『継ぎ目』第四節 雨の砦
第四節 雨の砦
砦へ戻るころには、雨は止んでいた。
門の下には水が溜まり、馬の蹄が入るたびに泥がゆっくり広がった。石壁は雨を吸って暗く、見張り台から垂れた縄は重そうに揺れている。中庭では火が起こされていたが、湿った薪はなかなか燃えず、白い煙だけを低く吐いていた。
トビは薬草の袋を胸に抱えたまま、礼拝堂へ走った。
扉が開く。
すぐに閉まる。
しばらくして、乳鉢の音が聞こえ始めた。
ガルドは濡れた外套を脱ぎかけ、軒下を見た。すでに布が何枚も吊るされている。乾かす場所はなかった。外套をそのまま肩へ掛け直し、薪小屋へ向かう。
薪を運ぶ。
積む。
また戻る。
濡れた薪は重かった。肩へ食い込み、降ろすたびに木屑が掌へ残る。指先で払う。払っても、細かな棘のようなものが少し残った。
中庭の隅では、バルクがパンを切っていた。
固くなったパンへ短剣を当てる。刃はすぐには入らなかった。角度を変え、手首を返し、体重を少し乗せる。乾いた音がして、ようやく割れる。
半分。
さらに半分。
欠片を布の上へ並べる。
バルクは一つを指先で動かし、別の一つと入れ替えた。それからまた戻した。近くを通った子どもが、その手元を見ている。バルクは一番小さな欠片を取ると、黙って子どもの手に押しつけた。
子どもは握ったまま走っていった。
「荷は」
バルクは顔を上げずに聞いた。
「薬だけだ」
ガルドは薪を置いた。
バルクは頷かなかった。
「そうか」
それだけ言うと、残りの欠片を布で包み直した。
礼拝堂から、乳鉢の音が続いている。
石が石を擦る音だった。
老婆の手は、遅くも早くもなかった。薬草を一枚入れる。回す。茎を折る。もう一枚を入れる。指先に残った青い汁を布で拭い、残った葉を袋へ戻す。袋の口を結ぶ時だけ、その手がほんの少し止まった。
リルは寝台で眠っていた。
額には濡れ布が置かれ、小さな手には欠けた木の鳥が握られている。片方の翼はなく、顔の線もほとんど消えていた。それでも、指だけは緩まない。
老婆はその手を見た。
木の鳥は取らなかった。
薬が器へ移されると、ガルドがリルの身体を起こした。軽かった。抱え方を少し間違えるだけで、身体のどこかを壊してしまいそうな軽さだった。
リルは薄く目を開ける。
「……帰ったの」
「ああ」
「花」
ガルドは胸元へ手をやった。
そこには何もなかった。
「落とした」
リルは少し眉を寄せた。
「だめ」
「悪い」
薬は苦かった。リルは一度むせ、トビが動きかける。老婆は目だけで止めた。トビはその場で止まり、膝の上の手を握った。
外では、薪が火へ入れられていた。
湿った木は白い煙を吐き、しばらくしてからようやく赤くなる。鍋の中では薄い粥が回されていた。底に沈んだ豆が、木べらに当たって小さく鳴る。
ガルドは礼拝堂を出た。
中庭には、いくつもの手があった。
パンを包む手。
縄を絞る手。
鍋を回す手。
薪を割る手。
桶を持ち上げる手。
どれも見慣れた手だった。毎日、同じものに触れている手だった。けれど、視線はどこにも落ち着かなかった。パンでもない。縄でもない。鍋でもない。斧でもない。何かを探しているわけではなかった。ただ、いつもの場所に戻ってきたはずなのに、目の置き場だけが少し遅れていた。
礼拝堂から、リルの咳が聞こえた。
ガルドは顔を上げ、中へ戻った。
老婆はリルの額へ手を置いていた。長い時間、そのままだった。やがて手を離し、器を脇へ置く。
「今日は越える」
誰も声を出さなかった。
老婆は続けた。
「白露草が要る」
頭目が入口に立っていた。
右足を少し引きずりながら中へ入り、リルを見た。老婆を見た。トビを見た。ガルドとバルクを見た。それから、外の中庭へ目を向けた。
「町だ」
それだけだった。
誰も問い返さない。
バルクは馬具を取りに行った。
トビは薬草の残りを布へ包み直した。
ガルドは水袋を確かめた。
頭目は石壁のそばで足を止め、少し浮いた石を手で押した。石は小さく動いた。頭目は足元に落ちていた薄い欠片を拾い、隙間へ噛ませた。
それで終わりだった。
砦はまた静かに動き始める。
中庭の端で、子どもが細い枝を振っていた。枝は石に当たり、折れる。子どもは折れた枝を捨て、別の枝を拾う。
また振る。
ガルドはその横を通り過ぎた。
一歩。
そこで、足が少し止まった。
枝を見る。
子どもを見る。
その手を見る。
すぐに歩き出した。
門は開いていた。
外の道は、雨上がりの夕暮れの中で黒く濡れている。ガルドは外套を肩へ掛け直し、手綱を取った。
礼拝堂の奥では、まだ乳鉢の音がしていた。
石が石を擦る音。
濡れた縄。
欠けた木の鳥。
折れた枝。
ガルドは振り返らなかった。
町へ続く坂を下るころ、空は少しだけ明るさを失っていた。山道の泥は馬の蹄を浅く受け止め、すぐに元の形へ戻ろうとする。風が吹くたび、外套の裾から乾ききらない水の匂いが上がった。
町の門が見える
夕方の声が流れてくる。荷車の軋む音。店じまいを急ぐ男の声。子どもの笑い声。焼いたパンの匂い。人の暮らしが、山とは違う速さで動いていた。
ガルドは町へ入った。
人波は、いつもと同じように流れていた。
彼も、その中へ歩いていった。




