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五人の少女を騙して地下アイドルを始めた  作者: 田中
一章 何者かになるために
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12話 本当の始まり

「今日はお時間をとってもらってありがとうございました。加賀さんって普通に優しいとこあるんですね。思ったよりメンバーと楽しそうで良かったです」


「お前以外には優しくできるさ」


「手厳しい。まあそれはいいとして、どうですか加賀さん。俺が集めたメンバーは。今はまだ原石って感じですけど、磨けば光ると思うんですよね。加賀さんの曲と、俺のプロデュース力で絶対成功させます」


「なあ橘、お前は売れると思うか?」


「え? そりゃあもちろん。そう思って集めましたから」


「もう一度聞く。お前は本気であいつらが売れると信じているのか?」


「……」


 確かな手応えを感じ、上機嫌に回っていた口が止まる。

 静かな視線が橘を射抜く。

 加賀の問いかけは、不必要に厳しい口ぶりではなかった。

 ただ、曖昧な誤魔化しを許さない重みを持っていた。

 

「……売りますよ。言ったじゃないですか。加賀さんの曲と俺のプロデュース力があれば――」


「曲は作らない」


「は……?」


 瞬間、目の前が真っ白になった。


「え? いやどういうことですか?」


「言葉の通りだ。曲を作るつもりはない」


 言葉が音として鼓膜を通り抜けていく。

 意味が理解できず、加賀の声は振動となって思考を揺らす。


「い、いやそれは違うでしょ! 話が違うじゃないですか! 約束だったでしょ!」


「最初から言っただろう。話は聞く、と。曲を作るとは一言も言っていない」


 そう言って加賀の口は閉じる。

 待てどもそれ以上の言葉は出てこない。


 言いようのない焦燥感。

 胃に直接なにかを詰め込まれたかのような不快感。

 押し寄せてくる恐怖。そして怒り。


「ふざけるな! 一言も言ってない? そんなもん通るわけないだろ! そう思うに決まってんだろうが!」


 得意と自負していた口先は回らない。

 憤りを感じる橘は感情のままに言葉を吐く。

 立ち上がり怒声を上げるが、加賀は座ったまま平静を保っていた。

 その態度が腹立たしく、橘の思考はさらに鈍くなる。

 目を剥き、怒りの感情をそのままぶつける。


「楽しかったかよ? 俺をもてあそんで楽しかったか? なめてんじゃねぇぞ! 誰のためにやったと――」


「やめろ。言葉を間違えるなよ。誰のため? 全部お前自身のためだろ」


 熱くなった頭に冷静な指摘が突き刺さる。

 いっそのこと、暴れて全て台無しにできたら、そんな危険な考えが頭を過《よぎ》るが、橘はそれを実行できるほど愚かでも、開き直れる強さも持ち合わせていなかった。


 認めたくない現実が背中にのし掛かる。

 計画のキモは加賀のネームバリューだった。

 昔ほどの認知度はないにせよ、一世風靡した加賀の名前を利用すれば、自分なら成功できると思っていた。


 だが加賀はそれを拒否した。

 説得が意味を成さないことは橘でもわかった。

 何を言っても、この人は曲を作らない。

 それだけはわかった。


 つまり、もう――。


 掴んだと思ったチャンスが手からこぼれ落ちていくのを感じる。足に力が入らず、橘は倒れ込むようにソファに座った。


「……どうしてですか? 俺の集めたメンバーがものたりないからですか? 売れる見込みがないからですか? どうして……」


 懺悔のような問いかけ。

 気持ちを保つことができず、すがるように橘は尋ねた。


「それをお前が言ったらおしまいだな」


 しかし、返ってきたのは答えではなく耳の痛い宣告。

 橘は自分の感情がコントロールできず、両手で顔を覆い隠していた。


「繰り返しになるが、曲は作らない。ただ、お前が一週間で集めてきたことは認めよう。うちの会社が運営するスタジオは安く利用させてやる。録音や練習がしたければ使うといい。ただし、会社からのサポートは一切しない。それでも良ければ好きに使うといい」


 加賀が何かを言っているが、橘にはもう届いていなかった。見かねた加賀は、返答は後日でいい、と言って応接室をあとにした。


 残された橘は、深い虚無感に襲われて、立ち上がることができなかった。


 計画が破綻した。


 最初から無茶なことはわかっていた。

 仮に加賀の力を借りたとしても、勝算が高い計画でないことはわかっていた。


 それでも、もう他に這い上がれるものがないと思っていたから、無理矢理に始動した。そんな薄い算段で始まったプロジェクトだが、加賀の協力が望めないことで正式に瓦解《がかい》した。


 裏切られた、と恨み節を吐く気力も残っていない。


 残ったのは素人三人。

 橘には資金も人脈もない。

 あの三人の地力《じりき》を使って売れるしか成功の道はない。

 

 ――無理だろ……。売れるわけない。


 絶望と虚脱感にさいなまれながら、しばらくしてから橘は応接室をあとにした。


******


「あ、橘さん」


 無気力になりながらビルの玄関を通り抜けた先には、葵と奈々の姿があった。橘の姿に気づいた葵が声をあげた。


 必死の思いで集めたメンバーだが、今となってはありがたみを感じられない。


「けっこう話してたんですね。全然センスない、とか言ってませんでした……?」


 恐る恐る、奈々が加賀の所感を尋ねた。

 

「大丈夫大丈夫。そんなこと言ってなかったよ。待っててくれたんだな。ありがとう」


 形式だけのいつも通り。

 考えて言葉を選んでいるわけではなく、適当な言葉を口から吐き出しているだけだった。


「あれ、莉子は?」


「莉子さんは帰りました」


 葵が少し躊躇《ためら》いながらそう言った。


「あいつらしいな。まあ俺たちも帰るか」


 帰路につく三人。


「やっぱり芸能界を生き抜いて来た人は迫力があるね」


「そうですよね。緊張しました。でも意外って言っていいのかわからないですけど、優しかったですね」


「ね。っていうか私大丈夫かな? 莉子ちゃんに絶対ダメな奴って思われたよね……。はぁ、なんでこんな日に遅刻するかなぁ私」


「大丈夫ですよ。莉子さんはきっとわかっていると思います。就活も大事なことですし、仕方ないですよ」


「葵ー……。本当良い子だね。うん、よし。一緒にがんばろうね」


 葵と奈々は待っている間に打ち解けたようで、少し親しげな雰囲気になっていた。

 だが橘にとってはどうでもいいことだった。二人が会話を弾ませるが、橘はその輪に入ろうとはしなかった


 ――終わった終わった。あーあ……。

 最低の気分だ。どうするかな。


 頭の中はそれでいっぱいだった。

 幸いな点でいえば、まだ活動自体していないため、経済的な損失はない。失ったのは時間。それから淡い希望。


 今ならまだ辞められる。

 メンバーの理解は得られないかもしれないが、知ったことではない。

 お遊びで始めようとしていたわけではなく、ビジネスとして考えていた。勝算のない三人を率《ひき》いて活動することに価値を見出《みい》だせない。


「あの、橘さん……」


 おずおずと遠慮がちに葵が声をかけた。


「ん? どうかしたか?」


「気のせいだったらすみません。なにかありましたか……?」


「え? 俺が? いやお前らだけお土産もらってズルいなーって拗ねてた」


「そ、そうですか。あ、良かったら私のお土産どうぞ」


「いやマジにしないでくれ。冗談だから。ホント葵は真面目だな」


「……もし私たちのことで、加賀さんからなにか言われたんだったら、と思って。私がんばります。橘さんが選んでくれたこと、本当に嬉しかったんです。だから、期待に応えられるようがんばります」


「……」


「お、葵良いね。橘さん、私もがんばります。でも私達売れますかね?」


「…………ああ、売れるさ。絶対に」


 それは初めて明確についた嘘だった。


「……そうだ。腹減らないか? 帰りにラーメンでも食いに行こう。今日は俺の奢りだ」


「え、いいんですか? やったー。緊張してご飯食べてなかったんでお腹ペコペコです」


「私は自分で――」


「馬鹿言うな。それぐらい奢る甲斐性はあるわ。葵が断ると奈々だけ欲張った感じになって気まずいだろ」


「そうだよ。せっかくだし、今日は橘さんのご厚意に甘えちゃお」


「じ、じゃあお言葉に甘えて」


 ――……まだ終わってない。


 加賀との関係が終わったわけではない。繋がりは残っている。活躍さえすれば、心変わりすることだって望める。


 ――なによりも、このまま終わってたまるか。


 浅はかな皮算用で始まった計画は泡となって消えた。

 ここからは、橘自身の手による無謀な夢物語の始まりだつった。

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