2話 触れた指先
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
……まるで人形みたいだな。
それが彼女の第一印象だった。
一つ一つの所作にどこか高貴さを感じる。いや、それは部署にいる特魔官たちを基準にしてしまっているが故なのかもしれない。
しかしそれを差し引いても、切れ長の瞳と造形美を思わせる顔立ちが相まって、どこか近寄り難さを覚える人は多いのではないだろうか。
「……アノン・フォード対魔官です。対魔師としては一級となります。」
真っ直ぐ見つめられた視線が鋭く、気まずそうに彼女の真上あたりの天井を見つめながら、そそくさと自己紹介を終える。
心なしか、さっきより一段と空気が冷えたように感じる。
「うむ!彼は優秀な対魔官でもあり、私とプライベートを共にする間柄でもある。公私共に分からないことがあれば彼に——」
「いやいや!誤解を招くようなこと言わないでください……。」
彼女の視線がさらに鋭くなったように感じる。しかし一度しか目を合わせていないので、きっと気のせいだと信じたい。
……空調の音だけがやたらと鮮明に響く。
「では、次はテオ君かな!テオ君、彼女に挨拶を。」
「ちょっ!?まじすか俺っすか!?」
「当然だろう?一応君も彼女の上司になるわけだからな。ほら、こんな挨拶程度で時間を使うんじゃない!」
「えぇ……。まぁ……テオ・ケラーっす。一応、対魔官っすけど対魔師としては三級なんで……。あ、魔工技師として義肢のメンテとかもやってるっす……。」
テオに続き、ハンナ・ヴェルナー特魔官とミア・ブラウン特魔官も簡単な挨拶を終え、一通り顔合わせを済ませる。
「よし。そして改めてとなるが、私がこの対魔女特殊対策部の部長を務めるリサ・ベネットだ。アノン君同様、対魔師としては一級になる。リサさん、部長、リサっち……好きなように呼んでくれ。それでは、今日からよろしく頼むぞ、セリナ君。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。リサさん。」
「遠慮せずリサっちと呼んでいいんだからな?……さて、まず基本的な業務については、アノン君から教わるといい。今後アノン君と二人で出動する機会が多くなるだろうからな。そういう意味でもこの機会にお互いきちんとコミュニケーションを取れるようにしておくこと。アノン君も分かったか?」
……人をあんな風に紹介しておいて、どの口が言ってるんだ。
引き攣りそうになる顔を必死に抑え、平静を保つよう努める。
「では、まずはセリナ君のデスクを——おい、ハンナ君!セリナ君のデスクを怪しいドリンクで埋め尽くすな!」
「ん。あぁ、デスクが広くなったわけじゃなかったんだ。」
「当たり前だ!しかもせっかく用意したデスクがもう汚れているじゃないか!……すまない、簡易机で一時的に仕事をしてくれ。まぁ、研修を密に実施するという意味でアノン君の隣に設置するとしよう。」
一通りの騒ぎが落ち着き、各々自分のデスクへと戻っていく。俺はリサさんとセリナ特魔官と共に資料室へ簡易机を取りに向かった。
結局、簡易机は俺一人で運ぶこととなった。
……単純な力で言ったら、特魔官であるセリナ特魔官の方が強いだろうに。
そんな文句を飲み込み、手袋を外して自分のデスクの隣に簡易机を組み立てる。
「さて、私は機関支給の業務用端末と通信端末を取りに行ってくる。アノン君は彼女に対魔機関について説明と、対策部での業務内容について説明をしておいてくれ。」
そう言い残し、まるで鼻歌でも歌うかのように部屋を後にする。
……タイピング音が無機質に響く。
「改めてとなりますが、アノン・フォードと言います。配属前に話は聞いていると思いますが、俺からも機関についての説明と業務について説明させていただきますね。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
取り繕った精一杯の笑顔が一瞬にして砕けるのを感じる。
……早く新しいデスクが用意されないものか。
天井を仰ぎ見ようとする途中、視界の端にミアが映った。
見てみると、朝握っていた袋とは違うパンを両手で貪っていた。
「……ではまず、この『対魔女特別対策機関』では主に魔女関連の事件を担当し——」
無難な説明を淡々と進める。何度も聞いたであろうに、俺の画面を覗き込んで熱心に聞く様子を見て、ほんの少し安堵する。
始めこそ資料をなぞるだけだった説明も、気付けば段々と自分の言葉を交えるようになっていた。
「お、やっているな。セリナ君、今日はそれほど気負わず、ここの皆がどのように働いているかを見ていってくれ。業務については、やっていくうちに慣れていくものだからな。」
そう言いながら、簡易デスクへ開封済みの通信端末をそっと置く。
「これが機関から支給される通信端末になる。既にセリナ君のアカウントでログイン済みだから、すぐに使えるようにしてあるぞ。社内用通信チャットの使い方はアノン君から——」
「すみません、アカウントにログインしてください……と表示されていますが?」
彼女の左手に持たれた端末を覗き込む。確かに画面上には何らかのポップアップが表示されているようだった。
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「はい。どうぞ。」
左腕の袖元から室内の光を瞬かせ、端末を右手に持ち替え俺へと渡す。
端末を持つシルクのような白い指を何となく見つめながら、差し出された端末を受け取る。
……ん?白い指?
瞬間、自分も手袋を外していたことを思い出す。
右手人差し指の中腹辺りから、微かに彼女の体温が伝わる。
——まずい!
急いで手を引く。あまりの勢いに自分のデスクへ右手を打ち付ける。
「……痛ってぇ……。」
「アノン君!?大丈夫か!?」
痺れはない。
指も動く。
……痛みは机に打ちつけたところだけ、か。
接触時間が短かったのが、不幸中の幸いだな。
「すみません、大丈夫です。俺も手袋を外していたのを忘れていました。」
「それは今後気をつけて欲しいところだが、それよりもセリナ特魔官だ!何故支給された手袋を付けていない!?付け忘れたでは済まされんぞ!!!」
「……。」
「セリナ特魔官!聞いているのか!?」
彼女の方へ振り向いた。
彼女の視線は俺でもリサさんでもなく——自身の右手一点にだけ注がれていた。
「……セリナさん?」
明らかに蒼白となった顔で、ゆっくりとこちらを振り向く。
彼女と目が合う。
恐怖と嫌悪感とでも言えばいいだろうか……どこか見慣れた眼差しで、俺を真っ直ぐ見つめる。
そう——まるで一般市民が魔女を見つめるかのように。
瞬間、彼女は短く嗚咽を漏らし、口元を右手で押さえる。
そしてそのまま勢いよく部屋を飛び出した。




