『剣の使い道』
第十二話 剣の使い道
朝の光はまだ柔らかかった。
村を出てから二時間ほど歩いただろうか。
道は緩やかな丘を登り、丘を越えるたびに景色を少しずつ変えていった。
後ろを振り返ると、孤児院の屋根がまだ見える。
小さく。
本当に小さく。
「まだある」
ミアが言った。
風が吹く。
長い金髪がふわりと揺れる。
朝日に透けると、麦畑より少し明るい色に見えた。
「見えてないって」
レオが言う。
「ある」
「ない」
「ある」
「ない」
「ある気がする」
レオは立ち止まった。
そして腰の袋から櫛を取り出した。
ミアが一歩下がる。
嫌な予感がした時の顔だった。
「こっち来い」
「やだ」
「寝癖すごいぞ」
「やだ」
「鳥の巣になってる」
ミアは走った。
レオが追いかけた。
捕まった。
当然だった。
「いたい」
「引っ張ってない」
「いたい」
「まだ触ってない」
ノアが吹き出す。
ミアは不満そうだった。
レオは慣れた手つきで髪を梳いていく。
絡まった髪が櫛に引っ掛かる。
金色の糸みたいな髪だった。
アルトは少し後ろからその様子を見ていた。
時間がゆっくり流れる。
⸻
昼前になった頃だった。
風の匂いが変わった。
アルトは立ち止まる。
草の匂い。
乾いた土の匂い。
その奥。
鉄の匂い。
血だ。
古い血の匂いだった。
アルトは何も言わず歩き出す。
レオが気付く。
「何かあるんですか」
アルトは頷くだけだった。
しばらく進む。
そして見つけた。
荷馬車だった。
横倒しになっている。
車輪が割れている。
木箱が散乱している。
道には乾燥豆がこぼれていた。
その横に剣が一本落ちている。
欠けた刃。
乾いた血。
レオの顔が強張る。
「魔物?」
アルトは地面を見る。
足跡。
争った跡。
折れた枝。
「違う」
そう言った。
「人間だ」
⸻
「おーい!」
声がした。
振り返る。
男がいた。
肩車された少女がいる。
少女は男の頭を両手で抱えている。
男は片手でその足を支えていた。
もう片方の手には車輪。
車輪だ。
馬車の車輪を片手で持っている。
レオが目を丸くした。
「重くないのか」
男は笑った。
左頬の傷が少し歪む。
「重いぞ」
そう言いながら持ち上げる。
全然重そうに見えなかった。
少女が胸を張る。
「お父さん強いんだよ」
「そうなのか」
「昔ね、傭兵だったんだよ」
男が咳払いをした。
「ルナ」
「なに?」
「余計なこと言うな」
「なんで?」
「なんでもだ」
ルナは納得していなかった。
レオは少しだけ笑った。
男も笑った。
アルトも少しだけ口元が緩む。
⸻
荷馬車を起こすことになった。
思ったより重い。
レオは歯を食いしばる。
ノアも押している。
意外と力があった。
ミアは途中まで手伝っていた。
途中からルナと石を積み始めた。
何を作っているのかは分からない。
本人たちも分かっていない気がする。
「それ何だ」
レオが聞く。
ミアは答えた。
「城」
ルナも頷く。
「城」
どう見ても石の山だった。
⸻
荷馬車が起き上がる。
男は大きく息を吐いた。
「助かった」
本当にそう思っている顔だった。
笑うと目尻の皺が深くなる。
鼻筋は少し曲がっている。
昔折れたのだろう。
「礼を言う」
そう言って頭を下げた。
ルナも慌てて頭を下げる。
「ありがとうございます!」
元気な声だった。
「ルナ」
男が言う。
「なんでそんな大声なんだ」
「感謝は大きい方がいいってお母さんが言ってた」
男は少し黙る。
それから笑った。
「そうだったな」
その顔を見て。
アルトは思う。
この男はまず父親なのだ。
傭兵でも商人でもなく。
父親なのだ。
⸻
夕暮れ。
焚火が燃えている。
肉の匂いがする。
煙が風に流れる。
ルナはミアの髪を触っていた。
「きれい」
「そう?」
「金色」
「そう?」
「うん」
ミアは嬉しそうだった。
レオはその様子を見ている。
自分が朝梳いた髪だ。
少し誇らしい。
ノアは気付いている。
だから黙っている。
ダンは焚火の向こうでそれを眺めていた。
優しい顔だった。
戦場では決して見せなかっただろう顔だった。
その時だった。
ルナが言った。
「お父さんね」
ダンが嫌な予感をした顔をする。
「昔はね」
ルナは続ける。
「剣で魔物をやっつけてたんだよ」
レオの目が輝いた。
ダンは空を見上げた。
どうやら娘は口が軽いらしかった。




