式典(波乱)
数日後、建国式典が行われた。
大広間には玉座に向かって緋色の絨毯が敷かれてその傍らに鎧の騎士が並び剣を掲げている。玉座には王が座り、その両隣にはフィーリップとロゼッタ、クローネが座った。貴族院の代表から祝辞と献上品の目録が読み上げられて、司教から寿ぎの祝詞をあげられ、式典はつつがなく執り行われた。
午前に式典があり、午後は晩餐会が行われる。女性たちは式典用の白い衣装から晩餐会と舞踏会の為に色とりどりの衣装に着替えるのだ。
クローネはユーノを探していた。式典には出ることが出来なかったが、晩餐会が始まるまでには会って仲直りをして、彼女を伴って出席したかった。こっそり仕立て屋に注文したユーノの為のドレスが執務室の隅に置かれたままだった。
ヴォルフラウの話をしてからヘンリエッタはクローネの傍にやってこなかったので、諦めたのだと胸をなでおろしていた。
あとはユーノにすべてを打ち明けてしまおうと思っていた。
生誕祭まではもう待てなかった。
「ユーノは居たか?」
しばらく他の仕事にまわっていたユーノ付きのメイド達にも声をかけたが、彼女たちも目の回る忙しさからか、行方を知らなかった。
「離れにはいらっしゃいませんでした。お部屋が整えられていたので…自室に戻られているのだとばかり…」
「いや、それはない」
ユーノの部屋とは寝室を挟んで内扉で繋がっているから、戻ってくれば気づくはずだった。
「じゃあ、何処に行かれたの…?」
きっとリンデが騎士のごとくユーノにくっついているはずだから危険はないだろうが…と納得しようとしたが、どこか胸騒ぎがした。
「クローネ殿下。そろそろ支度なさいませんと…」
侍従に声をかけられて、シェール達に捜索を任せてクローネは晩餐会の為に着替えに向かった。
しかしユーノは晩餐会にも現れなかった。
クローネの隣には社交界デビューにふさわしい華やかな装いのヘンリエッタが座った。何かいろいろと話しかけてきたようだったが、クローネは気もそぞろで彼女が何を話していたかよく覚えていなかった。
会場を大広間に変えて舞踏会が始まる。音楽隊がゆったりとした音楽を奏ではじめ、まずはフィーリップとロゼッタが踊る。足の悪い国王は夫婦を玉座で見守っていた。
その後、それぞれパートナーを伴った者たちが踊るのだが、今回は社交界デビューを迎えたヘンリエッタを紹介し、クローネと踊ることになっている。
「リヒテンシュタイン侯爵、ヘンリエッタ嬢!」
口上があがり、深紅のドレスを纏ったヘンリエッタが現れ、会場は彼女の愛らしさと絢爛さにどよめいた。
「まあ、あれを見て。」
そしてざわめく観衆が指をさす先にクローネは驚愕する。
「リンデ…!」
ヘンリエッタの傍らに寄り添うように選定狼、リンデが歩いていた。
「選定狼が、傍に侍っているぞ。」
ヘンリエッタはにっこりと笑って礼をした後、リンデの顎を撫でる。ヴォルフラウでない女性には決して撫でさせはしない選定狼がこの少女に体を預けている事に貴族たちは一気に興奮した。
「ヴォルフラウだ。彼女が次の…クローネ殿下のヴォルフラウ!」
「ついに現れたのですね!」
「おめでとうございます!」
「これでこの国も安泰だ!」
クローネは狼を撫でるヘンリエッタをぼうっと見ていた。
国王も、両親も、渋い顔をしている。
「何が、起きているんだ…!」
クローネは宴を中座して執務室のドアを開けた。中にはレイブン、ジョシュア、ユーノ付きのメイド3人、そして北方領から戻って来た学者の一人。
「ユーノは、何処に行った!」
執務室の机に拳を叩きつけ、ペンやインク壺ががしゃんと音を立てたが、皆黙ったままで、クローネの荒い息だけが部屋に響く。
「…すまない。」
「いえ。」
冷静になって謝るクローネに、レイブンは気にした様子もなく会釈をする
「それで、…何がどうなってる?」
質問にメイド達が答える。
「ユーノ様は数日前までは離れにいらっしゃいました。ロゼッタ様と面会をされておりましたから、それは間違いございません。」
「部屋は整えられていたけど、多分ユーノ様がご自分でなさったのだと思うわ~。あ、それとクローゼットから鞄が無くなってたみたい。」
「では出て行ったという事か?実家に戻ったと?」
いくら忙しいからと、メイドを一人も付けなかったことを後悔する。一人で思い悩んで出て行ってしまったのだろうか。
「いえ、実家に戻られたのではありません。」
そこで声を上げたのが学者だった。ケニスの後輩でフランツという男は数枚の報告書とメモを机に広げた。
「ケニスの報告書か?」
「はい。」
「そういえば、ケニス…エドも見かけないな。どこ行ったんだ?」
ケニスの殴り書きのような報告書を見ながらジョシュアが思い出したように呟いた。
「ケニス博士は、ユーノ嬢とエドを伴って、北方領へ舞い戻られたのです。」
「あらぁ~?」
ヘレナの間延びした驚きが響いた。
「まさかぁ、ケニス先生ったら~やるぅ。」
「そうではなくて。」
フランツは真面目な男だったので、ヘレナの言葉にはあまり動じなかった。
「北方で我々は、狼の群れに出くわしたのですが、その時にどうも、妙な事が起こりまして。」
「妙な事、とは?」




