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『勇者が鬱になりまして』  作者: マコ


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『紡ぐ 』 第一節 続いていく朝

乾いた朝


第一節 朝は続いていく



 朝は、誰を待つこともなく明けた。


 夜露を含んだ草が風に揺れ、荷馬車の車輪が朝日に照らされる。鳥が一声鳴き、山の稜線からゆっくりと光が降りてきた。


 アルトは焚き火の灰を小枝で静かに崩した。


 火はもうほとんど残っていない。


 白くなった灰の奥で、小さな赤だけがかすかに息をしていた。


 荷馬車の横では、ダンが荷縄を締め直している。


 一度引き、手を離し、もう一度確かめる。


 毎朝変わらない手順だった。


 その傍らで娘が帳面を開き、積み荷へ目を走らせていく。


 「布、一反増えてる。」


 「昨日買った。」


 「うん。」


 帳面を閉じると、木箱を軽く押して荷崩れがないか確かめた。


 それで朝の仕事は終わる。


 少し離れた場所では、木剣が風を切る音だけが規則正しく続いていた。


 レオは一振りごとに足を止め、構えを直し、また振る。


 思うようにいかないのか、小さく首をかしげ、もう一度同じ動きを繰り返した。


 汗を拭くと、木剣を膝へ乗せる。


 布で柄を拭き、木目へ指を滑らせる。


 旅に出てから始めた習慣ではない。


 父が生きていた頃から、朝になると必ずそうしていた。


 ノアは街道へ目を向け、地図を広げている。


 峠までの距離。


 水場の位置。


 日が暮れる前に越えられるか。


 指先が道をゆっくりなぞり、小さく地図を畳んだ。


 「予定どおりで行けそう。」


 ダンが頷く。


 それだけで話は終わった。


 ミアは少し離れた岩へ腰掛け、木々を渡る風を眺めていた。


 葉が揺れる。


 光が揺れる。


 鳥が枝を移る。


 何を見ているのかは誰にも分からない。


 本人も、きっと説明はしない。


 アルトは立ち上がる。


 荷を背負う。


 剣を帯びる。


 身体は迷わなかった。


 朝になれば支度をし、歩き出す。


 旅に出てから、それを何度繰り返したのか覚えていない。


 「行こう。」


 ダンが馬の手綱を引く。


 娘は荷台へ乗り込み、ノアは地図をしまい、レオは木剣を背負い直す。


 ミアが最後に一度だけ空を見上げた。


 アルトも歩き出す。


 朝の光は街道をまっすぐ照らしていた。


 それを見上げることもなく、五人と一人は静かに山道を進んでいった。


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