2.神々の遊び
大量虐殺者になってしまった日から一週間が経ち、謎の声をコエと呼ぶことに慣れてきた頃、俺は世間から魔王呼ばわりされていることを知った。
「魔王ユグドラシル……?」
《はい。マスターは現在多くの人々からそう呼ばれています。救世主や神と呼ぶ者もいますが、魔王が主流のようです》
「やめろ。俺が痛い奴みたいだろ」
《人間が勝手に名付けたのです。私に言われても困ります》
不服ではあるが、魔王もユグドラシルも納得できてしまうのが悲しいところだ。
魔王は言わずもがな、世界中で大繁殖した植物による大量虐殺が原因だろう。
そして、俺があの日目覚めた見知らぬ部屋は、東京のスカイツリーの側にそびえ立つ巨大な大樹の中にあった。
スカイツリーが小さく感じるほどのその大樹は、まさに世界樹、ユグドラシルと呼ぶに相応しいと言える。
もちろんそんな大樹は元々存在しなかったものだが、あの日コエと植物達が創り上げたらしい。
なぜスカイツリーを選んだのかと聞けば、ただ目に付いたからだと言う。
大樹のすぐ側にあるスカイツリーは邪魔そうなのに壊さなかったのかと聞けば、滅びゆく世界にあの塔が佇む様はきっと美しいだろうと言う。
やはりこいつの情緒と感性はどうかと思う。
ちなみに、最近の生活は快適かつ楽しくて仕方がない。
世界を滅ぼす神々の遊戯なんて忘れてしまいそうなほどだ。
現在の生活拠点になっている世界樹は、居住空間以外をダンジョン化している。
ダメ元でできないかコエに相談したら、理想すぎるダンジョンを創ってくれたので日々の遊びに事欠かない。
これまで手に入れた数多のスキルにより、快適な衣食住に必要なほとんどのものを自由に得られるようになった。
それだけではなく、モンスターや武器を創造することも可能だというのだから、スキル様様である。
神々の遊戯開始から一か月。
魔王ユグドラシルを倒せば世界が元通りになると勘違いした一部の者達と、単にダンジョンに興味を持った者達が日々世界樹を訪れるようになった。
どうせ居住空間には近づけないからと世界樹への侵入者を放置していたら、ダンジョンの噂が広まったようである。
せっかくなのでモンスターから魔石やアイテムがドロップするようにして、武器や防具などの創作アイテムを入れた宝箱を設置しておく。
ちなみに、魔石は植物達に拾ってきてもらった綺麗な石やガラスをそれらしい形に整えただけだが、回数制限付きの魔法スキルを付与している。
低階層には雑魚モンスター、高階層になるにつれ強力なモンスターとなるように、しっかり定番を押さえたダンジョンはあっという間に人気になった。
ダンジョンの最上階には一応魔王の間っぽいものも創り、魔王っぽいモンスターも配置してある。
植物とスキルを駆使してダンジョン挑戦者の様子を観戦できるが、今のところ魔王の間まで辿り着く者はいない。
三か月も経つと、世界樹ダンジョンは毎日混雑するようになった。
楽しんでくれるのはいいが、人が多すぎることでちょっとした争いや不平不満が増えてきている。
最近は自分も落ち着いてダンジョンを楽しめなくなったので、日本や世界のあちこちにダンジョンを創ることにした。
やはり地下ダンジョンは外せないし、海や湖のダンジョンも欲しい。天空ダンジョンも捨てがたい。
そんなこんなで思いつく限りのダンジョンを世界中に創って配置した。
転移スキルがあるので国を跨いだダンジョン移動も一瞬だ。
一度行ったことのある場所にしか転移できないスキルも、なぜか俺の場合は支配下の植物が存在する場所ならどこへでも転移可能だった。
他のダンジョンはともかく天空ダンジョンは独り占めできるだろうかと思っていたら、ヘリや飛行機で来る者もいれば、飛翔や転移系スキルを持った挑戦者も訪れたことで自分の考えが甘かったと気づく。
人間はどこまでもしぶとく賢い生き物だ。
ダンジョン生活を満喫していたある日、コエが突然投げかけてきた。
《マスターはこのまま動かないのですか?》
「最近は花粉症撲滅という大仕事もしたし、ダンジョン運営に日々邁進してるだろう」
花粉症に苦しむ奴らは恐ろしいのだ。
目玉を取り出したいだの鼻をそぎ落としたいだの物騒なことを宣いながら悶えている様子は見るに堪えない。
花粉を飛ばさないようにするか、無害化した花粉を飛ばすよう植物達にお願いして以降、俺を神扱いする人間が増えた。
わざわざ自分がやりましたと宣伝もしていないのに、すぐに俺の仕業として広まったのは解せない。
《現在の全人類の仕事は殺し合いをすることです》
「人類を滅ぼせそうな兵器の使用を止めたのはお前じゃないのか。核やら何やらの兵器を謎の植物が壊して軍隊を殲滅した……と聖典の掲示板で騒がれてたようだが」
《あれは日本を攻めようとしていた者達の狙いが魔王ユグドラシルだったからです。マスターに死なれるのは困ります。ちなみに、馬鹿な人間共が中途半端な後始末で放置していた放射性廃棄物もついでに滅しておきました。手に余るものを生み出し自分たちが住む土地を汚すとは、本当に人間は愚かですね》
コエは自称サポート役のくせに、俺の知らないところで勝手に行動していることが多すぎる。そしておそらく人間嫌いで、時々口が悪い。
「……気になってたんだが、このゲームの期間って決まってるのか?」
《いいえ。神々にとっては退屈しのぎの遊戯に過ぎません。どれだけの期間になろうと神にとって時間などあってないようなものですし、すでに見限った人間がどんな滅び方をしようとどうでもいいものと思われます》
ますます理解不能だ。
それなら遊戯すら開始せずひたすらに放置しておけば良かったものを。
このままでは世界を滅ぼせないと危惧してのことだろうか。
《神々はまず日本人を殲滅したかったのでしょう。それができずともその数を減らしたかった。そのために日本人が好みそうな仕様を遊戯に取り入れたのです。率先してスキルを使用し、殺し合いに参加するようにと願って》
「なんで……」
《日本人は空気を軽くすることが得意だからです。世界を崩壊させ人類を滅亡させるにはそれ相応の負のエネルギーが必要ですが、日本人は負のエネルギーを浄化する能力に長けています。喜びや楽しみ、美しさを見出し、希望を生み出すのが恐ろしいほど上手な人種です。殺し合いをダンジョン遊びに変えてしまうマスターのように》
なるほど、と納得できてしまう何かがコエの言葉にはあった。
日本人はいろんな不安や不満が爆発した結果、ええじゃないかと踊り始める頭のおかしい民族だからな。
俺のダンジョン遊びがそれと同じと言われても反論できないかもしれない。
《神々は、日本が崩壊すれば自然と世界も崩壊すると考えています。なので強大な力を持ち日本を内部から崩壊させうるマスターのような人間に、神々は期待しているようです》
「俺に関しては人選ミスだ。有力者は他にもいるはずだろう。そっちに期待してくれ」
《目ぼしい者達は皆ダンジョンで遊んでいます。飽きたら虐殺を始めてくれるかもしれませんね》
簡単にクリアできるようなダンジョンを創らなくて良かったと心から思う。
「戦力確認したいんだが……俺のスキル総数は俺がスキルで殺した人数と同じか?」
《いえ、2000万を超えた辺りで数えるのを止めたので把握していません。正確な総数を確認しますか?》
「……は?」
各聖典にひとつしか付属しないスキルが2000万以上……それだけの人間を殺したのか?
以前殺しを止めるように言った時点での殺害数は600万に満たなかったはずだ。
「どういうことだ……」
《どうか誤解なきよう、マスター。今のマスターは人間離れした能力をお持ちなので、怒りで感情を揺らせば凄まじい威圧となって周囲に放出されます。魔王の呼び名が似合いのお姿ですが、植物が怯えますのでまずは落ち着いてください》
言われた内容に驚いて怒りが霧散した。
俺はいつの間に威圧を出せるような体になったのか。
《以前の命令を違えるようなことはしていません。あの日以降に増えたスキルは全て献上されたものか、スキル生成スキルで創ったものです》
落ち着いて話を聞いてみれば、人間を守るよう植物達に指示を出してからというもの、聖典の所有権を譲渡するから守ってくれと願い出る者達が多くいたらしい。
譲渡しなくてもそれなりの庇護は与えるが、断る理由がないから貰えるものは貰ったのだとコエは堂々と言い放った。
植物に命を救われた者達、衣食住の支援を受けた者達から、感謝の意を込めた聖典譲渡も多いようだ。
あまり強くないスキルや自分で使いこなせないスキルを譲渡してくる者もいるのだとか。
他にも、聖典を所有したままの死体を発見した際や、ダンジョン内の罠や戦闘で死んだ者から奪っているらしい。
俺や植物達に危害を加えようとしたり、見境なく暴れ回って迷惑な者は遠慮なく殺しているようだが、その程度なら個人的には許容範囲だ。
殺し合いをしなくても聖典の所有権をやり取りする方法があるのだと、俺はこの時初めて知った。
俺自身は一度も人に譲渡を持ちかけられたことがないが、みんなそこらの植物に話しかけて頼み込んでいるのだろうか。シュールな情景が目に浮かぶ。
「というか、聖典の譲渡なんていうやり取りをこれまで勝手にやってたのか。初めて会った時から思ってたが、お前やりたい放題だな」
《マスターには言われたくありません》
ダンジョンのことを思えば反論できないかもしれない。
そして、一番気になったスキル生成スキルについて。
ある日スキルを生み出せるスキル【天賦付与】を譲渡されたので、それ以降はコエや植物達が望むスキルを研究しながら生産しているのだとか。
「どう考えても強力すぎるスキルだが……よく譲渡してもらえたな」
《マスターに命を救われた感謝の証だそうです。今後も守ってほしいと願われました》
俺じゃなく植物が救った命だろうが、それは是非とも守ってやってほしい。
勝手に生存者を支援してただけだが、やはり感謝されると嬉しいものである。
「それにしても、中には譲渡したくなるほど弱いスキルもあるのか。これまでは使えるスキルしか認識してなかったが、俺の所持スキルの中で一番弱いスキルは何だ」
《マスターの身近なところで言うと【焼肉定食】でしょうか》
スキルの効果を問えば、どんな肉も極上の味に焼き上げるスキルだと返ってきた。
いつも食事の時にやたら上手い肉が出てくる謎が解けた瞬間だった。




