8話 兆候
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
「はぁ……さすがに緊張したな。」
「リサさん、いつも思うんですけど長官相手だからって畏まりすぎじゃないですか……?」
長官室を退出し、大きく息を吐くリサさんへと声をかける。
「当然だ。長官は私たちの人事権すら持っているんだ。いくら畏まっても、畏まりすぎるということはないだろ。」
「まぁ、そうですけど。」
「それに、あまり大きな声では言えんが……私はクロード長官が少し苦手でな。話していると、全てを見透かされているような気分になるというか……。」
……やっぱり、皆あの人苦手なんだな。
自分だけでなかったことに、少しだけ安堵する。
「アノン君。これは二人だけの秘密だぞ?他部署の女性職員たちに聞かれたら、袋叩きにされかねんからな。」
そう言いながら軽く周囲を見渡すリサさんを見て、心の中で気を付けることを決意する。
その決意を早速行動に移すよう、すぐに話題を変える。
「しかし、今回の件について特にお咎めなしというのはどうかと思いましたが……。」
「あぁ。それについては同感だ。二人目の対象について証言の真偽すら明らかになっていない以上、追加の聴取なども視野に入れていたのだが……実質的に不可能となったわけだからな。」
「しかも処罰が対魔官との買い出しというのは、いかがなものかと。」
「君にとって都合が良すぎる、とでも言いたいのか?全く、君というやつは……私と二人だけの秘密を交わした直後に、別の女の話で鼻の下を伸ばすのか?」
「いやちょっと、本当に勘弁してくださいよ。ここ長官室前ですよ?それにそろそろセリナさんも戻ってきますし——」
——瞬間、空気が一気に冷え渡る。
目の端には、いつの間にか長官室から出てきたセリナ特魔官が見たこともないほど冷ややかな視線でこちらを見ている。
「お、セリナ君。戻ったか。長官からはなんと?」
「はい。あまり変な茶葉を買ってこないようにと、長官行きつけの専門店をご紹介いただいてました。」
「そうか。まぁ、一度対策部へ戻り改めて三人で少し話すことにしよう。とはいえ、この件についてはクロード長官に引き取ってもらったわけだから、あまり心配するな。軽いフィードバック程度に考えてくれればいい。」
「はい。承知しました。」
「では戻るとしよう。……アノン君?どうした?置いていくぞ?」
……本当にこの人は。
今後リサさんのことで困ったらクロード長官に報告する、と脅すくらいがいいのかもしれない。
三つの足音と女性二人の話し声が反響する中、一人そんなことを考えていた。
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「あ、アノン戻ってきた!セリナももう戻れるの〜?」
対策部へ戻ると、机に座り左脚をぷらぷらと揺らしているミアが声を掛けてきた。
右脚側のズボンは捲られ、傍らではテオが真剣な眼差しで作業をしている。
「あぁ。ミアは義足のメンテナンス中か?」
「そ!テオにお腹空いたから早くしてって言ってんのに、まだ終わんないの!」
「ちょっ!ミアさん動かんでくださいよ!?拒絶反応まじで痛ったいんすから!」
断魔布の手袋越しに義足を抑えながら、テオが声を上げる。
それでも真剣な表情で部品を取り付けていくテオを見て、魔工技師としては本当に一流なんだなと感心する。
「テオ、もう少しで終わりそうなのか?」
「もうちょいっす。魔導回路を少しいじったんで時間かかっちゃったんすけど——よしっ!ミアさん、終わりましたよ。軽く動いてみてください。」
疑うことなく、ミアが机から飛び降りる。
足の裏を見るように右脚を上げ、首を後ろに回しながら義足を見つめる。
試すように数歩歩く——そしてそのまま走り出した。
「あははっ!すごい!脚が軽くなった感じがする!やるじゃんテオー!」
「メンテついでに回路の魔導効率を上げてみたんすよ。これまで効率だけ上げる技術自体は確立してたんすけどどうしても回路側が耐え切れず焼き切れるっていうのが問題で他の技師たちも未だ実用化には至ってなかったんすよね。でも今回視点を変えて回路が耐え切れないなら耐え切れる魔力量に変換するためのコンバータを挟めば解決するかもって試作機を作ってみたところ——」
「——分かった、分かったからテオ君。君が天才だということは、私含めこの対策部全員が知るところだから、落ち着きなさい……。」
げっそりとした様子で、リサさんが制止する。
……いや、テオが言ってることが本当なら大発明じゃないのか?
「ま、やる時は俺もやるってことっすね!いやぁ、次はどんなの作ろっかな——うおぉぁお!!!あっっっぶねぇ……。」
「テオ!大丈夫か!?どこか痛むところはないか!?」
「あ、いや……位置追跡装置を付け忘れてただけっす。いや、これ回路にも義肢の可動域的にも邪魔なんすよねぇ……。」
「外したままでもいいぞ?テオ君。刑務所の飯がここより美味いといいな。」
「あ、はい。付けます。……ミアさん、もっかい義足外しますね。」
「えーーーーーーーー!?もう終わったんでしょ!?ご飯食べたいご飯食べたいーーーーーーー!!!」
「いやまじほんと俺を犯罪者にしないためにも協力してくださいよぉ。まじ頼みます!」
「ねぇ、うるさい。もうちょっと静かにして。」
奥から突然注意を受ける。声のする方向を見ると、ハンナさんが業務用端末に向かって作業をしていた。
派手に乱れた髪に一切の注意を払うことなく、両手では収まり切らないほどの栄養ドリンクが散乱した中で、ただ黙々と何かをタイピングしている。
……しばらく寝ていないのだろうか。
「ハンナ君。進捗はどうだ?」
「ん。いま解析班からデータ貰って確認中。確かに二人目の対象がいた証拠はない。」
「そうか。やはりセリナ君の見間違い、という線が濃厚——」
「——いや、セリナさん正しいかも。」
「!?……ハンナ君、どういうことだ!?」
「仕留めた魔女の遺留品。あれを調査したら、作戦メモが残ってた。……二人で襲撃する、前提の。」
「それは本当ですか、ハンナさん!?」
……つまり彼女は嘘をついていなかった、ということなのか!?
「しかし、本当にもう一人いたのであれば、仲間を助けようとするのが自然な気がしますが……。」
「戦闘映像見たよ、二人の。君たち、強すぎ。あれを見て割って入ろうとする方が、よっぽど不自然。私でも、撤退して情報を持ち帰る。」
「つまり、彼の奇襲はもう通じない可能性が高い、ということですね。」
「ザッツライト、セリナさん。アノン君は次から、近接戦を仕掛ける対魔官と認識されてるって、思った方がいい。」
……カチカチと義足を調整する音だけが残る。
「……それと。未登録魔女たちが、組織立って動いている、かも。いわゆる——レジスタンス、的な。」
……耳の奥で、甲高い耳鳴りがし始めた。




