12話 同行
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
「あ、次の曲がり角を左です。」
セリナさんの指示に従い、目の前に見えた曲がり角を曲がる。
彼女は情報端末を右手に持ち、どこか慣れた様子で道を指示する。
「すみません。本当にただの付き添いみたいになってしまって。」
「構いませんよ。特魔官の外出には対魔官の同行が義務付けられていますし。」
冷たい風が制服の襟元から入り込む。
……まだ少し肌寒いな。
彼女を嫌っているかと言われれば、それは間違いなく嘘になるだろう。
他の特魔官とも打ち解け始めている様子からしても、彼女なりに早く馴染めるよう努力していることは俺の目から見ても明白だった。
しかし苦手かと言われれば……申し訳ないが首を縦に振らざるを得ない。
考えてみれば——初日でいきなり人殺しと呼ぶ、目の前で対象の魔女を殺害、更に先日の塹壕跡での口振り——これではいくら美人でも好意的に接するのは難しいだろう。
だからこそ明確に敵意のない普段の様子を見て、ここ数日は頭を抱えて過ごす羽目になっているわけだが。
…………いっそ反抗勢力のお仲間でした、と言われた方が楽なんだがな……。
「おそらく長官から教えてもらったお店はここかと。……アノン対魔官?」
彼女に声をかけられて初めて目的地を通り過ぎていたことを認識する。
そんなことを考えていたと悟られないように、必死に笑顔を貼り付けて振り返る。
「あ、あぁ。すみません。少しぼーっとしていました。」
そんな言い訳をしながらセリナさんの言うお店の方向へと視線を上げる。
……これじゃない、よな?
近代的な雑居ビルに囲まれ、明らかに前時代的な木製の建物が一棟。
時代を感じさせながらも、その重厚な雰囲気が傍目にも高級専門店であることを示している。
看板すら立てず客寄せもしない様子に、入る前から篩に掛けられているように感じた。
「……写真では見てましたが、すごくご立派な建物ですね。」
「ドレスコードが必要とか、特に書かれてはいなかったんですよね?」
長官に会う前のリサさんのように、急に装いを気にし始める。
対魔機関の制服で来ているので追い出されることはないと信じたいが、一度不安を感じると次から次へと自分のいまの格好を気にし始めてしまう。
「特に書かれていなかったと思いますので大丈夫かと。アノン対魔官も装いに気を付けることがあるのですね。」
「いや、こんな高級そうなお店に行く機会なんてありませんからね……。セリナさんは、こういうところ平気なんですね。」
「えぇ。子供の頃は、こういった場所へよく行っていましたので——」
——一瞬、セリナさんの言葉が止まる。
遅れて左手が口元へと上がる。その目には驚愕の色が浮かんでいた。
……通りから聞こえる喧騒と、背後から車両が通る音。
すぐに追求しようと言葉が出かかったが、こんな白昼堂々聞ける話でもないと思い直す。
「……セリナさん、表でうろうろしてたらお店側も怪しむでしょうし、そろそろ中へと入りましょうか。」
「……そうですね。」
なんとか平静を保とうとセリナさんがゆっくり左手を口元から離す。
時折左腕の裾から見え隠れする義手の一部が、陽の光を反射し視界の端で白く瞬く。
……どうしたものか。
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ゆっくりと重厚な扉を開ける。
まるで脅威の確認を行うように、中には入らず扉の隙間越しに店内の様子を覗く。
……背中から深いため息が聞こえた気がする。
扉を半分ほど開け中の状況をおおよそ掴んでから、一歩足を踏み入れる。
周囲を見渡しながら恐る恐る二歩目、三歩目と続く。
やっとの思いで中に入ると、まるで御伽噺の中に迷い込んだかのような空想的な空間に息を飲む。
周囲の品物棚にはティーポットやティーカップなどが展示されるように置かれ、中段辺りには何かの茶菓子だろう、丁寧に包装された箱が積み上がっている。
正面奥にはなぜかカウンターが設置され、カウンターの奥には長官の執務室で見た物より何倍も大きな缶が壁一面に並ぶ。
左手には上階へと続く螺旋階段がある。どうやら本当にこの一棟全てがこのお店らしい。
……誰もいないな。
他の客はおろか店員すら誰一人として見当たらず、少し不安になりながら周囲を見渡す。
「塹壕を進む方が早かったんじゃないですか?」
不意に後ろから声をかけられ、少し心臓が跳ね上がる。
振り向くとセリナさんが両腕を組みながら、同じように店内を見渡している。
「それにしても、すごいですね。まるで別の時代に迷い込んだ感じがします。」
そう言いながら、セリナさんが一つのティーポットへと顔を近づける。
光沢のある白磁を基調としながらも、蓋の縁を囲うように金と青の装飾が描かれ、どこか異国の地を思わせるようなデザインは遠目から見てもお洒落に思えた。
……ティーポットに興味でもあるのか?
セリナさんが見ている商品に近づくと、急に彼女が顔を離す。
不思議に思いながら俺は彼女が見ていた商品に顔を近づける。
ポットの取っ手に小さく値札が掛けられており、そこには俺の初任給と同じくらいの金額が記載されていた。
……場違いすぎるだろ。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり、ご覧になってください。」
声の方向へと顔を向けると、階段から白い髭を蓄えたご老人が一人降りてくる。
仕立ての良い燕尾服に身を包み、その姿はどこか前時代的な貴族の執事長を思わせる。店の外観とも相まって、より一層気が引き締まった。
そのまま階段を降り、階段横からこちらをじっと見つめる。
しかしじっと見られているはずなのに、不思議と監視されているような不快感をまるで感じない。
……これも接客技術なのだろうか。
「失礼ですが……もしやアンベール様からのお言い付けで本日はお越しいただきましたでしょうか?」
「あ、はい。クロード長官から言われまして今日はここに——」
「お待ちしておりました。先ほどアンベール様より、対魔機関のお二方がそろそろお見えになるとご連絡いただいておりましたので。」
……先ほど?
リサさんが長官へ伝えたのだろうか。何か知ってるかと思い、セリナさんへ視線を向ける。
彼女も不思議そうにこちらを見つめ返していた。
少し視線を落とすと、彼女の左袖から金属製の義手が覗いている。
……まさか義手の位置追跡装置、じゃないよな?
「本日はお二人のお好きな種類を選んでいただくよう言い伝えられております。茶葉を選ぶ際には微力ながらお力添えさせていただければと思いますので、よろしければカウンターの方へお越しください。」
そう言うと軽く一礼し、流れるような所作で奥へと歩いて行く。
……俺が選ぶのか?
全く紅茶のことを知らない俺に選べるものかと、不安に思いながらご老人の後に二人で続く。
カウンターへと近づくと、遠くからは見えていなかった壁際まで缶が整然と並んでいる様子が視界に入る。
これが全て茶葉なのかと疑いたくなるほどの種類に、不安は募る一方だ。
「さて、お二人はどのような気分の時に紅茶を嗜みたいとお思いになりますでしょうか?」
「……どのような気分の時、ですか?」
「はい。飲み方に正解はございませんが、私共はお客様の気分に合わせ紅茶をお出しできるよう努めております。夜にリラックスしたい気分の時、朝仕事に向き合いたい気分の時、お昼に一度気分を切り替えたい時など——その時々に合わせ、我々はお出しする紅茶を選んでおります。」
想像もしていなかった方向からのアプローチに、思わず言葉が詰まる。
それと同時に、ご老人の説明で僅かに紅茶への興味が芽生えた。
「……そうですね。俺は静かに過ごす朝の時間が好きなので、朝に一息つけるものはありますか?」
「もちろんございます。お嬢様は、何かございますか?」
続く言葉が聞こえず、セリナさんの方へと振り向く。
よほど悩ましかったのか、目を伏せ右手を小さく顎の辺りに持ち上げている。
やがてゆっくりと目を開き、ご老人を真っ直ぐ見つめ言葉を続ける。
「——夜、眠れない時に飲みやすい物を。」
……古い振り子時計の音が、どこかから聞こえる。
「畏まりました。アンベール様からはご試飲も兼ね、上でお寛ぎになるよう言い伝えられておりますので……どうぞこちらへ。」
そう言い残し、ご老人はカウンターを出て階段へと向かう。
……おいおい、嘘だろ。
振り向くと、セリナさんも大きく目を見開いてこちらを見ている。
さすがに断ろうと勢いよく視線を戻すと、既にご老人は階段を上がり膝下までしか見えなくなっていた。
仕方なくご老人の後へと続き、真鍮を思わせる色合いの階段を上がる。
……二つの異なる足音が、交差するように響き渡る。




