4話 初出動
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
……革靴の乾いた足音が、廊下中に反響する。
この後は医療機関への受診を理由にそのまま退勤する……という流れを頭で何度も繰り返す。
しかしリサさんとハンナさんに問題ないと伝えてしまった以上、頭の中でさえ早く上がることができずにいた。
ようやく対策部の入り口へ辿り着き、そっと扉を開ける。扉の隙間からリサさんの怒号が漏れ出す。
内容までは聞こえないが、その剣幕だけは入り口までも伝わってくる。
……脚に鉛でも付いているのか。
「……せっかくアノン対魔官が時間を作って君と話し合う場を設けてくれたんだぞ!それを一蹴し戻ってくるなど、今日から特魔官だという自覚が足りないと思わないのか!!!」
……あぁ、もう今日は帰ろう。
心の中で小さな決意表明を行い、冷え切った残りのエスプレッソを流し込む……不味い。
「アノン君、戻ったか。話し合いの場を設けた以上、何かしら有意義な話し合いができたと私は思っていいんだな?」
「……断魔布の着用については、お互い着け忘れがないよう気をつけましょうという話はできました。しかしそれ以外は何も——」
「——私が何のために話し合う時間を設けたと思っているんだ!そんな話、ここで口頭注意すれば済む話だろう!アノン対魔官、こちらに来なさい!!!」
……今日は残業だな。
脚に付いた鉛を引きずるようにリサさんの元へと向かう。
途中、テオが俺をニヤニヤしながらチラチラと見てきた。
……テオも残業だな。
「アノン対魔官、我々の職務はなんだ!?」
「はっ。魔女による犯罪事件を鎮圧し、特魔官と共に非魔術師社会の秩序を守ることであります。」
「その通り。しかし、我々非魔術師と魔女との力量差は歴然だ。それではどのように鎮圧するか、出動から鎮圧までの工程を簡潔に述べよ!」
「はっ。司令部より出動命令が下り次第、特魔官一名を同行させ、現場へ急行。現場到着後、速やかに現場を鎮圧。対象となる魔女を捕縛できた場合、対象の護送を見届け——速やかに帰還します。」
「そうだ。そして最後に……対象と戦闘になった際には主に誰が戦闘を行うか——答えよ!」
「はっ。特魔官であります。」
「その通り!つまり現場で戦闘が起こった際には、我々が生きて帰れるかの生命線が、セリナ特魔官——君の手に掛かっている。そのことをゆめゆめ忘れるな!」
……タイピングの音が止まる。
そう、きっとこれは俺たち二人だけに向けられた話ではないのだろう。
この場にいる特殊対策部全員に向けられた言葉を、ただ黙って受け取る。
たとえ一級対魔師であろうとも——最後は魔女である特魔官に頼るしかない。
その命を預ける相手に対し、俺は真面目に向き合わなかったことを自省する。
「セリナ特魔官。君も魔女として色々思うことはあるのだろう……そしてそれは、非魔術師である私には永遠に理解できないことなのかもしれない。——しかし!それを理由に職務を疎かにすることを私は認めん!ここに来た以上、特魔官としての覚悟を持ち職務を全うしろ!わかったか!?」
「……承知しまし——」
——ピ、ピーッ
通達。現在、B-105区画にて、魔女一名による強盗事件が発生。
脅威度予測:C
対応対魔官は直ちに現場へ急行せよ。繰り返す。……
「タイミングがいい、というのは失礼か。……アノン対魔官!」
「はっ。」
「直ちに特魔官を一名指名し、現場へ急行せよ。セリナ特魔官!体調は問題ないのだな!?」
「はい。問題ありません。」
「とのことだ、アノン対魔官。さて、速やかに一名指名し現場へ向かいたまえ。」
「……セリナ特魔官、行けますか?」
「……はい。大丈夫です。」
「やれやれ。こういう時は格好つけて『俺に付いてこい!』——とか言ったらどうだ?ま、そのあたりは追々か……。」
「では、アノン対魔官・セリナ特魔官!速やかに二人で対象魔女の鎮圧、また戦闘となった場合は可能な限りの捕縛を命じる!行ってこい!!!」
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PM 0:13
「セリナさん。こういう時は特レで下まで行きます。付いてきてください。」
少し息を乱しながら対魔証を取り出し、後ろを振り返る。
……リサさん。普段の素行さえ良ければ、最高の上司なんだけどな。
後ろからはセリナさんが、艶やかな黒髪を揺らしながら少し息を乱し、不思議そうにこちらを見つめる。
……確かに特レの場所を伝えられてなかったな。
対魔証をかざし、開き切るのを待たずして身体を滑り込ませる。
「手すりに掴まって。」
彼女の右手が手すりに掛かったことを確認し、降下ボタンを押す。
——瞬間、通常のエレベーターでは考えられない速度で降下し始める。
「出動の際にはこの『特殊対策部専用エレベーター』を使うんです。降りてから出動車両までの道筋は、俺が先導しますね。」
おそらく初めてであろう速度に目を見開きながら、セリナさんが黙って頷く。
徐々に速度が落ち、無機質なベルの音を合図にドアが開く。
その隙間をすり抜け、裏口から真っ直ぐ出動車両まで駆け抜ける。
PM 0:17
開けられた一台の車両に身体を潜らせて乗り込む。
一拍遅れセリナさんが乗り込む。
間髪入れず車両のドアが粗雑に閉められ、運転手がクッション性でも確かめるように巨体を放る。そのまま俺たちへ合図も送らず、急発進する。
突然走り出した車両に驚き、セリナさんはバランスを崩し倒れそうになる。
倒れる直前に車両の手すりを掴み、彼女はなんとか倒れることなく踏みとどまっていた。
……まぁ、こればかりは慣れだ。
そんな彼女を横目に、俺は左脇のホルスターから黒い自動火薬拳銃を取り出す。
弾倉を外し、スライドを少しだけ引く。
……薬室は空、だな。
スライドから手を離す。静かに金属音を鳴らしながら、スライドが戻る。
外した弾倉を装着し、再びホルスターへと収める。
左胸元からナイフを抜き出し、刃先を車内の光に重ねる。
……刃先から光は、漏れていないな。
いつも通りの装備状態に少し安堵しながら、流れるようにナイフを胸元へ仕舞う。
「それ、使うのですか?」
急に現実へと引き戻される。顔を上げると、正面には黒い座席。
対角へと視線を向けると、顔をこちらに真っ直ぐ向けて座るセリナさんがいた。
「いえ、余程のことがない限りは使いませんよ。最近はこちらの魔工銃で済ませることがほとんどですので。」
そう言い、腰に掛けたホルスターから白い銃器を取り出す。
「……使う予定のない武器を、あれほど入念に確認するのですか?」
「確かにこの魔工銃は便利な代物ですが、いざという時にはより原始的な武器の方が信頼できますので。まぁ、俺ほど気にする人は今時珍しいのかもしれませんけどね。」
「……あなたはその原始的な武器で、人を殺したことはあるのですか?」
「まさか!これらの武器は全て対魔女用に所持が許可されていますから。魔女以外の一般市民へ向けるなんて、あり得ませんよ。」
「……そうですか。」
車両が右折し、二人の身体を左右に揺さぶる。
建物に遮られ、彼女の顔には影が落ちる。
……何を勘違いしていたのかは分からないが、ひとまずこれで誤解は解けたはず。
少し腰を上げ右手の甲を滑らせるように、魔工銃を押し込む。
遮る建物を通り過ぎ、陽の光が彼女の顔を照らし出す。
瞬間、彼女と目が合った。
会議室で見た、あの眼差し——。
車両が停止し、勢いよくドアが開けられる。
その勢いとは対照的に、彼女は揃えた両足で座席を撫でるように外へ降ろす。
ゆっくりと屈み、見渡すように降りてくる彼女を見て、運転手も困惑していた。
彼女が降りるまでの様子を呆然と眺めながら、はっと我に返り俺も後を追うように飛び出す。
……彼女の言葉を、頭の片隅に押し込むかのように。
——人殺し。




