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五人の少女を騙して地下アイドルを始めた  作者: 田中
一章 何者かになるために
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1話 アイドル探し

 三日後。


 ファーストフード店で、橘はコーヒーをすすりながらスマホを見つめていた。大きな欠伸《あくび》をしながらこする目の下には、くっきりとクマができている。


 この三日間、橘はSNSでひたすらダイレクトメッセージを送り続けた。


 最初こそは選《よ》り好みをしながら声をかけていたが、成果の出ないことに嫌気がさし、手当たり次第にスカウトを行うようになっていた。しかし下手な鉄砲が当たることはなく、三日間のスカウトは徒労に終わった。


 ――このままでは計画が破綻する。


 成果の挙げられない現状に、橘は危機感を覚えていた。

 加賀の楽曲を計画の柱に動き始めたが、現時点では真っさらな状態だ。資金も社会的信用もない。金のないフリーターが夢を見ているに過ぎない。話を聞く人間がいても、橘の素性を伝えると皆去って行った。手応えがあったならまだ気力も保てるが、惜敗ではなく惨敗の戦績だった。


 欺くことも考えたが、欺こうにも材料がなかった。経歴を騙《かた》ったところで、それを裏付ける資金がない。説得力を出せないことから、その作戦は引き下げざるを得なかった。


 ――このままじゃ駄目だ。足で稼ぐしかない。


 スマホとのにらめっこをやめた橘は、覚悟を決めて店を出た。


「すみません、ちょっとお時間いいですか?」

「君なら売れるよ! 俺と世界を獲ろう!」

「すみません。道教えてもらっていいですか? 夢への道なんですど、一緒に行きませんか?」


 街に出た橘は、目ぼしい女性に片っ端から声をかけた。

 文字でのスカウトは諦め、対面でのスカウトに舵を切った。気持ちを生で伝える方が、自分には向いていると判断した。


 ただ、その結果はいずれにしても変わらなかった。


 見るからに胡散臭いスカウトに耳を貸す者はいない。

 声をかけどもかけども、誰も足を止めない。

 拒絶されるたびに心は摩耗《まもう》し、惨めな感情が胸にわく。

 

 徐々に疲弊していく橘とは対照的に、街ゆく人々は、ガヤガヤと賑やかに街の雰囲気を盛り立てている。笑顔で楽しそうな感情を抱えている。

 

 人混みの中、孤独な感覚に陥《おちい》る。

 まるで自分だけが取り残されているかのような、漠然とした不快感だった。


 ――くそ。見てろよ。いつか俺の顔を見て立ち止まらせてやる。


 そんな野心を胸に、橘は萎《な》えそうになる足を動かし続けた。


 気持ちが伴えば、行動が伴えば、それで結果が変わるなら簡単な話だ。だが現実はそう甘くはない。

 

 気付けば日は沈み、街はすっかり装いを変えていた。

 橘の思いとは裏腹に、成果のないまま時間だけが経過する。休む間もなく続けたが、それが実《みの》ることはなかった。足に疲労を蓄積するだけの時間だった。


 それでも、橘は行動を止めない。

 負けず嫌いというべきか、諦めが悪いというべきか。


「へい、彼女。俺と世界一のアイドル目指さない?」


「え?」


 橘の声に、一人の少女の足を止めた。


 考えなしに吐いた言葉だった。

 顔も見ないままの機械的な声かけだった。

 それが予期せず功を奏す。


 声をかけられた少女はゆっくり振り返る。

 

「私、ですか?」

   

 少女の声は小さく、不安げに揺れていた。 

 声からは警戒心が伝わってくる。


 ようやく足を止めてくれた。

 彼女にとっては反射に近い反応だったのかもしれないが、その事実は、橘にとって特別なものだった。救われたかのような感覚だった。


 ただ、一方で別の思いがわいた。


 ――違う。あなたじゃない。


 橘は内心でそう呟いた。


 人数を集める必要があるとはいえ、誰でもいいわけではない。ただでさえ無謀なアイドルプロジェクトだ。採用を疎《おろそ》かにすれば失敗することは明らかだ。


 セミロングの黒髪は無造作に目元を覆っており、顔の全容は見えない。ただ、髪の影が目元に落ちており、どこか暗い印象を受ける。服装も地味で飾りっ気がない。一見すれば、到底アイドルに相応しいとは思えない風貌だった。


 少女を引き入れるメリットが感じられなかった。


 とはいえ、立ち止まらせてしまったのは橘の勝手であり、少女を無下《むげ》に扱うことは気が引ける。


 橘はあえて軽薄に振る舞うことにした。


「そう! 宇宙一のアイドル! 君なら絶対なれるよ! 俺と一緒に夢を見よう!」


 軽薄な態度で、重みのない軽口を吐いた。


 相手をする価値のないことが一目でわかる。見限ってもらうことで、次のスカウトを続行できる。時間を浪費している余裕はない。そう考えてのことだった。


「や、やめてください。私なんか、そんなの無理です」

  

 しかし橘の思惑は外れた。


 少女は上ずった声で、慌てて否定した。

 両手を前に突き出し、手の平を左右に振りながら、橘の言葉に恐縮している。

 

 まさか言葉を額面通りに受け取られるとは思っていなかった。思いがけぬ反応に、橘の方こそ戸惑いそうになるが、感情は切り離して処理することにする。

 

「逸材だよ君はホント、マジで。将来のスターだね。こんな所で原石と出会うとは、お兄さんビックリ」


「い、いや、そんなことは本当にないです。私なんかホント……」


 少女は俯いたまま、小さく肩をすくめた。

 褒められ慣れていないのか、モジモジと恥ずかしそうに落ち着きがない。


 言葉一つに右往左往し、いちいち生真面目《きまじめ》にリアクションする。これではいたいけな少女をからかっているような構図だ。


 さっさと軽蔑してくれる方がよかった。

 商品的価値は感じないが、傷つけたくはない。

 居心地の悪さから、橘はこの無意味な会話を早く切り上げたかった。


「いやいや! マジで行けるって! 今日でスカウトされたの何件目? 君ならひっきりなしでしょ?」


「本当にそんなことないですって。やめてください。私なんて……。無理です。からかってるんですか?」


「からかってる!? 俺が!? 俺は嘘をつけない男で有名なんだよ、実家では。エイプリルフールとか大嫌いだし」


「本気で言ってるんですか?」


「マジマジ。大マジ。嘘ついたら針千本用意してそれを丁寧に梱包して必要な場所に寄贈する」


「ふふっ。なんですかそれ」


「で、アイドルやる? やめとく? 強制はできないからね」


「……私には無理ですよ。私なんかじゃ、そんなのできっこないですから……」


 そっか。じゃあ仕方ないね。時間とらせてごめんね

 「――無理じゃない」


「え?」


 ――え?


 言うべき台詞《せりふ》と言った台詞《せりふ》が異なることに、誰よりも驚いたのは橘自身だった。


 無意味な会話に終止符を打てるはずだった。

 それなのに、橘はそれをしなかった。

 気付けば無意識に口をついていた。


 橘の言葉にお互いが困惑する異様な空気。

 次の言葉を探すが思いつかない。


 ――……ああ、そうか。

 

 会話の余白ができたことで、自分の感情が何なのか、答えが降りてきた。


 ――ムカついたんだな俺。


 『私なんかじゃ、私なんて、私には無理』

 その言葉が引っかかった。何が気に入らないのか、自分でも分からない。


 そして、これから何を言おうとしているのかも、自分には何故だかわからなかった。


「……はぁ」


 小さく息を吐いてから、橘は観念したかのように話し始める。


「俺さ、これからアイドルグループを作るんだ。まだメンバーは誰もいない。というか俺以外誰もいない。でも俺はやる。人から何を言われようが、笑われようが、俺は絶対成功させてやるって意気込んでる。無理だって思う?」


「……えっと、あの、すみません。わからないです。私そういうの詳しくなくて、あんまり無責任なこと言えないです。……でも、お兄さんなら何かしでかしそうな気はします」


「ははっ! 良いね! 嬉しいこと言ってくれるね。そう、俺は何かしでかすよ。だからさ、まあだからってわけじゃないんだけど、俺に協力してくれないかな? 一緒に何かをしでかそう」


「えっと……私、そんな……」


「一人でやるわけじゃない。俺がいる。銀河一のプロデューサーがいるんだから、宇宙一のアイドルだって夢じゃない。それとも、こんな怪しい男の誘いには乗れない?」


「い、いえ、そういうわけじゃなくて、こんな私に声をかけてもらったのは本当に嬉しいです。でも、実は、私が働いて、家のこと支えないといけなくて……。だから、すみません」


「売れたら家計を支えられるから、一石二鳥じゃん」


「でも、その……」


「俺は来て欲しい。嫌、かな?」


「その聞き方はちょっとズルい……かもです」


「はは、大人はズルいんだよ」


「……私でもなれますかね?」

 

「なれる。ってか、なれなくても俺がならせる。それが俺の仕事だ」  


 無責任で無根拠な台詞《せりふ》。

 それなのに、清々《すがすが》しいまでに橘は言い切った。


「……私でいいんですか?」


 時間をかけたあとに、少女が慎重に切り出した言葉は、不安気に揺れていた。吹けば飛ぶような弱々しい問いかけだった。


 それでも、髪の隙間から覗く目は、揺らぐことなくしっかりと橘を捉えていた。 


 その目を見て、橘の腹は決まった。


「君が良い。俺には君が必要だ。力を貸してほしい」


 橘はそう言って、手を差し出す。

 何故だがわからないが、不思議と迷いはなかった。


「……はい。一ノ瀬葵《いちのせあおい》と言います。よろしくお願いします」


 一ノ瀬葵は、差し出された手を握り返してくれた。


 その時、風が吹き抜け、少女の前髪が持ち上がる。

 街灯の光が瞳を照らす。暗い印象だった彼女の顔立ちがはっきりと浮かび上がる。


 ぎこちない笑顔だったが、今の橘にとっては鮮やかに見えた。


 自身の選択が正しかったのかどうかはわからない。

 だが、もう後には引けない。そもそも一週間しかないのだ。立ち止まり後悔している暇はない。


 こうして、橘は最初のメンバーを手に入れた。

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