『交差』第三節 鳥
第三節 鳥
レオが足を止めたのは木工細工の店だった。
棚には鳥や獣をかたどった木彫りが並び、その奥には風車や笛、小さな人形が吊るされている。どれも派手なものではないが、長い時間をかけて磨かれた木肌には柔らかな艶があり、通りを行き交う喧騒とは少し違う時間が、その店の周りだけに流れているようだった。
「見ろ。」
レオは棚の上の鳥を指差した。
羽を広げた姿のまま、今にも飛び立ちそうな形をしている。
「飛びそうだろ。」
「木だもの。」
ノアは即座に答えた。
レオは鳥を見る。
ノアを見る。
もう一度鳥を見る。
「でも飛びそうだ。」
ノアは肩を竦める。
それ以上は言わなかった。
店主は椅子に腰掛け、小刀を動かしていた。
刃が木を削るたび、薄い木屑が膝の上へ落ちていく。削られている木片はまだ形になりきっておらず、鳥にも獣にも見えるし、ただの木片にも見えた。それでも店主の手には迷いがない。
レオはしばらくその手元を眺めていたが、やがて鳥へ手を伸ばしかけて止めた。
店主を見る。
店主は気付いている。
それでも顔は上げない。
「触るなって言わないのか。」
「言わなくても分かるなら言わん。」
店主は手を止めないまま答えた。
レオは少し考え、それから頷いた。
鳥には触れなかった。
ノアは店の端から順に値札を見ていた。
鳥。
笛。
風車。
人形。
どれも一度は手に取りそうになり、結局は手を伸ばさない。
値段を見ているのか。
作りを見ているのか。
アルトには分からなかった。
「高い。」
小さく呟く。
誰に聞かせるでもない声だった。
店主は何も言わない。
レオも気にしていない。
その言葉は市場の音に混ざって消えていった。
ミアは風車の前に立っていた。
風が吹くたび羽根が回る。
止まる。
また回る。
その動きを見ていたかと思うと、視線はいつの間にか風車の向こうへ抜けている。
市場の人波だった。
荷を運ぶ者がいる。
立ち話をする者がいる。
笑う者がいる。
呼び込みの声に振り返る者もいる。
ミアはその向こうを見ていた。
何かを探しているようにも見えたし、ただ見ているだけのようにも見えた。
やがて風が止む。
風車も止まる。
ミアはまた風車へ目を戻した。
アルトは店主の手元を見ていた。
木片が少しずつ削られ、輪郭を持っていく。職人の手は迷わない。まだ形になっていないものを削っているのに、本人の中ではもう完成した姿が見えているようだった。
市場の音は途切れない。
客を呼ぶ声がする。
値段を尋ねる声が返る。
どこかで子どもが笑う。
荷車が通る。
人が避ける。
その流れを目で追っていた時だった。
市場の奥に人影が見えた。
荷車と荷車の間だった。
背を向けて立っている。
何をしているのかは分からない。
男なのか女なのかも分からない。
ただ、そこにいた。
アルトの視線は一度だけそちらへ向かった。
それだけだった。
次の瞬間には別の客が前を横切り、人影も荷車も見えなくなる。
市場は変わらず動いている。
客を呼ぶ声が聞こえる。
笑い声も聞こえる。
店主の小刀も動き続けていた。
「これ。」
レオが振り返る。
木彫りの鳥を指している。
「飛ぶと思うか。」
ノアは首を振った。
ミアは風車を見ている。
店主は木を削っている。
アルトは鳥を見る。
「飛ばない。」
レオは不満そうな顔をした。
鳥は相変わらず飛びそうだった。




