16話 生還
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
非常線の外では既に大勢の記者たちが駆けつけていた。
警察隊員が声を上げ対応するが、そんな程度で退くようでは記者は務まらんと言わんばかりに、警察隊員へ逆に質問を返している。
非常線周りの攻防と同じように、現場入り口付近でも慌ただしく救急隊員と警察隊員が駆け回っている。
先ほど出てきた担架にはブルーシートが掛けられ、声を掛け合いながら小走り気味に救急車両へと運ばれていた。
そんな様子を視界に入れることなく、俺は救急車両の後部へと腰を下ろす。
肩に掛かる小さな毛布が少し邪魔に感じるが、そんなことを気に留める必要すら感じずそのまま呆けている。
切り付けられた右腕の傷や他のちょっとした切り傷などは既に手当てされ、いまとなってはもう何のためにここへ残っているかも分からないまま、陽が照りつける地面をただ眺めていた。
「人質は事前の報告通り、六名だったそうです。」
護送車両に青髪の対象を収容し終えたのだろう。所々汚れてはいるものの、一緒に突入したとは思えないほど身綺麗な姿のセリナさんがこちらへ戻ってくる。
見上げると、その視線は俺の胸元へと向けられていた。
「そう、ですか。」
「安否は公式には不明となっていますが、実質的にはもう……。」
「……そうですか。」
…………結局、人質も助けられず何をやってるんだろうな、俺は……。
とっくに空になった紙コップを握り潰し、再び地面へと視線を落とす。
左ポケットが震えた気がするが、いまはもうどうでもいい。
「——失礼します。」
聞き覚えのない男性の声が聞こえ、顔を上げる。
見ると六名の警察隊員——そのうち一人は、俺に概要を伝えてくれた指揮官だろうか——こちらを真っ直ぐと見つめ、一糸の乱れもなく一列に並んでいる。
「我々がいまここにいられるのは、対魔官殿と特魔官殿のおかげであります。本現場一同を代表し、お礼申し上げます——敬礼!」
……あの人たち、生きて戻れたんだな。
「ありがとうございます。俺も、あなた方のお陰でいまここにいられていますから。本当に……ありがとう。」
少し涙ぐみそうになるのを隠すように、再び地面へと視線を落とす。
……六名の靴音が、一斉に揃う。
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「遅くなりました……ミアの容体は?」
病室へ向かうと、部屋の外で腕を組み通信端末と睨み合うリサさんが見える。
首元には大きな絆創膏が貼られており、リサさんも手当てを受けてきたことが窺える。
「セリナ君へ電話で伝えた通りだ。命に別状はない。安心したまえ。」
「そうですか……。」
最悪の事態には至らず安堵する。
「しかしリサさんの方も、かなり危なかったみたいですね……。」
「あぁ。戦闘慣れした魔女が二人、状況が悪ければこちらがやられていてもおかしくないほどだった。……近く脅威度制度について、本格的に進言しなければならないかもしれん。」
……最近は魔女二名以下なら問答無用で脅威度Cに認定されている節があるからな。
「俺もそう感じます。俺が出動した直近二現場は、どちらも周辺被害が出ていますから。」
「それはそうと、話は聞いている。……アノン君の方は、色々と災難だったな。」
「いえ。人質は残念でしたが……俺とセリナ特魔官を含め、現場隊員たちに大きな被害を出さず制圧出来ましたので。」
そう言いながら、少し病室の扉を開ける。
隙間から中を覗くと、青緑色の病院着を着たミアがベッドの上ですやすやと眠っている。
見たところ大きな外傷があるようには見えないが、左腕から点滴を入れる様子が目に入り顔を歪める。
「しばらくミアは動かせん。悪いが、当面の間はセリナ君とアノン君の二人で出動してもらうことになる。」
「はい。承知しました。」
「いま捕縛した魔女二名を、ハンナ君とテオ君が取り調べている。落ち着いたら、そちらへ合流するぞ。」
……二名?
「それはもちろん。しかし、二名ですか?D区画の方も魔女二名と聞いてましたが……。」
「一名はミアが叩き潰した。……皆まで言わせるな。」
……あぁ。
俺もミアと出動した際、似たような場面に遭遇したことがあるが……あまりの凄惨な光景に調査部や警察隊からおびただしい数のクレームが来たことを思い出す。
……背後から義手が擦れる金属音がする。
「では、私はそろそろ向かう。アノン君とセリナ君はもう少しここに残っているか?」
「……はい。もう少しだけ。」
「そうか、分かった。落ち着いたら、君たちが捕縛した魔女への尋問を行うといい。何かあれば連絡してくれ。」
そう言い残し、リサさんは痛そうに腰を左手で押さえながらこの場を離れる。
……不規則な足音が、少しずつ遠のく。
「……。」
口を開こうとして、躊躇う。
セリナさんへ伝えたいことはたくさんあるが、どこから話し始めればいいのか分からずにいる。
きっと彼女も同じなのだろう。何かを言おうと身体を揺らし、また固まる様子が視界の端に映った。
「……すみませんでした。」
先に口を開いたのは、彼女のほうだった。
しかし何に対しての謝罪なのか判断することができず、当たり障りのないところから触れるようにする。
「……いえ。俺も加勢を優先して、対象の拘束を怠っていましたから。俺の方こそ危険な目に遭わせてしまい、すみません。」
「……なぜ、私を庇ったのです?」
……なぜ、か。どうしてだろうな。
合理的に考えれば、確かにあの場面で庇いに行く対魔官はいないだろう。
実際にマニュアルでも、あの場面では対魔弾による火薬射撃を推奨されている——特魔官の死傷を問わず。
「あの場面、自動火薬拳銃で対応するほどの猶予はありませんでし……いえ、違いますね。合理的かどうか以前に、俺は特魔官だけを危険に晒すあのマニュアルを、好きになれませんから。」
対魔官の武器は、全て対魔女用に加工を施されている。
それはある意味で当然のことなのかもしれないが……実際に現場を共にするのもまた——魔女である特魔官だという事実を、見て見ぬふりをするような運用が、俺は気に入らなかった。
「……非合理的、ですね。」
「そうなのかもしれませんね。ですが結果として、俺もセリナさんも軽傷で帰ってこられた。そういう意味で、俺はその非合理性も有用だと思っていますよ。」
そう言いながら彼女を見つめる。驚いた表情でこちらを見返すセリナさんを見て、見当外れなことを言ってしまったかと慌てて先ほどの発言を思い返す。
「……アノン対魔官は、そんな風に笑うのですね。」
想像もしていなかった返しに、一瞬理解が追いつかなかった。
何を言っているのかと彼女の方を再び見る——瞬間、心臓が大きく跳ねる。
そこには紅茶専門店でも見た、穏やかで静謐な表情を浮かべたセリナさんがこちらを見て微笑んでいる。
「……ありがとう、ございました。」
……静寂が静寂を飲み込み、彼女の言葉だけが頭の中で反響する。




