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五人の少女を騙して地下アイドルを始めた  作者: 田中
一章 何者かになるために
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2話 夜の蝶

 夜の街は、昼とはまるで別の顔を見せる。


 ネオンが滲み、ガラス越しの光がアスファルトを艶《あで》やかに照らす。酒の匂い、香水の残り香、酔った笑い声。


 橘はその雑多な空気の中を、スーツの襟を立てながら歩いていた。


 この日もスカウトは空振り続きだった。

 一ノ瀬葵を見つけた翌日も街を歩き回ったが、二人目はなかなか見つからない。


 連日街中を歩き回り、革靴はすっかりとくたびれていた。


 話すら聞いてもらえぬ現状を受けて、橘は考え方を変えた。会話が成立しないなら、会話が成り立つ相手をスカウトすればいいという結論に至った。会話さえ成り立てば、自分なら引き込めるという自信があった。


 だから今から試みる無茶も、橘の中では見込みのある行動だった。


 橘はある建物に訪れた。


 綺麗なスーツで身を包んだ男に愛想良く出迎えられながら、目的地へと入店する。


 ガラスのドアが開いた瞬間、甘い香水と笑い声が五感をくすぐる。天井から降りるきらびやかな光は、その場にいる者を鮮やかに演出している。


「お客様、ご来店誠にありがとうございます。ご指名の者はいらっしゃいますでしょうか?」


「特にないんですけど、この店で一番可愛い子と飲めたら、最高に嬉しくてシャンパン空けちゃうと思います」


「左様でございますか。それでは当店自慢のキャストをうかがわせますので、お席にどうぞ」


 橘がやって来たのはキャバクラだった。


 夜の街で働く女なら、少なくとも、自分を売ることには慣れている。アイドルだって、自分自身を商品にする仕事だ。

なら何か使えるものがあるかもしれない。そう思って足を運んだ。


「こんにちはー! はじめまして! マリカって言いまーす!」


 案内された席で待っていると、カツカツとヒールが床を打つ音とともに女性が現れた。血のように鮮やかな赤いハイヒールが、薄暗い店内でひときわ目を引いた。


 ブリーチのかかったセミロングの髪。真っ赤な口紅。長いまつ毛。ボディラインを強調したタイトなワンピース。甘い香水の匂い。どれをとっても一ノ瀬葵と対照的であり、華やかな印象を受ける。


「名刺渡してもいいですか? はじめまして、で良かったですよね?」


 人懐っこい笑みを携えたマリカは、慣れた調子で橘の横に腰をおろした。その声色は明るく、距離を感じさせないフランクなものだった。


「はじめましてだよ。こんな可愛い子忘れるわけない。でも忘れてるんだとしたら、こんな可愛い子と初めて会った感動を二回も味わえてるんだから最高だね」


「あはは! ええー! そんなことはじめまして言われましたー! お兄さんひょっとしてもう酔ってますか?」


「うん。だから水だけでいいや。安い客になっちゃうけどごめんね?」


「いえいえ、実は当店、名水を使ってるんでとくとご賞味あれ。で、何飲みますか? 水道水が一杯十万円なんですけどキープしますか?」


「えっと、知り合いに水道関係専門の弁護士がいるんだけど、相談してみてもいい?」


「あはは! どんだけニッチな弁護士なの。ウケる。相談しちゃダメ。だって営業停止になったらお兄さんと会えなくなっちゃうじゃないですか」


「確かに。法廷で会うのはまた今度にしよう。ハウスボトルでいいから、水割りちょうだい」


「了解しました! マリカが作るとどんなお酒でも極上の一杯になるって有名なんですよ!」


「え、マジで。一家に一台欲しいんだけど。家電量販店とかに売ってたりする?」


「あはは、今交渉中なんで、市場に出たら言うね」

 

「ってかホント可愛いね。何歳?」


「ピチピチのハタチでーす! でもお兄さんもそんなに変わらなくない? ってかお名前教えてください!」


「俺は橘。もう俺はアラサーのおっさんだよ。ってかおっぱいデッカイね。何カップ?」


「諸説あるんですけど、AからGの間らしいよ。ってかお兄さん初めて会った感じがしない。すごいテンポが合うというか、すごく楽しいです。楽しくて喉乾いちゃった。もっとお話したいんで一杯いただいてもいいですか?」


「おっぱい触らせてくれたらいいよ」


「ええー、責任とってくれる?」


「もちろん。とるとる」


「でもマリカお金のかかるタイプですよ? 毎日高級レストランで食事して、全身ブランド物でおしゃれして、外車に乗りたいタイプなんですけど、お嫁にもらってくれます?」


「ごめん、俺給料全額寄付するタイプだから無理」


「ええー、ひどい! 乙女心をもてあそんだー! 罰として一杯ごちそうしてください」


 人懐っこい笑顔と声色で、マリカは自然に懐《ふところ》に入り込んでくる。あざといボディタッチも絡めながら、男心をくすぐる。


 だが、橘は気づいていた。

 橘が席についた直後、マリカの視線は一瞬だけ彼の靴、時計、財布、スーツへと走っていた。


 マリカは品定めをしていた。

 いくら使いそうな客なのか。面倒な客なのか。それを一瞬で判断していた。


 彼女達は簡単に嫌な顔を見せたりしない。それでもちょっとした表情や仕草に苛立ちが透けることもある。だがマリカはそれをおくびにも出さなかった。


 ――こいつは使える。


 そんな予兆が、酔いの代わりに胸を熱くした。


 どういう人材が必要なのか。スカウトを開始してから、そのことばかりを考えてきた。

  

 ルックスやパフォーマンス能力があれば話は早いが、それを集められる資金も信用もない。正攻法がとれない以上、違う武器を探すしかなかった。


 考える中で、必要な人材が浮かんだ。

 それはコミュニケーション能力の高い人間だ。


 地下ライブから始めるとして、その現場は、一般のライブよりもファンとの距離は近いだろう。客との距離が近いということは、そこで客を掴むチャンスがあるということだ。そこで客を楽しませられれば、求心力を上げられると踏んでいた。

 

 あくまでも素人の橘が考えたアイデア。橘は地下ライブの実情すら知らない。それでも、そのアイデアが間違っていないと思っていた。


 立ち返って、マリカを見る。


 何を言っても笑う。

 何を振っても返してくる。


 ――こいつだ。


 望んでいた人材に出会えたことで、胸が高鳴る。

 だが、それを顔に出すわけにはいかない。余裕を無くせば安く見積もられる。


 作ってもらった水割りを飲み、橘は気合を入れ直す。


 金もない。実績もない。事務所もない。あるのは口だけ。

 そして目の前にいる女は、その口の上手さを仕事にしている。相手は夜の蝶。安い誘いに乗るほど甘くはない。

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