『交差』第七節 包む
第七節 包む
市場を離れてもしばらく、二人は何も話さなかった。
露店の呼び声は背中の方へ少しずつ遠ざかり、鍛冶屋の槌の音も風に乗って何度か届いたあと、町のざわめきへ溶けていく。石畳はいつしか土の道へ変わり、行き交う人影もまばらになると、聞こえるのは風が草を撫でる音と、自分たちの足音だけになった。
バルクは前を向いたまま歩いている。
「盗れたな。」
その声には責める響きも、皮肉もなかった。
ただ、事実を確かめるような口調だった。
ガルドは答えない。
「店へ入った時には分かってた。」
少し間を置く。
「俺も見てた。」
風が吹く。
道端の枯れ草が転がり、二人の間を追い越していく。
「荷車が一台。客が四人。店主は奥へ下がれねぇ。逃げるなら西の通りだ。」
バルクは淡々と言った。
昔なら、それだけで十分だった。
言葉にしなくても、互いに同じ景色が見えていた。
ガルドは否定しない。
否定できなかった。
店へ入った瞬間から、身体は勝手に動いていた。
白露草を見る。
店先を見る。
通りを見る。
人の流れを見る。
どこへ走るか。
どこなら追われないか。
考えるより先に、身体が答えを見つけてしまう。
長いあいだ盗賊として生きてきた身体は、その癖だけは失っていなかった。
「なのに、やめた。」
バルクはようやくガルドの方を見る。
「何でだ。」
ガルドは歩き続ける。
懐へ手を入れると、紙に包まれた白露草が指先へ触れた。
盗んだ包みではない。
金を払って受け取った包みだった。
その違いは重さでは分からない。
紙の感触も、乾いた葉の匂いも変わらない。
違っていたのは、自分の手だけだった。
市場の方から、かすかに木を削る音が流れてきた。
人の声に紛れ、風に消え、また聞こえる。
耳を澄ませたわけではない。
それでも、その音だけは不思議と途切れなかった。
ガルドは足を止めない。
ダンの顔を思い出したわけではない。
レオの笑い声が聞こえたわけでもない。
アルトと交わした言葉を反芻したわけでもない。
それでも、あの谷で見たものが、まだ身体のどこかに残っていた。
木を削る音。
湯気の立つ食卓。
黙って木剣を削り続ける男。
笑う子ども。
朝靄の向こうを歩く旅人。
どれ一つ思い出そうとしたわけではない。
それらは記憶というより、身体の奥へ静かに沈んだ何かだった。
「おい。」
バルクがもう一度呼ぶ。
「何があった。」
ガルドはしばらく歩き続けた。
風が吹き、草が揺れ、空では鳥が一羽、谷の方へ滑るように飛んでいく。
その姿を目で追ってから、小さく首を振った。
「……分からん。」
それだけだった。
バルクは何も言わない。
ガルドが隠しているのではなく、本当に分からないのだということだけは、その一言で十分だった。
二人はまた歩き始める。
町は少しずつ背中の方へ遠ざかり、谷へ続く道だけが静かに伸びている。
ガルドは一度だけ懐の包みに触れた。
包みは軽い。
それでも、その軽さは、盗もうとした時に思い描いていたものより、ずっと重く感じられた。




