1話 おむらいす
細い一本の糸に委ねた計画だった。
それでも、これで人生を変えられる、そう思っていた。
だがその糸は容易く切れた。
それでも橘は諦められなかった。
橘はあらためて計画を練り直す。
加賀の名前と曲は使えない。それさえあればどうにでもなると思っていたが、今手元にあるカードは素人三人。大手と同じ土俵に立てば、質でも財力でも勝てない。正攻法で争っても勝ち目がない。
だから考える。どうすれば注目が集まるのか、どうやって行動するべきかを。
頭数を揃えれば一人ぐらいはどこかに引っかかるかもしれない。大所帯でやればその分裾野は広がる。だが人を集められる看板も、人員を維持する資金もない。
ないものを数えても仕方がない。あるもので勝負するしかない。
手始めに、橘は活動資金として、消費者金融で五十万円を借りた。貯金はいくらもなく、吹けば飛ぶ心もとない金額だが、これが今の橘に用意できるギリギリのラインだった。
これをどう回していくかに懸かっている。
グループのコンセプトや売り出し方も大事なことだが、今優先すべきことは曲だ。
活動するためには必要不可欠であり、先延ばしにすればメンバーの熱量が維持できない。わかりやすい課題を提示し、熱中させなければならない。
何を置いても、曲を早急に準備しなくては。
加賀が利用できなくなった今、他のところから引っ張ってこなければならない。しかし資金力はない。安く買える無名のクリエイターを探すしかない。
加賀の看板を背にメンバーを集め、実際に顔合わせまでした。きっと誰もが加賀の協力を信じているだろう。名前を餌にスカウトしたのは莉子だけだが、他のメンバーも少なからず加賀との繋がりに希望を見出したことだ。それが虚像だとバレれば、信頼関係は崩壊する。だから今さら加賀の名前を引き下げるわけにはいかない。
だから加賀の名前は借りる。
用意した曲を、加賀のものだと錯覚させてでもグループを維持する。そういった意味では、中途半端に知名度があるよりも、全くの無名の方が都合がいい。誰にも知られていない曲なら、加賀の曲ではないと気づかれる可能性も低い。
この計画は泥舟だ。
些細なことで綻び、沈む。
続けると決めた以上、手段を選んでいられなかった。
加賀に拒絶されてからの数日間、橘はネットの海を潜った。
クリエイター自体は腐るほどいたが、条件に合う人材は見つからない。それなりの曲を作れる人物となると名が売れている。逆に名が売れていないとなると作品のクオリティが担保できない。ただでさえ寄せ集めのメンバーなのだから、曲の質まで下げれば売れるはずがない。それに、加賀の名前を騙るのだ。稚拙すぎれば露見してしまう。
矛盾を抱えながら、昼夜を問わずに探し続けたが、都合のいい人材はなかなか見つからない。
橘の成果は、肩こりと眼精疲労だけだった。
「疲れた……」
スマホとにらめっこをしながら、思わず独り言が漏れる。
勢いで始めたアイドルプロジェクト。加賀という人参を動力にメンバー集めに奔走した。苦労の末にメンバーを揃え、ご馳走がいただけると思ったが、梯子を外された。
それでも、今もこうして走り続けているが、疲労はピークを迎えていた。
かすむ目、重い体、回らない頭、慢性的な睡魔。正常な判断ができなくなりつつあった。
クリエイターを探す。その人物があげている楽曲を聞く。適当そうなら値段交渉をする。拒まれれば次のクリエイターを探す。その人物が――。この繰り返し。まるで賽の河原だ。
――そもそもの話だけど、なにを基準に選べばいいんだよ。
橘はメンバーを素人と評したが、他ならぬ自分自身もそうだった。審美眼があるわけでも、音楽的センスがあるわけでもない。聞いたところで良し悪しの判断などつかない。主観に依存した杜撰な目利きだった。
疲労が蓄積していくことで、目利き能力はさらに低下していく。目ぼしい人材、というよりも、交渉可能な人材、に下方修正されていく。
「お」
橘のスワイプする指が、あるアカウントを目にしたことで止まった。 『おむらいす』という名前のクリエイターだった。投稿を見る限り、個人で細々と曲をあげているようだった。フォロワー数は三桁で、世間的な認知度は低い。
何故このアカウントが目についたのか。
直感や嗅覚でもなんでもない。理由はアイコン画像がオムライスだったから。空腹の状態で見たものだから、食欲に誘われつい立ち寄っただけだった。
――バカか俺は。昼メシ探してるじゃないんだぞ。
すぐにわき出る自己嫌悪。
いわば息抜きの寄り道だったが、何の気なしに曲を再生してみる。
「……へぇ」
小さく声が出た。
その曲はテンポのいいポップスだった。明るい曲調で、小気味よいリズムで流れるメロディ。それに合わせてボーカロイドが歌う。歌詞はやや甘ったるい内容だが、不思議と疲れきった頭にもすんなりと入ってくる。良いのか悪いのかはわからない。でも妙に耳に残った。
――どうせ良し悪しはわからない。なら直感に従おう。
なんとなく、その直感を信じることにした。
考えるが早いか、橘は直ぐに『おむらいす』への連絡を送る。先の失敗を踏まえて値段交渉はせず、あなたの曲に惹かれたこと、自分がアイドルプロデューサーでぜひ話が聞きたいこと、それを文章に書き連ねた。恋文のように熱烈なメッセージを送った。
程なくして返信が届く。
その中身を見て橘の口角が上がる。
『はじめまして! 嬉しい言葉を言っていただきありがとうございます! アイドルプロデューサー!? すごいですね! ぜひ直接お会いしてお話を聞いてみたいです!』
――会いさえすれば。




