3話 人殺し
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
「セリナ特魔官!!!」
彼女の後を追い、リサさんも部屋を出ていく。
……耳の奥で、静寂を飲み込むように耳鳴りが聞こえる。
「……アノン君。手、大丈夫?」
「あぁ……大丈夫です。ちょっと色々あり過ぎて、痛みなんか忘れてましたよ……。」
ハンナさんが心配そうに駆け寄る。
「あっはっはっ!アノンどんだけ嫌われてるのー!?おっかしー!!!」
「ほんとっすよ!あぁ、腹いてぇ……あはははっ!」
…………こいつら……。
「あはっ!あたしだったら、アノンよりテオに触られた方がよっぽど吐きそうになるのにねーっ!」
「……え。それ、普通に傷つくんでやめてくれません?」
思わぬ形でテオに飛び火した。
……テオ、自業自得だぞ。
口には出さず俺は手袋をはめ直し、散乱したデスク周辺を片付け始める。
「魔力の拒絶反応、でしょ?念のため、医療機関で診て、もらったら……?」
そう言いながら、ハンナさんだけが一緒になって片付け始める。
視界の端で、テオが未だ石のように固まっていた。
「……大丈夫だと思います。まだ指に若干の違和感がある気もしますが、それ以上に机にぶつけたところの方がよっぽど痛いんで。」
「ん。それなら良かった。」
片付けが大方終わり、ハンナさんがデスクへ戻っていく。
戻る最中「このドリンクでも飲む?」と聞いてきたが、あれは彼女なりの気遣いなのだろうか、冗談だったのだろうか……。
しばらくして扉の開閉音が鳴り、明らかに不機嫌そうなリサさんが戻ってくる。
「アノン対魔官。接触箇所については大丈夫そうか?もし気になるようであれば、業務を早めに切り上げて医療機関への受診を勧めるぞ。」
「いえ、問題ありません。触れてしまった指も問題なく可動しますので。それより、俺の不注意でお騒がせし、申し訳ありません。」
「まぁ、簡易机の組み立てを命じた私にも非はある訳だ、すまなかったな。今後はお互い注意することとしよう。」
こうした発言を聞くと、改めて部長であることを思い出す。
「それよりセリナ特魔官だ。配属初日とはいえ、この件については処遇を考えねばならんが……さすがの私も、体調を崩した者に説教をする趣味はないからな。」
……この人にも最低限の倫理観があるんだな。
「……それで、彼女は?」
「まだ体調が戻らないようだ。一応落ち着いたら一度宿舎へ戻り、着替えてから戻るようには伝えてある。私の男に吐瀉物まみれで近づかせるわけにもいかんだろう。」
……前言撤回。この人に倫理なんてものは存在しなかったようだ……。
「それはそうと、彼女が戻り次第一度アノン君から二人で話をしてみるといい。今後彼女と一番出動することが多いのは君なのだからな。彼女の処遇については、その後にしよう。」
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「すみません。戻りました。」
いつもの業務風景に戻りつつある頃、セリナ特魔官は戻ってきた。
挨拶の時に見た鋭い視線に、また頭を抱えそうになる。
「戻ったか。体調のほうは、大丈夫そうか?」
「はい、お陰様で。午後以降については問題なく従事できるかと。」
「そうか、それなら安心した。しかし、今回の件は重大な規程違反だからな。そのことは一度よく考えるように。」
「……はい。」
「今後の処遇について、セリナ君には色々と伝えなければならないことがあるわけだが……その前に一度、アノン君と二人で話しておくといい。今後君たち二人で出動する機会が多いわけだからな。そのわだかまりを解消することが、いまは最優先だ。アノン君!」
「はい。」
「奥の会議室が今日は空き部屋となっている。そこで二人話し合ってくるといい。」
「……承知しました。セリナさん、こちらです。」
彼女を促すようにし、部屋を後にする。
毎朝通っているはずの廊下がいまだけはやたらと長く感じ、二人の足音が響く。
「セリナさん、体調の方は大丈夫そうですか?」
「……。」
「もし出動命令が発令しても、今日は無理に出動しなくて大丈夫ですからね。」
「……。」
……こんな調子で、本当に二人でバディを組むなんてことができるのだろうか。
忘れかけていた手の痛みが、段々とまた痛み出す。
「こちらですね。どうぞ。」
首から掛けた機関証で会議室のロックを解除し、明かりを点けて彼女を中へ促す。
向かい合った机と椅子、壁側に置かれたホワイトボードが、話し合うという行為を強要してくるように感じる。
彼女が入り口から入って左側の席へ座るのを確認し、俺は対面の一つ隣の席へ座る。
一呼吸置き、彼女を真っ直ぐ見つめる。彼女は誰もいない出入り口へ視線を向けている。
「……今朝は俺の不注意で、申し訳なかったです。」
『対魔機関職員、同僚魔女にセクハラ』——そんな不名誉な見出しでニュースに取り上げられる光景が一瞬頭をよぎり、身震いする。
「もちろん、俺も断魔布の着用漏れがないよう、十分に気をつけていきたいと考えています。ですのでセリナ特魔官も、今後は着用漏れがないよう一緒に気をつけていきましょう。」
…………大ごとにはしないでくれ……。
腕を組む彼女の右手には、既に断魔布製の黒い手袋がはめられている。
「……もし、それ以外で俺に不満があれば、この場で言ってくれると助かります。今後同じ任務に就くことが増えるでしょうから、事前に知っておければ俺の方でも——」
「——あなた、何者なのですか?」
あまりに突飛な質問に、頭が真っ白になる。
……彼女は何を言っているんだ?対魔官であることは、伝えたはずだろう。
まとまらない考えが、浮かんではまた消える。
「何者、ですか?対魔機関で働く、一級対魔師資格を保有する対魔官、としか言いようがないですが。」
「……。」
ゆっくりと姿勢を変え、彼女は誰もいない出入り口から俺に視線を戻す。
彼女が戻ってから目が合ったのは、初めてだったように思う。
真っ直ぐ見つめる鋭い眼差しに思わず目を逸らしそうになるが、上司としての矜持で真っ直ぐ見つめ返す。
「……そうですか。」
たっぷりと時間を使った後、彼女は視線を手元へ落とし、そう呟い——
「——セリナ特魔官!?」
あろうことか、彼女は目の前で右手の手袋を外そうとする。
黒い布地が指先から少しずつ引き抜かれ、白磁のような肌が露わになっていく。
「……本当に知らない、なんてことが……。」
こちらに聞こえないほど小さな声で彼女が呟く。
……この女、正気か?
彼女に視線を向けると、いつの間にか彼女もこちらを見つめていた。その眼差しには驚愕と困惑の色が入り混じっているように思えた。
やがて彼女は視線を手元に戻し、外しかけた手袋をはめ直す。
ガタッ——
勢いよく椅子から立ち上がり、再び俺を真っ直ぐ見つめる。
その視線は、今日見てきた中でも一段と鋭く冷ややかで、どこか怒気を含んでいた。
「……人殺し。」




