6話 強引な女
握手を交わした二人の表情が柔らかくなったのを見て、橘はようやく肩の力を抜いた。
ホッとしたのも束の間、莉子が今度は橘に矢印を向ける。
「橘さん、色々と聞かせて欲しいんだけど、今後の予定は? 具体的なイメージはあるの? メンバーはまだ二人みたいだけど、他に何人集めるの? 雇用関係ってどうなるの? 資金はあるの? 私は歌もダンスも素人だけど、サポート体制はできてるの?」
莉子は矢継ぎ早に問いただす。
葵に対するものとは違い、遠慮がなく、質問というよりも尋問だ。
見切り発車と言わざるを得ない計画であり、明確なビジョンなどない。加賀に課されたメンバー集めに奔走していたこともあり、考えはまるで整理されていなかった。
橘の手のひらに汗がにじむ。
「ちょっと待て。一つずつ答えるから」
「じゃあまず、今後の予定とイメージ」
「まずは地下ライブで経験を積んで、実力をつけていってもらう。それと並行して、SNSで知名度を上げていく。動画サイトでアカウントも作るつもりだ。動画編集は経験もあるし、そこは任せてくれ」
「メンバーは? 何人集めるつもり?」
「五人は欲しいと思ってる。でも活動開始を早めたいから、もう一人揃い次第動き始めたい。あと三日以内に見つけてくるから、それからが本格始動だと思って欲しい」
「むちゃくちゃなスカウトしてるけど、ホントに見つかるの? 普通あんなの乗らないよ」
「見つけてくるから安心しろ」
「ふーん、まあがんばって。さっきも聞いたけど、給料とかないんだよね? 活動費は自腹?」
「今は出せない。ただ、活動費は俺が負担する。収益が出たら還元する。契約書も作る」
「雇用契約?」
「そこまでは考えてない。辞める自由も残す。縛るためじゃなく、俺が約束を守るためのものだと思って欲しい」
「収益の基準とか分配率は?」
「……そこまで詰めてない」
「ちゃんと作ってね」
「……寝ずにがんばります」
「最後に、一番大事なこと。私も葵も、多分これからスカウトして来る子も、経験者じゃないよね。ダンスとか歌とか、教えられる人は用意できるの?」
「……加賀さんと共同して動いているって言っただろ。だからそのあたりは大丈夫」
橘はなるべく嘘のないように答えた。
慎重に言葉を選び、真実だけを拾い上げるように心がけた。
口にした瞬間、自分でも分かった。
――大丈夫なわけじゃない。
加賀は何も保証していない。
“大丈夫”――その言葉は真実ではなく、橘自身の祈りに過ぎなかった。
「本当だよね?」
莉子の視線が、静かに橘を射抜く。
見透かすような瞳に、思わず目を背けたくなった。
「ああ」
******
会話が一巡した頃、三人のグラスは空になっていた。
橘の肯定をどう感じたのかはわからないが、莉子がそれ以上追及することはなかった。納得したのかどうかは定かではないが、今直ぐに投げ出すほどではないようで、ひとまず肩の荷が下りる。
一方、葵からは何も質問がなかった。
納得したのか、それともまだ理解が追いついていないのか。
――まあ、今はいい。
離脱しない。それだけで橘には十分だった。
苦労して掴まえたメンバーが離れていかないことに一安心しつつも、現実的な問題を再認識した。問題は山積みだった。
「葵は今日バイト?」
ひとしきりの質問を終えてから間もなく、莉子が葵に問いかける。
――よく喋る女だなこいつは。
そう思った橘だが、余計なことは言わずに慎んだ。
「いえ、今日はもう終わりました」
「そっか、お疲れ様。このあとなんか予定ある?」
「特にないです」
葵の返答に目をキラリと光らせる莉子。
「じゃあ決まりね。よし、美容院行こ!」
言うが早いか、葵の手を引き即座に立ち上がる莉子。
その表情は、悪だくみする子どものように無邪気な笑顔。
反対に、葵は突然の誘いに困惑する。
「え? 今からですか?」
「そう。私このあと美容院予約してたんだけど、その枠あげる。代わりに切ってもらお」
「え、でもそんなの悪いですよ。莉子さんがせっかく予約してたの――」
莉子は、遠慮する葵のほっぺたを指で挟み、物理的に口を塞いだ。
「でもじゃない。アイドル目指すんでしょ。そんなボサボサな髪じゃダメ。綺麗にしないと。女の子はおしゃれすることで元気になる生き物なの。その楽しさを知らないなんてもったいない。私が教えてあげる。わかった?」
強引で独善的な主張。
「ふぁい。しゅみましぇん」
葵は頬を押さえられたまま、声にならない声を上げる。
「社長、これは活動費?」
莉子は立ったまま、ニヤリとした不敵な笑みで橘を見下ろす。
――こいつは本当に。
橘の表情も自然とほころんでいた。
「ああ。もちろん」




