7話 長官
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
「遅い!何時だと思っている!?」
しわ一つない制服に身を包んだリサさんが、こちらへ怒声を飛ばす。
食堂で会った時と比べ一段と整えられた姿に、改めて長官とお会いするということを意識し始める。
「セリナ君も!長官をお待たせするなんてあってはならないことだぞ!」
セリナさんの方へと視線を向けると、「え、私が悪いの?」と言わんばかりに目を丸くしながらこちらを見つめていた。
……すまない。助け舟は出せん。
「もう十四時半だ。長官もお待ちになられているだろうし、早速向か……いや、アノン君のシャツだけ整えてから向かうとしよう。」
指摘されて初めて、右腰の辺りからシャツの裾が飛び出していたことを自覚する。
慌ててシャツを押し込み、気持ち程度に前髪を整える。
前髪を触りながらセリナさんを横目で見る。さっきまで一緒に走ってきたとは思えないほど、整然としていた。
……なぜだ?
俺の準備が整ったことを見届け、リサさんが扉と向き合う。
……コンッコンッコンッ
小気味よく扉を鳴らす。
その音から扉の重厚さを感じ、本当に中へ音が届いているか疑問に思う。
「あぁ、どうぞ。」
……聞こえてるのか。
そんなことを思いながら、恭しく扉を開けるリサさんを眺める。
「失礼します!」
ハキハキと答えるリサさんに続き、俺たちも静かに入室する。
やたらと広い執務室。
部屋の中央には来客用のソファが低い机を挟み、向かい合うように置かれている。
壁沿いには天井に届きそうなほど大きな本棚が並ぶ。
その中に紛れるかのように、壁沿いの一角には木製の食器棚が置かれている。
部屋の奥に置かれた執務机。
ソファを避けながらその前へとゆっくり向かい、三人横一列に並ぶ。
三人並んだことをリサさんが確認し、執務机へ座る男性へ向け敬礼する。
「特殊対策部部長、リサ・ベネット。ただいま参りました、クロード長官。」
「やれやれ……。そう気負わずもっと楽にしてください、リサ。」
「はっ。失礼します。」
そう言い、リサさんは肩幅ほど脚を広げ両腕を後ろに組む。
……ここは軍隊か何かなのか?
「アノン君もお久しぶりですね。セリナさんは配属の時以来でしょうか。」
柔らかい雰囲気でこちらを見つめる。
しかし目を合わせているはずなのに、こちらを見ている気がしない……そんな錯覚に陥るため、俺は長官と話すのが正直苦手だった。
「アノン君の活躍ぶりは、報告書で拝見していますよ。随分、立派になったものですね。」
「ありがとうございます。今後も精進するよう努めます。」
「そんなに気負わなくていいですよ。一級の中でも抜きん出た実績を誇る君を、私は高く評価していますからね。これまで通り職務に当たってください。」
「クロード長官、そろそろ本題へ——」
「——全く……リサ、そう焦らせないでください。こういった部下とのコミュニケーションには、時間を割くだけの価値があるのですよ?」
「はっ。失礼しました。」
誰も言葉を続けない。
……右隣から、小さく金属音が聞こえた。
「……とは言え、リサの言う通りそろそろ本題へと移りましょうか。動商院からいつ連絡が来るかも分かりませんからね。」
「はっ。本件の現場対魔官より聴取内容も含め説明させていただきます。アノン君。」
「はい。昨日は出動命令が下り……」
「……なるほど。つまり現場対魔官に脅威が及んだため、やむを得ず対象を死亡させた——ということですね?セリナさん。」
「……。」
「セリナ特魔官!長官からの質問に答えよ!」
「落ち着いてください、リサ。セリナさんも、私はこの件についてそれほど問題視しておりませんので、安心していいですよ。」
そう言いながら、長官が席を立つ。こちらに一瞥もくれず、真っ直ぐ食器棚へと向かう。
電気ケトルへ水を注ぎ、電源を入れる。
そのまま流れるように戸棚を開けると、まるで専門店かと疑いたくなるほど、茶葉の入った缶がずらりと並ぶ。
整然と並ぶ茶葉を眺め、左手を軽く顎へ当てる。しばらくして左手を伸ばし、深緑色の缶を一つ取り出す。
沸騰したお湯を少しティーポットへ注ぎ、ゆっくりと回す。
簡易シンクへお湯を捨て、慣れた手つきでティーポットへと茶葉を入れながら話し始める。
「セリナ特魔官の処遇についてですが、特に何もありません。引き続き勤務に従事してください。」
「よろしいのですか……?今年は捕縛数が目標を大きく下回っていると、私の方へも通達が来ておりましたが……。」
「構いませんよ。元々対策部だけで達成すべき数字でもありませんし。それに研究や魔抽刑など上の都合のため、命を掛けるのは——対魔官と特魔官自身なのですから。」
カチャカチャと音を立てながら、銀のトレイに人数分のティーカップを載せて運ぶ。
それを来客用机へと置き、左右均等にティーカップを並べてソファへと腰掛ける。
「どうぞ、皆さん。ダージリンのファーストフラッシュです。」
促されるままにソファへと腰掛ける。
長官の隣に座ったリサさんが、小さく「失礼します」と畏まる様子を目の端で捉える。
「この件については私の方から上手く言っておきますので、皆さんは気にせず業務へと戻ってください。」
「しかし長官、断魔布未着用の件もありますし、セリナ特魔官へ何もないというのは、体裁上どうなのかと——」
「はぁ。体裁なんてものを気にしても仕方がないと思いますがね。まぁ、とはいえアノン君にも非があるわけですし、そうですね……。」
左手を顎に軽く当て、茶葉を選ぶように少し考え込む。
「では……週の始めにアノン君とセリナさんのお二人で、私の茶葉を買い出しに行く——というのはどうでしょうか?」
……は?何を言っているんだ?
あまりに的外れなことを言い出した長官を、三者三様、驚いた表情を浮かべながら見つめる。
「お、お待ちくださいクロード長官。それが処罰では周りが納得——」
「対魔機関長官として下した処罰です。体裁上、それ以上に何か必要ですか?」
「い、いえ。何も……。」
「まぁ、もし他に必要だと思うのであれば、リサの方からなんらかの形で与えるようにしてください。ある程度のことであれば、いまこの場でその裁量を与えます。」
「は、はっ。承知しまし——」
——プルルル、プルルル……
甲高い着信音が鳴り響く。
「やれやれ……もう来ましたか。それでは皆さん、この件についてはこれで。あぁ、食器はそのままで大丈夫ですよ。」
そう言いながら長官はティーカップを片手に音の鳴る方へと足を運ぶ。
遅れて立ち上がった俺たちも、そのまま部屋を後にしようとする。
扉の前でリサさんが一瞬立ち止まり、長官へと軽く敬礼をする。
振り向くと、長官がけたたましく鳴り続ける着信音を努めて無視しながら、窓の外を眺めている。
そのまま急いで部屋を出ようとする。
「あぁ、セリナさん。少しだけ残っていただけますか?」
唐突に声を掛けられ、再び振り返る。
……電話、取る気ないのか?
呼び止められたセリナさんも、どこか訝しげな表情を浮かべる。
「あなたの処罰について、具体的な購入先などをお伝えした方が良いかと思いましてね。少しだけ詳細をお話しようかと。」
……そんなこと、端末にでも送ればいいだろう。
そんな言えるはずもない言葉を飲み込み「承知しました」とだけ返し、セリナさんを置いて部屋を出る。
……ゆっくりと閉まる扉に比例し、電話の着信音も少しずつ小さくなる。
扉が閉まり切ると同時に、着信音は聞こえなくなった。
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「さて、購入先は後ほど端末へとお送りしますので……来週よりお願いしますね。」
「……では、なぜ私を呼び止めたのでしょう?」
「アノン・フォード対魔官についてです。彼を決して死なせないようにしてくださいね。たとえあなたの命と——引き換えにしてでも。」
「……長官は、彼のことを知っているのですか?」
「さぁ、どうでしょう。あなたよりは知っているかもしれませんね?ヘイルさん。」
「…………失礼します……。」




