序/五 『いきる』と『し』
雫ちゃんとおしゃべりした、つぎの日。
きのうのおしゃべりを思い出して、『うれしい』をたしかめながら、あさの『ごはん』をたべる。いつもよりすこし、『ごはん』がいいかんじ。
これはたしか、『おいしい』ってきもち。
「……!」
じぶんのきもちが、すこしづつだけど、分かってきてる気がして『うれしい』。
「……ふふ。」
佐堂さんと会ってから、いいことばっかり。
佐堂さん、すごい。
「機嫌いいな、緋乃。今日の朝ご飯、好きだったか?」
「うん。『おいしい』…!」
「そりゃ良かった。…朝からカツは、トバし過ぎかと思ったが……やるな、緋乃。」
「よく分からないけど、ありがとう。」
いつ食べるかで、『おいしい』かどうかが、ちがったりするのかな…?
まだ、分からないこともたくさんだけど、なんていうか、すごくいい日を過ごせてる気がする…!
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『ごはん』を食べおわって、『人を知るじかん』になった。
きのうは天宮さんの家に行って、その前までは、文字の『べんきょう』をしてたじかん。
きょうは、何をするんだろう?
「佐堂さん、きょうは、雫ちゃんとおしゃべりには行かない?」
「随分、気に入ったみたいだな。まあ、良いことだが…今日は行かねぇ。というより、行っても家には居ねぇだろうし。」
「…そうなの?」
家にいないってことは、外に何かをしにいってるのかな。
わたしが外に出るときは、『人を知る』ことがりゆうだけど、ふつうの人は、どんなことをするんだろう?
「今日は、学校に行ってるだろうからな。おしゃべりの為だけに急に入ってったら、『ふざけんな』って言われて終わりだ。」
なんと。
『がっこう』ってばしょには、ふわふわなきもちで入ったら、いけないみたい。
おぼえておかなきゃ。
「なんで、雫ちゃんは『がっこう』に…?」
そんな、入るだけでたいへんそうなばしょに、どんなりゆうで行ってるんだろう?
「ん?そうだな…。ほとんど、お前がやってることと同じかもな。文字を覚えたり、色んなやつと話したり、『人の常識』を知る為に行ってるってのも、理由の一つだろうな。」
「そう、なの?」
わたしとはちがって、人はじぶんが何なのか分かってて、『人のじょうしき』もはじめから知ってると思ってたけど……。
「人も、『自分』について知らないことなんて、たくさんある。それを知る為には、自分のことの他にも色んなことを知っていかなくちゃならない。その『色んなこと』を教えてくれる場所が、学校ってもんだ。」
人も、じぶんを知るために、いろんなことを考えてすごしてる。
知らなかった。人も、わたしとおなじふうに考えてたなんて。
びっくり。
「…まあ、最近の教育ってモンが、『勉強が出来るかどうか』ってトコに寄りすぎてる気がしないでもねぇが…。お前に、教育論だのを語っても仕方ねぇよな。これはいいや。」
そう言って、佐堂さんは話をもどす。
「人を学ぶために、お前も学校に通うってのもアリだと思ってる。その前に、まだもう少し知っておくべきことはあるが。」
「おお……!」
わたしも、『がっこう』に行けるようになるかもしれない。
それは、『うれしい』とは、すこしちがくて、きもちが、ぐあーってなるかんじ。
「『がっこう』、行ってみたい。行けるように、がんばる。」
そんなわたしのことばを聞いて、佐堂さんはすこし考えた後、
「…そうだな。中には入れねぇが、外からぐらいは見に行ってみるか?」
「え。」
それって、つまり、『がっこう』につれて行ってくれるってこと…?
「行きたい…!『がっこう』、見てみたい…!」
わたしとおなじように、人を知ろうとしている人が行くばしょ。
どんなところなのか、知りたい。
「わかった。じゃあ、今日は学校と、道中の街並みの見学ってトコだな。行くぞ、緋乃」
「うん…!」
こうして、この日は外を歩くことになった。
幼いわたしは、知らないことばかりで。
好奇心のまま踏み出して、その先で、―――避けられない運命と出会う。
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「ここが、学校だ。」
『がっこう』には、けっこう早く着いた。
わたしが、「まずは『がっこう』をみたい」って言ったから、道のとちゅうにあったばしょの話は、あんまりしないで来てくれたんだと思う。
「流石に中の様子は見えねぇが、どうだ?感想は。」
「……すごい…ね。」
天宮さんの家をすごく大きいと思ったけど、それよりももっとすごく大きい。
こんなに大きいなら、中にはたくさんの人がいるのかも。
……いや、でも、天宮さんの家のとき、そう思ってたのに三人だけだったから、もしかしたら、ここも…?
「佐堂さん。『がっこう』には、どのくらいの人がいるの?…七人くらい?」
「細かい数は分からねぇが、百人以上は確実だな。」
「ひゃっ…………!!?」
こんどは、おおすぎるくらいだった。そんなにたくさん人がいるところなんて、見たことない。
びっくり。なまえをおぼえるの、たいへんそう…。
「わたしには、まだ早いりゆう。分かった気がする…。」
今のわたしが『がっこう』に行っても、たくさん、へんなこと言っちゃうかも。
「…まあ、焦らなくても良い。お前に合った速度で、ゆっくり人に慣れていけば良い。」
「うん、がんばる。」
はじめての『がっこう』は、中に入らなくてもびっくりしてばっかりだった。
もっとがんばって、『じょうしき』をおぼえたときに、中に入ろう。そう思って、『がっこう』をはなれた。
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家にかえる道のとちゅうで、気になるばしょが見えた。へんな形の石がたくさんならんでて、石に文字が書いてある。
ふしぎなばしょ。
「…気になるか?」
わたしのようすに気づいた佐堂さんが、声をかけてくれた。
「うん。あれ、なに?」
「あれは、墓だ。」
「『はか』…?」
はじめて聞くことば。
なんとなく、佐堂さんのカオに元気がない気がする。あんまり、いいばしょじゃないのかな?
「死んだ奴が眠る場所だ。…そういや、お前、『死』ってモンは分かるか?」
「…分かんない。『し』ってどういうモノ?』
「生きてる奴は、いつか必ず死ぬんだ。原因は色々あるが、老衰にせよ病気にせよ怪我にせよ、共通してるのは体が使い物にならなくなると死ぬってとこかな。」
つまり、体を動かせなくなると『しぬ』ってことかな?体が動かせなくなるって、どういうことだろう。
「手も足もぜんぶ動かせなくなっちゃうの?」
「いや、そうとは限らない。体の中には、止まったら生きていけないモノが色々あるからな。」
なるほど。
つまり、体の中のモノがひとつだけ動かなくなっただけでも、ダメなときもあるみたい。
「細かいことは少しづつ覚えりゃいいが、一先ず、怪我をさせちゃいけねぇのは覚えてろ。血がたくさん出たら、それこそ全身が動かなくなって死ぬからな。」
「そうなんだ…。」
いつもより、すこしつよい言い方。ぜったい気をつけた方がいいことなのかな。
『『し』は、よくないモノ?」
佐堂さんのようすを見て、そう思った。
でも、
「…そうだな、死んだら何も残らねぇし、もう誰とも会えなくなる。一番辛くて、寂しいモノが死だ。」
そう言いながら、それでも、つよいきもちを持ってるカオで、佐堂さんはことばをつづける。
「ただ、俺はそれを、頑張れば少し変えられると思ってる。生きてる間に積み重ねたモンが、ちゃんと世界に残るんじゃねぇかって。」
まっすぐ、わたしを見てる。
今まででいちばん、話したいことなのかも、と思うくらい、つよくてやさしいこえ。
「良いことをした分だけ、俺の魂が世界に良い影響を少しだけ与え続けて、悪いことをしたら、その反対のことが起きる。死んじまって、触ったり話したりは出来なくなっても、世界を動かす力として生き続けるんじゃねぇかってな。」
わたしには、よく分からない。
きっと、ことばのいみを、はんぶんも分かってないと思う。
でも、おぼえておこう。
「だからきっと、良いことをして生きた方が自分の為だ。俺が生きた意味が世界に刻まれて、その力で皆が元気に生きていく。そうしたら、たとえ死んでも、俺の魂は生き続けてるんだと思う。」
いつか、いろんなことを知った後に、ちゃんとうけとれるように。
このことばは、おぼえておこう。
話し終わった後、佐堂さんが、『はか』の方をすこしだけ見た。『うれしい』でも『さみしい』でもない気がする、ふしぎなカオをして。
そして、すぐにまた、わたしを見て、
「って訳だ。いつか死んであそこに入った後も、生きてる奴らの活力として生き続ける為に、良い事して生きようぜ…!緋乃。」
元気なカオで、そう言った。
さわったり話したりできなくなるのは、『さみしい』こと。
でも、『さみしい』だけにならないように、いいことをしよう。今のは、たぶんそういう話。
わたしはまだ、『さみしい』もちゃんと知らないから、この話を『いつかおきること』として、ちゃんとうけとるのは、むずかしい。
そもそも、人にとっての『し』が、わたしにもあるのか分からない。
でも、
「わかった。がんばって、『いきる』…!」
わたしの『いきる』や『し』が、人とちがっても、がんばることはきっと、わたしにとっていいこと。
ずっとなんとなく、そう思ってる。だから、がんばることは、わたしがわたしを知るために、ひつような事なんだと思う。
「そのためにも、いろんなことを知らなきゃ。つぎ、あっちに行こう…!」
「ああ、いいぜ。気の済むまで付き合ってやる。」
「うん、ありがとう…!」
ぐあーっとしたきもちのまま、わたしたちは、つぎのばしょに歩き出した。
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あの後、たくさんいろんなばしょを見て、空がくらくなるまで、じかんがたった。
「午前中に家出たのに、こんな時間まで掛かるとはな。お前の知識欲を舐めてたぜ。随分遅くなっちまった。」
「…ごめんなさい。」
ぐあーってなったきもちをそのままにして、いろんな話を聞きすぎちゃった。
これは、よくなかったかも。
「謝らなくて良い。気の済むまでって言ったのは俺だからな。ちゃんと考えて言葉を選ぶべきだった。悪いのは、俺の適当さだ。天宮が知ったら、ゴタゴタ言ってくるだろうな。」
そう言うけど、佐堂さんはわるくないと思う。
ただ、たぶんそれ、天宮さんもわるくないかも…?
「お前が楽しかったなら、それでいい。そんで俺には、お前が楽しんでたように見える。だから、いい。俺も楽しかった。」
「…!うん…!」
佐堂さんは、いつもきもちがふわってなることばを言ってくれる。
すごく、『うれしい』…!
そんなふうに、佐堂さんとおしゃべりしながら歩く帰り道。そのとちゅうにある、すこしひろいばしょのまんなか。
そこに、
「よォ。初めましてだなァ……!兄妹…!」
そこに――――――『運命』が在た。




