雷光の大魔法使い編 6
ログアウトすると、叶恵が僕を見ていた。
なんというか、珍獣を見るような目で。
「えっと……なしたん? 神代」
ヘッドギアを壁に掛け、訊ねてみる。
つい、と、目をそらされた。
「いやいや! なにその反応っ!」
「鏑木さんも、脳天気そうにみえていろいろ悩んでるのかなって」
「なにが!?」
「だって、いきなり「いっそ僕を殺せ!」って喚き出すし」
ぐぼあ!
声に出してたのかよ!
「いっそ僕を殺せぇぇぇっ!」
仮想世界と現実世界、両方で恥を掻いちゃったよ。
どうなってるんだ『LIO』。返答次第じゃ訴訟も辞さないぞ。
「鏑木さん。ウェイトウェイト」
「僕は犬か」
両手の平を前に向けて、待てのジェスチャーをする叶恵。僕の扱いが雑すぎる。
せめて人間として扱ってくれ。
泣いちゃうぞ?
きゃいんきゃいんって。
「でも、ずいぶんと入れ込んでたみたいですね。たまに声が漏れてました」
「まじか。ちょっと恥ずかしいな」
ゲームの中では現実よりずっと速く時間が進む。
だから基本的に意味のある言葉を口にすることはないんだけど、ごくたまにちゃんとしたセリフを言うこともあるんだってさ。
そういうときは、ゲーム内においてすごく感情が高ぶってるんだそうだ。
「たしかに、ものすごく白熱した戦いだったなあ」
「魔王ラークにレベル二十五で勝っちゃいましたからね。びっくりですよ」
記録をチェックしながら叶恵が感心する。
本来的には、レベル三十三以上のパーティープレイが推奨される相手だそうだ。
良く勝てたと思うよ。
我ながら。
「あ、そうだ。シナリオが分岐していたんだけど、もう一方を選んだらどうなってたんだろう」
「『微風公子の逃避行』です?」
「そそ。どういうシナリオだったのかなって」
「ソロ向けですね。じつは鏑木さんのレベル的には、そちらの方が向いてます」
叶恵の説明に軽く頷く。
やっぱりね。
そうじゃないかと思ったわ。
魔王ラークとの戦いは、あきらかに適正レベルじゃなかったもの。
ともあれ、『微風公子の逃避行』に登場する公子は偽物っていうか影武者だそうだ。
そりゃそうだ。
本物は僕たちと一緒に魔王と戦ってたしね。
メインストーリーとしては、追ってきたラークの軍と戦いながら、トウキョウまで公子を守りきる。
そして、トウキョウの赤髭公から救援の約束を取り付ける。
で、ニセ公子は、自分が影武者であると告白するんだそうだ。
本物の公子は精鋭たちとラークに挑んでるって。
彼を助けるため、赤髭公の軍勢と一緒に、ナゴヤ奪還に向かう。
魔法少女のときにやったような戦争シナリオになるらしい。
ラークと戦うかどうかは、そのときの戦況次第だけど、味方が大勢いるからけっこう勝算が高いんじゃないかな。
「それはそれで面白そうだね」
「もちろん面白いですよ。水上さんのシナリオですもの」
笑いあり涙ありのロードムービー的な楽しみもできる話らしい。
ちょっと気になるよね。
「やります?」
「他にテストプレイした人がいないなら、やってみるかな」
「いますいます。もう七人もクリアしてますよ。それは」
おおっと。
それなら僕がいまさらテストする必要はないね。
「魔王ラークの方に進んだのは、鏑木さんたちだけですよ」
「なんとまあ」
たまたま、つわものというか無鉄砲な連中が集ってしまったらしい。
適正レベルより五以上も低いのに突っ込んじゃうとは。
「さってと、なら今日はあがろうかな」
「あ、はい」
応えたものの、なんだか叶恵がもじもじしている。
具体的には、自分用のヘッドギアを無意味にいじっている。
ていうかそれ隠しておきなさいって。
技術部のきみもダイブしてるって上にバレたら、怒られないまでも小言くらいは言われるんだからさ。
「なした? なんかあるのかい?」
「えっとですね……鏑木さんってこのあと暇かなーとか……」
ぼしょぼしょと歯切れ悪く訊いてくる。
なんだ?
またご飯をおごれとか、という話か?
あいかわらず食生活は改善されてないんだろうし。
ソーメンとパスタとカップ麺だけじゃ、さすがに夏は乗り切れないぞ。
端末腕環で時間を確認すれば、十六時すぎだ。
んっと、部署に戻ってちゃちゃっとレポートを書いてしまえば、十七時半には会社を出られるかな。
「暇なんてのは、あるんじゃなくて作るんだけどね。どうしたんだい?」
水を向けてやる。
「一緒にごはんとか……」
上目遣いにちらちらと。
うん。
あざといな。
さすが才媛あざといな。
「OK。終業時間になったら迎えにくるよ。待っていて」
「はい! よろしくお願いします!」
ぴょこんと頭を下げる。
喜んでくれるなら、夕食くらいおごりますとも。
わざわざ誘ってくるってことは、なんか相談事とかあるんだろうしね。
軽く手を振って実験室を辞し、営業部に戻りながら継母に夕食は必要ない旨の連絡を入れておく。
言っておかないと、もしかしたら食べるかもって作っちゃうからね。
気遣い屋さんだから。
それが済んだら店の選定だ。
相談事があるなら、酒精はやめておいた方が良いかな。
でも、軽いアルコールならかえって口の滑りを良くするだろう。
となると、あまり肩肘を張らない感じの居酒屋にするか。お酒より料理がメインで。
「あ、あそこがいいかな」
八重洲口界隈に良い店があった。
北海道の森町の食材をばんばん入れてる居酒屋だ。名前もずばり『森町しげぞう』。取引先の人に教えてもらった店で、僕のとっておきでもある。
なにしろ東京人だから、北海道産って言葉にときめくんですわ。
けっこう賑やかな店だけど個室もあるし料理も最高。
駅も近いから、叶恵も帰りがラクだろう。
良いんじゃないかな。
さっと予約を入れておく。
「よし。これでOK、と」
「なにがOKなのかしら?」
いきなり背後から声を掛けられ、僕は思わず飛び退いてしまう。
「せせせ先輩!? とつぜん背後に立たないでくださいよ!」
美月先輩。
あなたはニンジャかアサシンなのですか。
「にまにま笑いながら、仕事中にエロサイトを覗いてたから脅かしてやろうと思ってね」
「なんでやねん」
いくら僕でも、就業時間にエロサイトを見たりしません。
プライベートタイムならいざしらず。
あと、怪しげな無料サイトも見ませんよ。
きちんと月額使用料を払って、安全性の確立されてるサイトにしかアクセスしませんから。
「うん。その情報はべつにいらないわ」
「ですよねー」
軽い馬鹿話のあと、僕は事情を説明する。
どうにも叶恵が相談事があるっぽいので、食事に連れて行くのだと。
正直に。
こういうのって下手に隠そうとするから話がこじれるのだ。
自らを省みてやましいところがないなら、きちんと説明した方が良い。
ぶっちゃけ説明できないってことは、下心がある証拠だからね。
「なんでも正直にいえばいいってもんでもないけどね。そこは裕也くんの美点でもあるし、欠点でもあるわね」
くすりと美月先輩が笑う。
「けど、ちょっと妬けるわね。噂の叶恵嬢と居酒屋デートなんて」
「僕の説明きいてくれてましたか? ただの食事ですよ」
肩をすくめてみせた。
そもそも、なんで先輩がやきもちを妬くのか。
むしろもっと妬いてください。
いっそデートしてください。
こないだの横浜中華街だって、普通に食事をしたあとぶらぶらと散歩しただけです。
色っぽい出来事なんて、なんにもありませんでした。
「女が男を食事に誘うなんて、色恋絡みに決まってるでしょ。初心な小娘じゃあるまいし」
「先輩はけっこう僕を誘って飲みに行きますけどね」
「あたしはいいのよ」
「なるほど」
いいらしい。
特別枠というやつだ。
さすが美月先輩である。
そこにしびれるあこがれる。
「だったら先輩もどうです? 神代だって男と二人きりよりは気が楽でしょうし」
「いやよ。そんなお邪魔虫みたいな真似」
「確認してみましょう。間違いなく色恋沙汰ではないんで」
言って、さっさと叶恵に連絡を入れてしまう。
先輩からはジト目で見られました。
解せぬ。
そして叶恵からの返答は、ぜひお願いします! ということだった。
ものすごい食い気味に。
人数が多い方が良いらしい。
「ほらね」
「どういうことなの……?」
なぜか頭を抱える先輩です。
悩み多き年頃なのだ。きっと。




