雷光の大魔法使い編 8
帰宅したのは、それでも午後十一時前だった。
ケンゼンケンゼン。
異性が一緒の飲食で、午前様になるわけにはいかないからね。
「お? 兄さんおかえり。はやかったじゃない」
玄関の扉を開けると、亜里砂が居間からひょいと顔を出す。
いつもいつも良いタイミングだね。
居間からずっと庭を見てるのかってくらい、僕の帰宅を察知してくる。
あるいはエスパーなのか。
超少女アリサ!
なんちゃって。
太古の少女漫画かよ。アしかあってないじゃん。
酔ってるから思考がバカみたいになってるね。我ながら。
「女性ばっかりだったからね。あんまり遅くなるわけにはいかないさ」
「まーた女と飲んでやがったのか。タラシ兄貴は」
ひっど!
この妹ひっど!
兄の扱いが悪すぎる。
待遇改善を要求するぞ。
「べつに一対一で飲んでたわけじゃない。女性が三人もいたさ」
「もっと悪いわ。ハーレムかよ」
「後宮を築くほどの甲斐性は、残念ながら持ち合わせてないなあ」
台所へと進みながら苦笑する。
さも当然のようについてくる亜里砂。
おもしろい土産話なんてないぞー。
ウォーターサーバーからコップに注いだ水を飲み干す。
「っぷはっ! 生き返るね!」
「いままで死んでたの?」
そういってドリンク剤を差し出してきた。
酔いざましである。
ぬーん。
それ飲んじゃうと、一気に酔いがさめちゃうんだよね。
もうちょっとだけ、酩酊感を味わっていたい。
受け取ったドリンク剤を、手の中でもてあそぶ。
さすがに亜里砂も、すぐ飲めやごるあ、とは怒らなかった。
「結局、なんの集まりだったの?」
「おもに仕事さ。テストプレイについてね」
話せる部分だけ、かいつまんで説明する。
家族といえども、開発状況について詳しくは話せないのですよ。
社外秘ってやつだ。
「上手くいってないの?」
「むしろ逆だよ。あれもこれもってギミックを増やしたがる人がいるんだ」
聖のことではない。念のため。
あいつはむしろ、シナリオ的な完成度を求めている。
銃士の導入についても、世界観を壊さないぎりぎりを模索しているって感じだった。
だからこそ僕は、きっちりとテストプレイをしなくてはいけない。
「ほんと楽しみよね。空気すら本物みたいだったもの。製品版になったらどのくらいのものになるか」
「だよなー って、え?」
「あっ」
同時に気付く。
亜里砂の失言に。
あなたその発言、体験してないと出ませんよ?
妹の頬をつたう一筋の汗。
「ちちちち違うのよ兄さん。ウチは体験版をやっただけで」
「まだ体験版は配布されてないよ」
「おうふっ!」
いやもう、誤魔化すのとか無理だから。
あきらめたまえ。
「亜里砂も社外モニターに選ばれてたのか」
「内緒にして!」
ぱんっと手を合わせる。
必死の構えだ。
まあ守秘義務があるからね。基本的には家族にすら秘密にしないといけないんだけど、亜里砂の場合はちょっと事情が異なる。
未成年だからね。
モニターって報酬が発生するから、むしろ家族の了承が必要になるんだよ。
「だから、僕にバレるのはセーフだよ。一応」
「よ、よかったぁ……」
端末を取り上げられるかと思った、と、胸を撫で下ろしている。
気持ちは判るけどね。
テストプレイの期間は残り四ヶ月もある。
つまり『LIO』の世界は、まだまだ全容を明らかにしていないんだ。
こんなところで終わり、なんてのは、殺生というものである。
「ただまあ、さすがに僕は社員だから、知らなかった事にしたほうがいいかもね」
言って、ドリンク剤のキャップを切り、一気に飲み干した。
うえええ。気持ち悪い。
でも仕方がない。
ここから先は、ちょっとばかり真面目な話になるからね。
「良いかい? 亜里砂」
と、居間のソファに妹を誘う。
気を利かせた両親が席を立ち、寝室へと引き揚げていった。
申し訳ねえ。
夫婦の時間を邪魔してしまって。
麦茶を注いだグラスをふたつ持って、亜里砂がついてくる。
そして座る。
「ヲイ」
「なに? 兄さん」
「なんで隣に座るねん。対面にいきなさいよ」
あとくっつきすぎ。
スラックス越しに生足の感覚を楽しむとか、そういう店じゃないんだから。
「内緒話なんでしょ? 近い方が良いじゃない」
「キャバクラ的な近さは求めてないよ!?」
「なんで知ってるの? いったことあるの?」
「なななないよ! 耳学問だよ!」
頼む。本題に入らせてくれ。
あと必要以上の刺激は与えないでくれ。
妹よ。忘れているかもしれないけど、僕だって健康な男なんだよ。
「仕方ないわねえ」
くすくすと笑いながら正面に移動する亜里砂。
「仕方なく入られるんじゃ、本題さんも浮かばれないよ」
僕は肩をすくめた。
「どうして僕は知らないことにしたほうが良いかって話なんだけどね」
「うん」
「やっぱり、ひいきされてるって思われるからなんだ」
理屈としてなら、社員の家族に優遇措置があっても、まったくかまわないのである。
我が社は公的機関ではなく私企業だから。
べつに公共の利益のために活動しているわけではなく、自社の利潤を追求しているだけの存在なのだ。
ゆえに、完全に公平な運営とかは求められない。
求められないんだけど、顧客に不公平感を持たれるってのも、あんまり良いことじゃないんだよね。
それこそ売り上げに影響しちゃうかもしれない。
「だからね。亜里砂。きみがモニターのひとりだってことに、僕は気付かないよ」
「あくまでもウチは抽選に当たっただけってことね。事実として当たっただけなんだけど」
「うがった見方をする人は、どこにでもいるからね」
倍率五百倍とも六百倍ともいわれた社外モニターの抽選。
それに社員の家族が当選したってのは、いらない誤解を生むには充分だろう。
ていうか、それを引き当てる亜里砂の運もすごいけどね。
『LIO』の用語を用いれば、幸運度がカンストしてんじゃないかレベルだ。
「ウチは持ってる女だから」
「言ってろ。ところで、感想としてはどうよ? こっそり教えてくれ」
「訊いちゃう? それ」
知らなかったことにするって言った舌の根も渇かないうちに、感想を求める僕に、亜里砂が苦笑を浮かべた。
いやあ。
だって気になるからね。
僕も関わっているゲームだし。
「すごいの一言よ。ぶっちゃけ何回も泣いちゃったわ」
「だよなー」
「とくに『赤髭公の鬼退治』。あれはやばかったわ」
僕もプレイしたシナリオだ。
亜里砂は一回目で夜叉丸に勝てたのかな?
「ライカが命を捨てて活路を開いてくれたときなんか、ウチ、絶対に負けるもんかって誓ったもん」
「ほほう」
知らないNPCだ。
叶恵が言っていた相棒キャラかな。
僕はそっちのシナリオに進んでないから判らないんだよね。
今度やってみようかな。
「兄さんは?」
「僕はサッポロかな? まさかノルブに妹がいたとは思わなかった」
「え? なにそれなにそれ。あ、でも待って。言わないで。ネタバレ禁止」
「はいはい」
笑い合う。
なんか盛り上がっちゃった。
これは夜更かし確定コースかな?
でも、二人ともIDを教えあおうとは言わなかった。
一緒に遊ぶのも楽しそうだけどね。
それは製品版を買ってからにしよう、という暗黙の了解だ。
強い日差しが照りつける。
僕は両肩に吊したホルスターを確認した。
左右の脇に拳銃。
『あいかわらずピーキーですよね。鏑木さん。いきなり二丁拳銃とか』
どこからともなく叶恵の声が聞こえ、僕こと銃士レックスは苦笑した。
粋に決めたテンガロンハットの下にはこげ茶の髪と同色の瞳。
アイテムストレージから取り出したマントを、ばさりと羽織る。
はぐれ者の賞金稼ぎ。
それが僕だ。
剣と魔法が主流のこの国で、たった六発しか撃てないハンドガンを二丁引っ提げ、放浪している。
「こういうのは、尖っていた方が面白いだろ。神代」
『まあ鏑木さんは、傾いてますからねえ』
「ほっとけ。そんなことより、サガの街に入ったら何をすればいいんだい?」
『ガンスミスショップに行ってください。そこから話が始まります』
「OK」
砂礫を踏みしめ、僕は歩き出す。
しゃりしゃりとブーツについた拍車が鳴った。
つーかこれ、いらなくない?
馬とかいないんだからさ!




