1.一夜の過ち
《マスター、おはようございます》
「……お、はよう」
夢で聞いた声だ。森の中みたいな香りがする。
《夢ではありません》
昨夜は早く寝たはずだったが、やけに眠い。
まだまだ寝ていたいと思いながらも、なんとか目をこじ開ける。
目を開けると知らない天井だった。
そんな台詞を吐けるようなことが実際に起こるとは、やはり夢だろうか。
部屋を見回せば、やたら植物の香りがするだだっ広い知らない部屋だった。
なぜかベッドも大きく豪華になっている。
《夢ではありません。待ちくたびれました。早く覚醒してください》
「というか誰だお前。 幻聴? どこにいる」
《私に名前はありません。強いて言うなら私はここに存在しています》
「うぉっ」
ゲームのメニュー画面のようなものが目の前に現れた。
「何だこれ」
《聖典と名付けられたものです。聖典ひとつにつきスキルがひとつ付属しており、聖典を所有することによりスキルの行使が可能になります。日本人は仕様にうるさいのでその他機能も複数盛り込み、人気のアイテムボックスも使用できます。ちなみに私は聖典の機能のひとつであり、スキルと聖典の使用をサポートするための存在です》
どこか得意げに捲し立てられたが、聖典の詳細を確認する気も起きず目を逸らす。
「これは……現実で起きたら面倒でやばいやつだな」
《マスターが面倒だと感じるのであれば私がサポートします》
華麗にスルーして大学へ行く準備でもしようかと思ったが、いくつか確認しておくことにする。
「今何時? ここはどこだ」
《時刻は午前11時、現在地は東京です》
大幅に遅刻するとどうでもよくなる現象が発生した。
大学は休もうと思った瞬間だった。
そもそも東京とは。地方住みの田舎学生なのに寝て起きたら東京って。
「昨日俺が寝てから現在までの状況を、簡潔に説明頼む」
脳内に直接響くような謎の声に、諦めて状況説明をお願いすることにした。
そこから聞かされた話は、酷いなんてものではない。
どうしてそうなったの一言に尽きる。
「……つまり、神が世界を滅ぼすゲームをすることになって、それが今日の午前0時から始まり、全ての人間は聖典という名のメニュー画面とスキルを与えられ、それを使いながら最後の一人になるまで殺し合えと?」
《はい。神々の遊戯に生き残った勝者は、どんな願いもひとつだけ叶える権利を手にします》
世界に自分一人だけが生き残ったところで、叶えたい願いなどあるのだろうか。
そもそも世界を滅ぼしたいなら、面倒なゲームなどせず一瞬で消し去るとかしてほしい。
「で、お前は俺が寝ぼけてる間に勝手にスキルを使って500万人以上虐殺し、殺した人間から大量の聖典とスキルを奪ったと?」
《人聞きの悪い言い方はやめてください。マスターの希望通り、世界平和を願って植物を繁栄させただけです》
俺のスキル【森羅万象】の主な能力は植物操作らしい。
最初はなんとも平和そうなスキルかと思ったが、これがとんでもなく凶悪だった。
任意の植物を任意の場所に育てることが可能で、この地球上に存在する全ての植物を操作することさえ可能。
そんな力で世界中の植物を成長、進化、繁栄、巨大化させまくり、世界は植物に覆われてしまった。
植物は俺の意思や価値観、知識を読み取り、ある程度自律的に行動できるらしい。
はじめは植物達も殺戮や聖典の強奪を望んでいたわけではなく、純粋に成長と進化を望んだだけだったようだが、繁栄の過程で意図せず人間を害した結果、人を殺せばスキルと聖典が手に入りさらに強力に進化繁栄できることを理解してしまった。
相手を殺して聖典の所有権を奪うと、聖典に付随するスキルも奪った者が使用できるようで、俺の場合は所有する聖典が増えるごとに、植物達が使える能力も増えていったのだとか。
超常的な力を突然与えられ、他者を害せばさらにそれが手に入る。
そうなれば愚かな人間達が争わずにいられるわけがない。
どうしてこんな殺し合い不可避のシステムにしたのかと思うが、世界を滅ぼしたい神々が創ったゲームらしいので文句を言っても仕方ないのだろう。
とにかく、植物達は最初は意図せず、途中からは意図して、望んで、人間を害しながら瞬く間に世界を侵略してしまったのだとか。
植物は俺の意思も汲んで動くらしいが、なぜ世界平和を願った俺が一夜にして大量虐殺者になるのか。
武力で制圧する世界平和(物理)ということなのだろうか。
「だからって、一晩で500万人以上殺すのはやりすぎにも程があるだろう。俺はただ寝てただけなのに史上最悪の殺人鬼に……」
だが、凶悪すぎる能力を持つ植物が世界中で勝手に動いていたなら、500万の犠牲で済んだのは少ない方なのでは? ……いかん、思考が麻痺してきた。
しかし、突然スキルを手にして暴れているのが俺一人のはずがない。世界全体の死傷者数はきっともっと多いのだろう。
《神々の遊戯が開始された以上、生き残るのは勝者一人のみです。殺戮はいずれ誰かがやらねばならないこと。それを率先して行ったマスターは素晴らしいではないですか》
「俺が望んでやったみたいに言うな」
《マスターが望まずとも、多くの人間が望んでいました。学校に行きたくない。仕事をしたくない。日常や世界が崩壊すればいい。死にたいと》
「……人間は複雑なんだよ。本当に心からそれを望む奴は少ない。……たぶんな」
わかっている。本心から破滅や崩壊を望んでいる者はそれなりにいるだろう。
苦痛なく幸せな人生を謳歌している人間の方が少ないかもしれない。
死にたくないとしても、生きたくて生きている人ばかりではないのだ。
唐突に思い出してハッとする。
俺が植物たちに何の指示も出していない以上、まだ殺戮は継続中なのではないだろうか。
「今すぐ人間を害するのをやめろ。これからは禁止だ。これまでに俺のスキルが殺した人数の総計は?」
《承知しました。ある程度の力は得られたので、元より殺害数は徐々に減少し、聖典の奪取で得られたスキルの研究を優先的に進めていたところです。現在までに殺害した総数は591万2013人になります》
思ったより少ない気がしてしまう自分を軽蔑しつつ、これからのことを考える。
「これからは人を守ってほしい。衣食住にできるだけ困らないよう、生存者をサポートしてやってくれ。望んで殺し合ってる人間の争いは放置。こちらに危害を加えてくる奴は殺してもいい。一方的に襲われてる奴がいたらできる範囲で助けてやれ。植物達が自分の身を守る方法はあるか?」
《はい。防御や回復のスキルもあるので、余程の攻撃を受けなければ問題ありません。生存者の支援も承りました》
生存者が一人しか許されないゲームだとしても、大人しく殺し合いに加担する気はない。
すでに多くの命を奪い、多くの力を得てしまった。
人より多少有利に動けるなら、できるだけ生存者を守りながら、人類滅亡以外の道を限界まで足掻いて探すのが今の自分にできることだ。
《人間に一度救いを与えてから殺すとは、マスターは残酷ですね》
この謎の声は、おそらく俺の思考や感情も読んでいる。
そのうえでこういうことを言ってくるのだから、なかなか意地が悪いと思う。
「それにしても、何で東京に移動したんだ? 殺戮が目的でも世界中の植物を操れるなら場所は関係ないだろう」
《遠い土地を選んだだけで、東京を選択したことに深い意味はありません。多くの人間を殺しておいて家族や友人と顔を合わせるのはマスターが気まずいだろうと思い配慮しました》
その思いやりは大量虐殺の前に発揮してほしかった。
殺人はOKなくせに気まずいかどうかを気にするってどういう情緒をしているのだろうか。
そもそもこいつに情緒はあるのか。
「……俺の家族や友達は生きてるのか?」
《植物達がマスターの記憶を読んだせいでしょう。マスターの身近な者を害することはせず多少の守りを与えたようですね。その後は特別助けることもしていないようなので、現在まで生き残っているかは不明です。植物に探させますか?》
「……いや、いい」
奪った聖典には前の所有者の名前が記録されているらしいが、俺と近しい者の名前を持つ聖典は見ていないとのことだった。まぁ、聖典は他の人間に奪われているかもしれないが。
ここで不安も安心も感じないような人間だから、俺と繋がる植物達は大量殺戮なんていう愚行を犯したのだろうか。
昔から、無事に死に至った人間を羨んでしまう。良かったな、お疲れさまと労いたくなる。世界の柵から解放されるのだから喜ばしいとさえ思う。
身近な人の死であっても、笑い合えなくなるのが寂しいという悲しさはあれど、死そのものに対する悲しさを感じたことがない。
こんな人間だから俺は……
《やはりこの世界は滅ぼしますか?》
思考に沈みかけていた俺を引き戻す声。
「……滅ぼさないよ、馬鹿か」




