13話 同類
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
階段を上がると、二階にはいくつものテーブルが並んでおり、普段から使用されていることが窺えた。
見渡すと、銀色のカトラリーと装飾の描かれた白磁の小皿が用意されたテーブルが一つ、視界に映る。
小皿の上には一つずつ艶のあるチョコレートで覆われた小さなケーキが並んでおり、余計に断るのが億劫になる。
……一体、いくらになるんだ。
「本日のお代はアンベール様より既にいただいておりますので、ご安心ください。また、本日試飲する中でお気に召した茶葉がございましたら、少量ですがお二人の分もお包みするようお伝えいただいておりますので、遠慮なく仰ってください。」
心を読まれたような気分になる。
それと同時に、長官のあまりに用意周到すぎる根回しを、少し気持ち悪く感じる。
ご老人は一礼し、店の奥へと静かに下がる。
背後ではセリナさんが驚いた表情を浮かべながら固まっている。
「……えっと。どうしましょうね。もしあれならいまからでも俺がお断り——」
「——ザッハトルテ。」
「え?ざっは……何ですか?」
「ザッハトルテ。あのチョコレートケーキのことです。」
「え、あぁ。あのケーキ好きなんですか?」
「えぇ、まぁ。昔から。」
……意外だな。
あまり甘い物に興味を持つようには見えなかったため少し意外に思う。
しかし本当に彼女の好きなケーキが用意されたことが偶然なのか、疑問が大いに勝る。
ここまで来ると、彼女より長官の方がよっぽど怪しく思え始める。
「まだお座りになられていなかったのですか?紅茶も淹れ終わりましたので、どうぞお座りになってご賞味ください。」
見ると、ご老人が複数の小ぶりなティーポットとカップを載せたワゴンを押しながら、こちらへ戻ってくる。
促されるままに用意されたテーブルへと向かい、躊躇いながらも手前の席へ腰を掛ける。
セリナさんも静かに椅子を引き、奥の席へ腰を下ろす。
俺たちが着席するのを見届け、ご老人から紅茶の説明を受ける。
朝に飲みたいと言った俺には——アッサムとクオリティーシーズンのウバ。
夜に飲みたいと言った彼女には——キームンとダージリンのオータムナル。
その他の説明は、正直俺にはさっぱり分からなかった。
しかし彼女へ用意された茶葉は偶然長官の好みでもあると聞き、二人して顔を引き攣らせていた。
説明が終わると、ご老人は一礼しさらに上の階へと登って行った。
……静かに上がる階段の音が聞こえる。
「……ちょっと、一回リサさんに連絡入れてきますね。」
少し呼吸を整えようと立ち上がりながら通信端末を取り出すと、気づかない間に連絡が来ていた。
PM 14:16 メール通知 2件
受信時刻 PM 14:02
《長官から二人の外出の邪魔をするなと連絡があった。こっちはとっっっっっっっても忙しいが、気にせず心ゆくまで二人きりの時間を堪能してくるといい!》
《これを見て急いで帰ってきたら私の首が飛びかねんから、帰ってくるな!》
…………まじか……。
一向に席を立とうとしない俺を不思議そうに見つめる彼女を見返し、腹を括る。
「いや、リサさんから既にゆっくりしてこいって連絡来てました。……さ、さぁ、折角なのでいただいちゃいましょうか。」
……食器が当たる小気味良い音が響く。
「そのザッ……チョコレートケーキ、好きなんですね。」
「ザッハトルテです。まぁ、もちろん好きでもあるのですが、それ以上に懐かしいと言いますか。」
セリナさんは国の帰順制度を利用して国に登録した、と聞いているが……入口での発言といい、未登録魔女にそれほど裕福な暮らしができるとは考えづらく、どう返したものかと頭を抱える。
「失礼ですが、アノン対魔官のご両親は?」
立場上、彼女の経歴については確認する必要はあるのだが、いまは話題を変えてくれたことに少しだけ感謝した。
「俺の両親はどちらも小さい頃に他界してまして。母は難産で俺を産んでしばらくして、その数年後には父も病気で亡くなってしまったのですが……正直物心つく前の話で、よく覚えていないんですよね。」
「……すみません。」
「いえ!気にしないでください。俺も家族で唯一撮った写真を家に飾ってますが、懐かしい気持ちより、こんな人たちだったんだって新鮮な気持ちになるくらいですから。」
努めて明るく振る舞う。実際、父さんの顔は微かに覚えてはいるものの、母さんに関してはまるで記憶に残っていない。
しかし話を振ったセリナさんはどこか気まずそうに顔を少し伏せ、哀れみを帯びた表情を浮かべている。
やがて彼女はゆっくりと顔を上げ、こちらを真っ直ぐ見ながら口を開く。
「……私も、産みの親と育ての親が違うんです。」
…………絶対俺なんかよりも重いだろ……。
続く言葉に興味はありつつも、その先の展開を予想し耳を塞ぎたくもなる。
「産みの親の顔はもう忘れてしまいましたが、育ての親を母と呼び、大切に育てていただきました。……このザッハトルテも、私の誕生日には母が必ず用意してくださってました。」
「そう、だったんですね。」
これ以上は聞くべきではないと、淹れてもらったウバで口の中を湿らせながら話題を探す。
……お、これ美味しいな。
「最近は、職場にも少しずつ慣れ——」
「あなたは——魔女を殺したことが、あるのですか?」
……人の気も知らないで。
少し機嫌を悪くしながら、しかしそのことを悟られないように彼女の方へと視線を向ける。
口元から離したティーカップが、僅かに震えている。
「……ありますよ。あまり気分のいい話ではありませんが……薬物などで極度な興奮状態に陥った魔女には、魔工銃の効き目が極端に低くなりますから。魔工銃が効かない相手と対峙する場合、対魔官はナイフや火薬拳銃などを用いる他ありませんので、結果的には……。」
「……そうですか。」
そう言いながら彼女は手に持ったティーカップをソーサーへと戻す。
見間違いだろうか。ソーサーへとカップを戻した手は、既に震えが止まっていた。
やがて彼女がゆっくりとこちらを見つめる。
——瞬間、心臓が大きく跳ね上がる。
その表情はこれまで見たことがないほど、穏やかで静謐な色を浮かべている。
……まるで、水面に浮かぶ一筋の光を思い起こさせるかのように。
「では、あなたも私も……人殺しですね。」
……何を言って——
——プルルルルッ、プルルルルッ
突然、この空気を切り裂くように警報音が通信端末から鳴り響く。
緊急回線、発信元はリサさんから。
「アノン君。いま君たちがいるA区画にて、脅威度Cと推定される襲撃事件が発生。セリナ君と行けるか?」
彼女へ目配せすると、真っ直ぐこちらを見ながら軽く頷く。
「はい。問題ありません。」
「よし。座標情報は既に送った。現場へと急行せよ!」
通信を切るや否や、ジャケットの袖へと滑らせるように腕を通しながら席を立つ。
準備を終えると、振り返ることなくそのまま階段へと駆け出す。
……二つの足音が慌ただしく鳴り響く。
ご老人へと一言声を掛けようと店内を見渡すと、既に入り口の扉を開けて恭しく右手で外を指し示す。
「茶葉はアンベール様宛にお送りしておきます。またぜひ、お二人でいらして——」
最後まで聞けず申し訳ないと軽く会釈をしながら、飛び出すように店を後にする。




