5話 欠損者
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
「……以上が、現在の状況となります。」
警察隊の現場指揮官であろう人物から概要を伝えられる。
逃走の二文字が頭をよぎり慌てて車両から飛び降りたが、セリナさんは非常線を前にし、少し気恥ずかしそうに出動車両を見つめていた。
しかし、いまはどうだろう。両腕を組み毅然とした態度で概要を聞く彼女を前に、現場指揮官も、本当に俺が上官なのかと疑うような視線を向けてきたほどだ。
……いや、いまはそれどころではない、か。
「既に警察側でも負傷者が出ているとは……。本当に脅威度Cなんですか?」
「はっ。脅威度分類上ではCとなりますが……本官も疑問を感じております。」
……勘弁してくれ。
「セリナさん。聞いた通りです。既に状況は逼迫しつつあります。すぐに作戦へと移りましょう。」
「たかがその辺の魔女一人に、大袈裟では?」
「いや、だから説明された通り既に負傷者が——」
——瞬間、近くのビルから窓ガラスが砕け散る。
腰へ収めた魔工銃へと右手を滑らせ、左腕で目の上を覆いながら音の方向へと視線を送る。
周囲の警察隊員たちが怒号のように声を上げ、民間人へ避難勧告をする。遠くから悲鳴が聞こえたような気がした。
窓から飛び出した張本人なのだろう。
ブロンドの髪を二つに結んだ女性が、砕けたガラス片を踏み付け……周囲をゆっくりと見渡す。
……唾液を飲み込む音が頭蓋に響く。
「セリナさん、おそらくあれが対象——」
「もう一人います。」
喧騒の中、彼女の声だけが鮮明に聞こえた。
振り向くと、両腕を組んだまま微動だにせず、割れたビルの方向を見つめ続けている。
その眼差しはあまりに鋭く冷ややかで、しかし目の奥にはどこか獰猛さが入り混じったように映った。
そう……まるで対象が一人増えたかのように。
……喧騒が遠のく。
「なぁんだ。せっかくここにいるって聞いたからわざわざ来たのに……またガセェ!?」
あまりに場違いなほど間延びした物言いで、一気に現実へと引き戻される。
現場の警察隊員たちも声を上げることを忘れ、皆彼女の一挙一動へと釘付けとなる。
腰へ掛けた右手に、思わず力が入る——
「奥のはどうします?」
ドクン、と心臓が跳ね上がるのを感じる。
この場には到底そぐわない、冷ややかで穏やかな声色。
……少し汗ばんだ右手は、いつの間にか左の胸元へと掛かっていた。
少し俯き、目を伏せながら彼女がゆっくりと前へ歩き出す。対象との距離は五十メートルほどだろうか。
左手にはめられた手袋を外し、丁寧に折りたたんで胸ポケットへと仕舞う。金属製の左手が露わになる。
迷いなく歩を進めるその様子は、さながら散歩にでも向かう貴婦人かのように見えた。
「……あ?あんた誰?魔女?……裏切り者風情が、あたしに何か用——」
突然、対象の真下から鋭い氷柱が突き出し、対象へ襲いかかる。
直撃は避けられたようだが、対象の眼差しからは戸惑いの色がありありと窺えた。
……氷魔法……?
いや、そんなことよりいまは——
「セリナ特魔官!可能なら捕縛です!忘れたんですか!?」
間髪入れず、次々と氷柱が突き出す。
対象との距離、およそ三十メートル。
傍から見れば一方的にも思えるが、先ほどとは違い対象は笑みを浮かべている。
「——ちょっと!?奇襲なんて卑怯じゃない、の!!!」
対象が振り下ろした右手と連動し、四つの炎の玉がセリナさんへと真っ直ぐ放たれる。
狙われた本人は気にする素振りも見せず、右手人差し指で軽く空をなぞる。
巨大なガラス片を思わせる薄い氷板が現れ、少し蒸気を上げながらそれらを受け止める。
そしてそのまま向きを変え、対象へと飛ばす。
対象との距離、十五メートル。
対象の表情が曇る。
直後、ニヤリと口元を歪めパーカーのポケットへと手を突っ込む。
——隠し武器か!
考えるより先に、右手が一気に腰から引き抜かれる。
視線を対象へ集中させたまま、確保した射線からさらに角度を付ける。
視界の中心で白い照星が対象と重なった刹那——真っ直ぐ引き金を引く。
銃口から放たれた魔力弾は、煌々と輝きを放ちながら一直線に対象へと突き進む。
その弾道を追うかのように、俺自身も一気に駆け出す。
命中——と思われたが、対象は後ろへ仰け反りながら紙一重で躱す。
……だがそれは想定内。
セリナさんを視界の端で捉える。
追撃も期待したが、彼女の驚いた表情がぼやけながらも伝わり、単独での拘束へと思考を切り替える。
対象へと視線を戻す。対魔官が接近してくることが予想外だったのだろう、困惑した表情でこちらを見つめていた。
しかし徐々に苛立った表情へと変わっていき、標的を俺へと変えて一気に飛び出す。
対象の荒い呼吸が聞こえる。
陽の光を反射させ、対象が大きく右手を振り上げる。
……右手が義手か。
対象が力任せに右拳を振り下ろす。振り下ろされる右拳を左腕で受け流しながら半身でかわし、そのまま対象の懐へと入り込む。
「……は?」
小さく聞こえた吐息混じりの声を聞き流し、転がすように脚を掛ける。
薙ぎ倒した対象を視界に捉えながら、流れるように腰へと右手を掛ける。
仰向けに倒れ込んだ彼女の視線を感じる。
その視線には目もくれず、対象の左肩に向け迷わず引き金を引く。
——パシュッ
小さく響く乾いた破裂音。
直後、その音に呼応するように対象の全身が強張り、不自然なほど反り返る。
受け流した左腕の痛みに耐えながら対象の両腕へ手錠を掛け、セリナさんが元いた方へと振り返る。
「セリナさん!すぐにもう一人の位置を——」
「あなた、一体何をしているの!?」
突然、リサさんにも劣らない剣幕に当てられ、思わず心臓が飛び出そうになる。
「落ち着いてください、セリナさん。魔力弾に致死性はありません。それにまだもう一人いるのなら——」
「もう一人は既に姿を消しています!そんなことではなく私は、あなたが何をしているかを聞いているのです!」
初めて聞く彼女の張り上げた声。一時騒ぎを忘れたように、遠くの警察隊員たちまでもが彼女の方へと振り向く。
……何を言っているんだ?優先度が全然違うだろ。
「そうでしたか。ではすぐに捜索隊の要請と周辺への警戒を——」
「私の質問に答えてください!なぜ対魔官であるあなたが、自分から前線に出られたのです!?」
「そんなことよりもう一人の対象への対処が先——」
「——魔力も無い欠損者ごときが、あたしを見下ろすなぁぁぁあ!」
瞬間、体温が急激に下がる。
見ると、金属製の右手が陽の光を反射させ、真っ直ぐ腹部へと向かってくる。
おそらく仕込んでいたのだろう、手首から生えるように伸びた短刀の切先が、一切の迷いなく俺に近づいてくる。
引き金に掛けた人差し指が、まるで他人の指であるように感じる。
……まずい、間に合わな——
——ドスッ……




