「同意同意。やつらは敵だね」
肉も魚介も最高だなんて、ひどすぎるよ。
さて、食べてばっかりもいられない。
聖の話をきかないと。
「どういうシナリオなんだい?」
「じつはね、ちょっと世界観が変わっちゃうかもなんだ」
ビールジョッキをテーブルに置き、聖が真剣な顔をした。
『LIO』に登場する役割は、三系統十五種類だ。
戦士系、魔法系、エキスパート系。
なかには二つの系統の特徴を中途半端に混ぜた役割も存在する。魔法剣士とかね。
ただまあ、どれを選んだとしても、どちらかといえば異世界ファンタジーに登場するようなものばっかりである。
異世界ラゴスと混じり合ってしまった世界、という設定だからね。
「新しい役割はね。銃士っていうんだ」
「おいおい」
さすがに呆れる僕である。
それは一気にゲームが変わってしまうんじゃないか?
中世風ファンタジーからスチームパンクに。
「とはいえ、あんがい昔からファンタジー世界に銃って発想はあったのよ」
美月先輩が横から口を挟んだ。
「そうなんです?」
「こういうゲームは、もともとテーブルトークロールプレイングゲームって呼ばれるものからスタートしたんだけどね」
そう言い置いて説明してくれる。
かなり初期に生まれた『T&T』というシステムにも、銃は登場するらしい。
せいぜいがマスケット銃らしいが。
「現代社会の喧噪から逃げるために中世風ファンタジー世界を生み出したのに、そういう世界にいくと今度は銃と車輪が欲しくなるらしいわ」
人間なんて勝手なものだから、と、先輩が微笑した。
それはきっと僕らも同じ。
二十一世紀も終わろうって時代に生きてるのに、わざわざ通信機器も飛行機もない世界を作って、そこにダイブするんだから。




