幕間 残夜
珍しく、夜中に目が覚めた。どうも外が少し騒がしくて、そのせいで起きてしまったみたい。
二階にある自分の部屋から、一階まで移動する。
階段を降りきる少し手前で、リビングに居るお父さんと目が合った。
「雫…!ごめん、起こしちゃったかな…?」
「別に大丈夫。だけど…。」
お父さんは、この前会った女の子――緋乃を抱えてて、二人の服には血が付いてた。どう見ても、普通の状況じゃない。
ただ、お父さんは暴力をする人じゃない。
となると、考えられるのは、
「…厄介事に巻き込まれた?」
「……そんなところ。この子と一緒に家に来た人、いるだろう?その人のことで、ちょっとね…。」
その人は確か、お父さんの仕事の先輩。顔が怖めの人だったけど、悪い人じゃなさそうだった。
けど、
「それで、また、すぐに外に出なきゃいけないんだ。やらなきゃいけないことがあって…。」
お父さんの表情からして、あんまり良い状態じゃなさそう。
緋乃を抱えてきたのも多分、それが理由。
「帰ってくるまで、少し時間が掛かると思う。雫、この子のこと頼んでもいいかい…?」
「うん。任せて。」
それくらい、断る理由はない。
明日も学校だけど、朝、ちゃんと起きられなかったことはないし、この子の面倒を見てから寝ても全然大丈夫。
「ごめん、ありがとう…!じゃあ、行ってきます!」
バタバタと、慌ただしく家を出ていくお父さんを見送って、玄関の鍵を閉めた。
「さて。」
お父さんは多分、『ソファに寝かせてタオルでも掛けてあげて』くらいの気持ちで、私に緋乃のことを頼んだんだと思う。
「…でも、凄く疲れてそうなのよね。」
服も体もボロボロだし。ちょっと苦しそうな顔してるし。
だから、ベッドに寝かせてあげたい気持ちはある。けど、血とか埃で汚れたままベッドに入れてあげる程、優しくもない。
ので、
「身長も体型もほとんど一緒だし、私の服入るわよね…。」
服を着替えさせることにした。
二階のロッカーから、適当な服とタオルを引っ張り出して、また一階に降りて洗面所でタオルを濡らして絞る。
「よい…しょ…。」
緋乃の服を脱がして、タオルで全身を軽く拭く。
ここまでやっても起きる気配がないあたり、やっぱりかなり疲れてるみたい。
結構大変だったから、少し汗をかいた。ついでに、私の顔もタオルで拭く。
「ふぅ…。うっしょ…っと。」
着替えさせた緋乃を背負って、手すりを掴みながらゆっくりと階段を昇る。
緋乃の体重はあんまり重くないと思うけど、それはあくまで同年代の中での話。私もこの子と同年代で、ほとんど同じ体型な以上、自分と同じ重さの物を運んでいるようなもの。
つまり、この子がどんなに、大人なら簡単に運べるくらいの軽さでも、私にとっては凄く大変。
少し息を切らしながら、私の部屋に到着。なんとか肘でドアノブを引いて、中に入って、閉めるときは足で後ろ蹴り。肩を使って電気を点けて、ようやく緋乃をベッドに降ろした。
「はぁ〜…疲れた…。」
大きく息を吐いて、素直な感想を零す。またちょっと汗をかいてたから、タオルで拭く。
少し息を整えた後、私もベッドに潜り込む。タオルは、とりあえず枕元に置いておく。
丁度、疲れたところだし、割とすぐに寝れそう。
「………しぃ…。」
と、思ってたところに、隣から声が聞こえてきた。
目を覚ましたのかと思ったけど、どうやら寝言みたい。
「……さみ……しぃ………。」
「――――。」
緋乃は苦しそうな顔で、そんな言葉を口にした。
「……何それ。」
それは、ちょっと気に入らない。
別に、お礼を言われるとか、そういう対価が欲しくて面倒を見た訳じゃない。そもそも、大層なことをしたとも思ってない。
でも、
「私の隣に寝ておいて、寂しがるとか許せないんですけど。」
家族以外の隣で寝るのなんて初めてだし、自分で言うのもなんだけど、私はそれなりに優秀だから『私の隣』は安くない。
「なのに、隣で暗い顔されるとか、むかつく。」
本当、気に入らない。
だから、軽く手を握った。
「何があったのか知らないけど、今、あんたの隣には私がいるでしょ。苦しくても、悲しくても、独りじゃないんだから寂しくないでしょ。」
寂しくなるのは、独りだから。
良いことも悪いことも話せる相手がいないとき、寂しくなる。
でも、今の緋乃には私がいる。寂しいなんて言われるのは、凄く心外。
「…………。」
緋乃の手が、少しだけ握り返してきた。顔色も、さっきよりはマシ。
うん、それでよし。
「…ふぁ……。」
いい加減、私も眠くなってきた。
明日も学校だし、緋乃の顔色も良くなったし、もう寝よう。
繋いだ手をうっかり強く握りすぎないように、と思いながら眠りについた。




