11話 夢想
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
AM 7:36
「おはようございます。」
真っ暗な対策部へと出勤し、電気を点ける。
昨日もまた遅くまで作業をしていたのだろう。ハンナさんが業務用端末の電源を入れたまま机に突っ伏し眠っている。
周囲に並ぶ栄養ドリンクも、今日は両手で数えられる程度に収まっており、一度片付けたことが窺える。
しかし目に入る『目がトビッ!』という毒々しい文字を見て、栄養ドリンクの一日の摂取量を調べてみようと思った。
自分のデスクへと座り、業務用端末の電源を入れる。
立ち上がるのを待たずして席を立ち、そのままコーヒーマシンの前に——
……グラスがない。
昨日一日の行動を思い返しながら、近くに置かれた紙コップをセットしエスプレッソを抽出する。
リサさんとの会議で持ち出した後、どこへ置いたか思い出そうとしていると、抽出音が鳴り止む。
息を吹きかけながらその場で喉へ流し込み、そのままもう一度抽出する。
抽出音だけが響くこの静かな朝の時間が、心安らぐ一日の数少ない瞬間になりつつある。
いや、嵐の前の静けさと言う方が正しいのかもしれないが……それでも気楽に過ごせるこの時間が、なんとなく好きだった。
二杯分のエスプレッソを抽出し終え、自分のデスクへと戻る。
デスクの端に、見覚えのあるグラスと底面へ挟むように置かれたメモが置いてあることに気づく。
……俺も疲れているのか。
《会議室に置いてあったそうです。受け取りましたので置いておきます。》
綺麗に整えられた文字を見て、差出人であろう隣の簡易デスクへと視線を落とす。
入ってまだ数日しか経っていないというのに、既に業務用端末の周辺には魔女取締法辞典や業務書類が整然と置かれている。
比較するようにミアのデスクへと目を移すと、書類入れのカゴに積み重なったパンの山が目に入る。奥のテオのデスクはもはや業務デスクの様相すら保っておらず、工房の作業台と化している。
その圧倒的な差については何も考えないように努めながら、業務用端末へと向き合う。
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「さて、先日の塹壕跡の調査結果が出たそうだ。ハンナ君、出せるか?」
対策部の全員が会議室に集められる。
ホワイトボードが置かれていた場所にはスクリーンが設置されており、近くではハンナさんが例のドリンクを片手にプロジェクターの準備をしている。
スクリーンの横にはリサさんが腰に手を当てながら立ち、ハンナさんの準備が終わるのを待つ。
ミアは大きな欠伸をしながら興味なさげにどこかを見つめ、テオは持ち込んだ何かの資料を必死に見つめながらぶつぶつと呟いている。
……おい、それ魔工図面だろ。
しばらく映像が映らずにいると、隣から乾いた金属音が小さく鳴る。
振り向くとセリナさんが両腕を組み、スクリーンの方へと顔を向けていた。
あの一件以来、セリナさんは特に変わった様子もなく業務へと励んでくれている。
むしろ既に俺の資料作成を補助したり、テオの報告書の指摘をしたりなど、優秀な手腕を遺憾なく発揮してくれている。
その様子からも、彼女なりにこの対策部での仕事へ積極的に関わろうとしてくれていることが感じられる。
そんな彼女の様子を見て少しずつ信用しそうになるが、先日の一件が気になり今日まで一定の距離を保ってしまっていた。
彼女がこちらに気付き、目が合う。
あまりに唐突だったため少し驚き、なるべく自然に視線を外そうと軽く伸びをしながらスクリーンへとゆっくり視線を戻す。
背中から不思議そうにこちらを見つめられている気がして、居心地が悪くなる。
「ん。お待たせ。準備できたよん。」
ハンナさんの言葉を合図に、スクリーンへ映像が投写される。
そこには先日三人で調査を行った塹壕跡が鮮明に映し出されていた。
「よし、では始めるとしよう。先日私とアノン対魔官、そしてセリナ特魔官の三人で簡単な調査を行ったが、その後の調査でいくつか判明したことがある。ハンナ君。」
「ん。アノン君たちの他に、四人分の靴跡を発見。おそらく作戦メモがこっちに渡ったと判断し、すぐ撤収したと推測。」
「向こうもバカではなさそうだが、少なくとも四人の碌でもない奴らがここを利用していたことは確かだろう。まともな奴なら、あんな場所に出入りしたりはしないだろうからな。そいつらが何を企んでいるのか、その目的についてはこれから調べる必要がある。」
「それに、逆算できた魔力反応からも、魔女が関与している、と推測する。」
……厄介だな。
「未登録魔女が徒党を組んで蜂起、なんてことが起こったら国の一大事だ。これより、本事案を対策部最優先事項として調査に当たってもらう。各員、通常業務は最低限に留め、本事案への対応を優先してくれ。以上。質問は?」
あまりに聞きたいことが多すぎ、何から聞こうかと考えながら手を上げる。
「アノン対魔官。どうした?」
「他に調査で判明したことはないのでしょうか。さすがにこれだけってことはないと思いますが。」
「気持ちは分かるが、残念ながら無い。調査部も崩落の可能性を考え、あまり長時間調べることはできなかったらしいからな。現在、塹壕跡への他の入り口がないか調査してもらっているところだ。」
「なるほど。他に目ぼしい資料も見つからなかった、という認識で大丈夫でしょうか?」
「ん。一応上がってきた資料画像、出すよ。」
そう言いハンナさんが簡易端末へ何かを打ち込むと、スクリーンに回収品の画像が映り込んだ。
酷く汚損した書籍、何かが滲んだ跡の残る虫食い状態の紙、被覆が所々破れて中の銅線が剥き出しになった二本の配線……
一定の間隔で次々に回収品が映し出されるが、どれも数日前まで使われていたとはとても思えないほど年季が入っている。
途中、三人で見つけた額縁に入った絵画が表示され少しスライドを止めてもらう。
……これもかなり傷んでいるな。
塹壕内で見つけた時はライト越しだったこともあり、他の物よりも状態が良いように思っていたが、改めて見ると他の回収品同様かなり状態が悪かった。
しかし塹壕で見た時と変わらず、女性が男性に体を預け、手を握っている。
そして女性の左腕は——義手もはめられていない。
……背後から、金属が軋む音が聞こえる。
「この絵に関しては、既に調査部からも特に本事案への関係性は認められないと報告が上がっている。まぁ、身体的な欠損部があるからって、当時の魔女を模写したとも言えんからな。それに、もし魔女であったとしても大方、魔女に恋でもした夢想家による作品か何かだろう。」
「……その作者について、何か分かっていることはあるのでしょうか?」
「お、アノン君。この絵が気になるのか?それなら調査部に君のアクセス権を申請しておくから、後ほど自分の端末からも確認してみるといい。」
……いや、そこまでしなくてもいいが。
そこまで言っておいてもらって断るのも気が引けたため、そのままお願いしておく。
「他に質問は?無ければこのまま会議は終了する。それでは解散!」
「終わった〜!」といの一番にミアが会議室を後にする。
ミアに続き、きっと何も聞いていなかったであろうテオが未だ図面と睨み合いながら部屋を後にする。
ハンナさんとリサさんは、プロジェクターやスクリーンの片付けを手際よく進めている。
俺もそろそろ戻るかと椅子を引き部屋を後にしようとすると、スクリーンを片付けながらリサさんが声をかける。
「そういえば君たち、まだ長官の茶葉を買いに行けてないだろう。今日この後にでも行ってきたらどうだ?」
……完全に忘れてた。
乾いた口に、唾を流し込む。
……背後で鳴った小さな金属音が、スクリーンを片付ける音に飲まれる。




