4話 スターの原石
――ようやく二人目か。
家に戻った橘は、ソファに腰を落としてから大きく息を吐いた。
達成感よりも強いのは安堵。
胸の奥では、焦りの針がチクタクと動いている。
加賀の言う期限まで、残り三日。
グループと呼ぶには最低でも三人――つまり、あと一人は要る。
当初はどのような人物を引き入れるかを考えていたが、だんだんとその余裕がなくなってきた。“誰を”よりも“どうやって”が先行する。
実際にスカウトを始めてみて、その難しさを肌で知った。何者でもない橘についてくる人間は少ない。
莉子をスカウトするために、結局は加賀の名前を切った。
加賀がどこまで協力してくれるかはわからない以上、軽弾みに使うのはリスクだ。
なるべく加賀の名前は使わずに、その上で参加を決意させる。つまり自分とその計画に魅力を感じさせなければならい。それがいかに難しいかは、この四日間で嫌というほど味合わされた。
スカウトのことだけでもいっぱいいっぱいなのに、もう一つ頭の痛い問題があった。
莉子に、他のメンバーに会わせろと言われたことだ。
ただでさえ時間が少ない中、そこに時間を割く余裕はない。だが自分以外のメンバーを見ておきたいというのは当然の心理であり、断る理由を見つけられなかった。
行動力の早い莉子は、翌日のアポを希望した。
メンバーの予定を理由に拒もうとする橘に対し、莉子はその場で電話をするよう指示。強引にアポをとらされ、翌日に三人で会うことが決定した。
莉子の行動力は、今後の活動では武器になるかもしれない。ただ、今の橘にとっては、予定を一つ増やされただけだった。
******
翌日。
駅前の広場は通行人のざわめきが微かに響いている。待ち合わせ場所に真っ先に到着したのは橘。
橘は予定時刻より早くに家を出て、少しの時間もスカウトに費やした。
それでも、三人目は見つからなかった。二人に会う前から気持ちが沈む。
今も刻々《こくこく》と期限が迫っていることを思うと、とにかく頭が痛かった。
「すみません。お待たせしました」
待ち合わせ時間の少し前にやって来たのは葵だった。
薄手のカーディガンに長袖シャツ、スリムジーンズ。髪は結ばず、そのまま垂らしている。化粧っ気もない。人混みの中にいても、すぐに見失ってしまいそうなほど静かな存在だ。
遠慮がちに橘の前に姿を現した葵は、落ち着きなく視線が泳いでいる。
あの日以降も連絡は続けていたが、葵からすれば得体の知れない大人だ。自然体で振る舞えと言うほうが無茶な話だ。
「お疲れ。今日は急にごめんな。来てくれてありがとう。仕事は休み?」
「あ、いえ。全然です。今日はもう大丈夫です」
「そっか。お疲れ様」
『あんまり無理すんなよ』
そんな声をかけそうになったが、それが無責任な発言であることはわかっており、橘は言葉をのんだ。
「あのあとブロックされてたらどうしようかって不安で眠れなかったよ」
「そんなことしないですよ」
「でも、家帰って一回冷静にならなかった? なんかヤバイ奴に声をかけられた、って」
「え、いや、そんなことは、ないです」
「一瞬言葉に詰まってるし、目線が泳いでるし、絶対思っただろ」
「いやホントにそんなことないですって!」
「少しも怪しいって思わなかった?」
「……はい」
「間があったな。本当は?」
「……ほんのちょっとだけ」
「やっぱそうじゃん!」
「いやでも違うんです! 橘さんを怪しいって思ったわけじゃなくて、こんな私がスカウトされることが夢みたいで」
「マジかよ。俺の見る目がないってこと?」
「それは……わかんないですけど、でも、ホントに嬉しかったです」
葵は相変わらず、何を聞いても真正面から答える。
面白みはないが、真面目な性格だ。
「ちょっとそこ! 駅前でパパ活はやめてもらっていいですかー?」
二人のやりとりに、強い口調が割り込んできた。
声の先に視線を合わせると、そこには派手な女が立っていた。
「誰がパパ活だ」
最後に莉子が現れた。
薄手のベージュのトレンチコートを肩に羽織り、細身のデニムにブーツ。髪は華やかに巻かれ、サングラスとブランド物のバッグを携えている。
遅れたことを詫びる様子は微塵もない。むしろ、来てやったわ、とでも言わんばかりの堂々とした態度だ。
――芸能人かこいつは。
自信満々の登場に、内心でツッコミを入れるが、口に出すのは控えた。そんなことを言えば何を言い返されるかわかったものではない。
橘は横目で、チラリと葵の様子を覗く。
案の定と言うべきか、現れた派手な女性に面食らった表情だった。
「遅いぞ」
「はあ? 十分ぐらいでグチグチ言うわけ?」
「電車で考えたらクレームもんだろ」
「私で考えたら早い方だから。で、言ってたスターの原石はどこ?」
サングラスを外し、キョロキョロと周囲を見回す莉子。
目の前にいるわけだが、その視線が定まることはない。
「ここにいるよ」
「だからどこ?」
「だからここ」
二度の促しで、ようやく視線が一点に定まる。
「は、はじめまして。一ノ瀬葵と申します」
おずおずと気まずそうに頭を下げる葵。
それを見て固まる莉子。
「マジ……?」
莉子は言葉を失ったまま、じっと葵を見つめた。
赤い唇が動きかけては、また止まる。
その沈黙に、橘は背中に冷や汗が伝うのを感じていた。




