『交差』 第六節 半分
第六節 半分
「待て。」
背中へ掛かった声に、ガルドは足を止めた。
振り返ると、店主は店先から動かずにこちらを見ていた。怒っているようにも、引き留めようとしているようにも見えない。ただ市場の喧騒だけが二人の間を流れ、荷車は石畳を軋ませ、鍛冶屋の槌は変わらない調子で鉄を打ち続けていた。
店主の目が、ガルドの懐から少しだけ覗く紙へ向く。
「あいつの字だな。」
ガルドは黙ったまま紙を取り出した。
店主は受け取らない。その場から少し身を乗り出し、紙を眺めると小さく頷く。
「字で分かる。あいつは何でも多めに書く。昔からそうだ。」
口元だけがわずかに緩んだ。
それは懐かしさというより、長い付き合いの中で何度も同じことを見てきた人間の顔だった。
「前にもあった。熱を出した子どもに、大人三人分の薬を書いてきた。」
店主はそう言いながら、白露草の束へ手を伸ばした。
束をほどく。
乾いた葉が擦れ合う。
店主は一本ずつ確かめ、茎の太いものを避け、葉の色が濃いものだけを選んでいく。急いではいない。だが遅くもない。指先は必要な量を知っているように動き、抜き取られた白露草は少しずつ小さな束になっていった。
ガルドはその手を見ていた。
ほんの少し前まで、その束は奪えるものだった。
店先から通りまでの距離も、人の流れも、荷車の位置も、身体は何一つ忘れていない。
店主は包みを台へ置く。
「死なせたくないなら、この量で十分だ。」
声は静かだった。
ガルドは薬草を見る。
店主を見る。
もう一度、薬草を見る。
懐から金を出す。
一枚ずつ数える。
足りた。
店主は金を受け取り、薬草を包み直す。包み紙の角を折り、紐を掛け、指で結び目を押さえた。その動きもまた、さっき薬草を量った時と同じように迷いがなかった。
市場では、どこかで客が笑っている。
鍛冶屋の槌が鳴る。
荷車が通る。
店主は包みを差し出した。
そのやり取りは短かった。
市場のどこかで毎日繰り返されている、ごく当たり前の売り買いだった。
ガルドは包みを受け取る。
礼は言わない。
店主も求めない。
店を離れようとした時、不意に背中へ声が届く。
「婆さんに伝えろ。」
ガルドは振り返らない。
「薬は切らすな。」
それだけだった。
市場の喧騒が再び二人を包む。
人は物を買い、店は物を売り、荷車は通り過ぎていく。
ガルドの懐には、薬草の包みが収まっていた。




