6話 二人の認識
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
《——つまり、魔力抽出刑はエネルギーの抽出が主な目的ではないということでしょうか?》
《はい。実際に動力商務院からの発表でも、昨年度の魔力抽出刑によるエネルギー生産量は全体の約4.8%程度に収まるというデータが公表されています。また抽出されたエネルギーの大部分については予備エネルギーとしての貯蓄を目的としており、緊急時を除き都市部のエネルギーとして使用されることは今後も想定していません。》
《なるほど。しかし世間からは魔力抽出刑を廃止し、重罪を犯した未登録魔女へも我々同様に人権を保証するべきという意見も一定数上がっておりますが、その点について執政官はどのようにお考えでしょうか?》
《はい。確かに現在でも、その点については慎重に議論が進められております。しかし年々、未登録魔女による犯罪件数は増加傾向にあり、容易には廃止へ踏み切れない側面も——》
「ここにいたか。探したぞ、アノン君。」
振り向く前に、リサさんが真正面の席へと腰を掛ける。
トレイに乗った器からは、小さく湯気が立ち上る。
こちらを見ることもないままリサさんが麺を掬い、勢いよく息を吹きかける。
そのまま大きな音を立てて麺を啜り、小さく咀嚼してから首を傾げる。そして近くに置かれた黒胡椒へと手を伸ばし、まるで黒い砂場のようになるまで目一杯振りかける。
たっぷりと黒胡椒を纏わせた麺にもう一度よく息を吹きかけ一口……今度は頷き、また大きな音を立てながら二口目を啜る。
……これを見て、作った人はどう思うのだろうか?
「報告書には目を通した。まぁ色々と、昨日は災難だったな。」
「いえ、リサさんも現場調査お疲れ様です。逃走したという二人目の魔女について、何か分かりましたか?」
「いや……というより、二人目があの場にいた痕跡すら見つからなかった。現場の警察隊からも、クレームを言われたよ。」
「……そうでしたか。」
「同じ対策部のメンバーを疑うのは気分が悪いが、昨日の件があった以上は、な。」
「……そうです、ね。」
手に持つ使い捨てコップに少し残る、黒い液体へと視線を落とす。
とっくに冷めたエスプレッソが、僅かに揺れながら俺の顔を映し出す。
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鈍い音が響く。地面が少しずつ赤く滲む。
とっさに左手が腹部をまさぐる。
……刺されて、ない?
再び対象へと視線を戻す。刃先を苦しそうにこちらへ向けたまま、硬直したように固まっている。
胸元から入った氷柱が、背中まで続いていた。
「…………かはっ……。」
きっと執念だろう。その目には陽の光が瞬き、それでも真っ直ぐ俺を見つめる。
「邪魔。」
直後、対象の心臓へと白い右手が伸びる。
鮮血が飛び散り、足元には血溜りが広がる。
「——何をしている!?」
「対象を排除しただけですが?」
凍てつくような視線で、彼女は俺を見つめ返す。
シルクのように白く透き通った肌が、飛び散った鮮血をより一層引き立たせる。
右手にはいつの間にか、赤く染まった小さな氷柱が握られていた。
「これで脅威は消えました。さて、戻りましょう。」
「ふざけるな!捕縛を優先しろと言われているだろ!一体どう説明するつもりだ!!!」
少し震えながら、右の拳を握る。握り込んだ拳の中で、断魔布が擦れる。
「あと一瞬遅れていたら、あなた死んでいましたよ?名分としては、それで十分では?」
「今後の処遇について確定するまで、宿舎での待機を命じます!」
「……そうですか。承知しました。」
少し寂しげにも見える表情で、静かに俯く。
……頭が痛いな。
ビルの隙間から覗く雲一つ見えない青空を、少しだけ恨めしく感じた。
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「彼女の処遇についてですが、上はどう考えているんですかね?」
「そのことについてだが、先ほど長官より通達があった。本日16時までに現場対魔官による事情聴取を行い、その後本人を連れ長官室へ向かえ、とのことだ。」
「事情聴取、ですか。今更聞くようなことは特にないと思いますが。」
「アノン対魔官。気持ちは分かるが、我々は対魔官だ。対魔官としての職務を全うすることだけを考えろ。」
「……承知しました。」
「それに……まだ日が浅いとはいえ、対策部の仲間だ。仲間を信じることも、上司の務めだと思わないか?」
……仲間、か。
「……そうですね。分かりました。本人への連絡は?」
「十二時半に前回の会議室前で待つよう既に連絡している。安心したまえ。」
「ありがとうございます。では俺の方もそろそろ——」
……ん?十二時半?
左のポケットへ手を滑り込ませるように入れ、通信端末を取り出す。
PM 0:38
「そういえば、私がここに来たのがちょうど十二時半ほどだったか?」
跳ね上がるように椅子から立ち上がる。そのまま無造作に椅子を戻し、黒いジャケットへ両腕を潜らせる。
使い捨てコップに残るエスプレッソを喉へ流し込み、横目で出入り口を確認する。
飲み終わると同時に駆け出し、途中でごみ箱へコップを放り投げながら出入り口へと向かう。
「アノン君!長官室へ向かう前に一度、私に連絡してくれ!私も同席する。」
遠くから聞こえた声に努めて気づかないようにし、そのまま食堂を後にする。
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PM 0:51
「すみません、セリナさん。遅れました。」
会議室前で仁王立ちするセリナさんへ声をかける。
明らかに不機嫌そうな空気を感じ、出鼻を挫かれた気分になる。
「構いませんよ。対魔官殿はさぞかしお忙しいことでしょうからね。」
空気がより一層凍りつく。
霜が立ったように張り付く表情筋を無理やり動かし、引き攣った笑顔を維持しながら対魔証でロックを解除する。
……ヒールの音が、部屋中を覆う。
彼女が前回と同じ席に着席したことを確認し、静かに扉を閉める。
音を立てないよう彼女の対面側へと周り、俺も前回と同じ彼女の正面一つ隣の席へと腰を下ろす。
「遅くなってしまい、すみません。食堂から急いで向かったのですが、エレベーターが混んでまして……。」
「……。」
……ダメかもしれない。
そう思いながらゆっくりと視線が天井へ向かう。途中でリサさんの言葉を思い出し、慌てて彼女へと視線を戻す。
——瞬間、息を飲む。
目の下には昨日と比べ明らかに大きくなった隈が浮かび、その眼差しからは明らかな疲れの色が見える。
昨日は白く透き通って見えた肌も、今日は病的に青白く感じる。
……寝てないのか?
一瞬、言葉に詰まる。
しかし昨日の光景が頭をよぎり、すぐにその考えを振り払う。
……口元から吸い込まれる空気の音が耳に入る。
「では早速、昨日の件について調書を取らせていただきます。まず、昨日見たと言っていた二人目の対象についてですが、本当にいたのですか?」
「はい。確かに見ました。」
「しかし調査部からは二人目の対象の痕跡を確認できなかった、と報告が上がっております。」
「あなた方の落ち度を、私になすりつけようとしないでください。」
……どこまで信用するべきか。
「分かりました。では、本題へ移ろうと思います。昨日、あの場で対象を殺害した理由について確認させてください。」
「対魔官への攻撃を確認したため殺害した。それ以上、特に理由はありません。」
「しかし、あの時既に対象へは魔力弾を打ち込み、対魔女用手錠を掛けていました。他に手段があったのでは?」
「結果的に対象からの反撃を受け、あなたは死んでいてもおかしくない状況でした。むしろ褒められるべきではないでしょうか?」
——いや、その右手で……
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
どう返したものかと言葉が詰まり、間を埋めるように視線を外し脚を組む。
……二つの衣擦れの音が聞こえる。
「——あなたは、何者なのですか?」
……またか。
静寂を破ったのは、何度も聞いたその言葉だった。
ゆっくりと彼女へ視線を戻す。
真っ直ぐ向けられたその眼差しは、まるで調書を取る対魔官のように見えた。
「本官はアノン・フォード対魔官。一級の対魔師です。対魔師養成機関の全課程を修了後、現在の対魔機関特対部へと配属。以降、現在まで勤続している——ごく普通の非魔術師ですよ。」
「……そうです、か……。」
歯切れの悪い返答。いまの俺の回答に納得できたかは分からない。
「逆に俺からも聞かせてください。なぜ俺を……人殺しと呼ぶのです?」
「……。」
「正直、セリナさんが何を考えているのか、俺には全く分かりません。」
「……分かる必要なんてあります?」
きっと以前なら「面倒だ」と言い、距離を取っていただろう。
しかしいまは——
「あります。少なくとも、今後も一緒に仕事をするのであれば。」
少し手に汗が滲むのを感じる。
次の返答次第で彼女がここを去るかが分かる、根拠のない確信があった。
やがて彼女がゆっくりと口を開き、小さく息を吸い込む。
「……あなたは何も知らないのですか?」
……全く分からん。
あれほど気構えしていたのに、肩透かしを食らった気分だ。
ふと、左ポケットが少し震えた。
端末を取り出し、机の下へと視線を落とす。
PM 2:27 留守番電話 1件
着信時刻 PM 2:24
「……すみません、ちょっと。」
一言置き、端末を左耳へとかざす。
……嫌な予感がする。
《あぁ、もしもし。私だ。長官に急遽予定が入ったとのことで、十四時半までに切り上げ長官室前へ向かうように。
私も十四時半までには長官室前へ向かう。遅れるなよ?》
……汗が、頬を伝う。
瞬間、端末を左ポケットへと押し込みながら席を立つ。
急変した俺の雰囲気に目を丸くしている彼女へ、放るように言葉を投げかける。
「セリナさん!急いで退出を!」
そう言いながら小走りに扉へと手を掛ける。
雰囲気に流されるがまま彼女も急ぎ席を立ち、慌てて二人で部屋を後にする。
「非常階段を使います!俺に付いてきて!」
彼女の疑問を解消することなく、そのまま速度を上げる。
階段を一気に駆け上がる。二つの足音が交差するように何度も反響する。
踊り場に48Fの表札が見えたところで、振り返ることなく声を掛ける。
「——この後、長官と面会をします。」
……規則的に響いていた足音が一つ、一瞬だけ乱れた。




