序/四 ふしぎなであい に
佐堂さんの家に来てから、三日がたった。
まだ、あんまり外には出られなかったけど、そのぶん、『じょうしき』をおぼえることをがんばった。
たくさんがんばって、すこしだけ文字をおぼえてきた。家にあるもののつかい方も、分かってきた。
…ふくを着るのは、まだ、すこしへただけど。
とにかく、いろいろがんばったから、
「今日は、外に出るか。俺の知り合いの家にいって、俺以外の奴と話す経験を積もう。」
こんなふうに、外に出て人と話していいと言ってもらえた。
―――――――――――――――――
「仕事の後輩の家でな。小さい子供もいるんだ。最初に話す練習相手としちゃ、丁度良いだろ。」
いどうしてる間に、今から行く家のことをおしえてもらうことにした。
話を聞くほど、どんな人がいるのか気になってくる。
「『しごとのこうはい』って…?」
「ああ、悪い。なんて言やいいか…一緒に何かをする仲間の中で、俺より後から仲間に入った奴ってとこか?」
話を聞くと、後から入ってきたから、佐堂さんにいろんなことをおしえてもらってた人ってことみたい。
「つまり、わたしとおなじってこと?」
そう聞くと、佐堂さんはすこしやわらかいカオで
「っは…!そうだな。けど、お前より手の掛かる奴だった。だから、そいつには変なこと言って困らせても、気にしなくていい。話したいこと話して、たくさん経験を積むといい。」
そう言って、わたしの頭をなでる。
やっぱり、これはなんだかふわっとする。
―――――――――――――――――
『こうはい』の人の家に着いた。
佐堂さんの家より、ずっと大きい。佐堂さんの家がふたりぶんの家なら、この家は五人か六人ぐらいで暮らせるかも。
もしかしたら、思っていたよりたくさん人がいるのかもしれない。
はやく中に入ってみたいきもちをおさえて、佐堂さんの方を見る。
「…中、入ってもいい?」
「ああ、ちょっと待ってろ。呼び鈴とかインターホンとか言うんだけどな。こいつを押して、中の奴に誰か来たって知らせるんだ。急に誰かが入ってこようとしてたら、驚くからな。」
なるほど。家に入る前に『よびりん』をおさなきゃいけないってことみたい。
おぼえておかなきゃ。
『よびりん』をおすと音がなって、すこしした後、家から人が出てきた。
「先輩…!?態々、家に来るなんて、どうしたんですか…?」
その人は、佐堂さんよりすこし元気そうなカオで、すこしだけ、たかさのひくい人だった。
ふんいきもすこしふわっとしてて、なんとなく、ちょっとだけよわそうなかんじ。
「緋乃。あれが後輩の天宮だ。頼りなさそうな面してるだろ?」
たしかに、佐堂さんにおしえてもらってたって話が、ふんいきでなんとなく分かる気がする。
「家に来ていきなり僕の悪口ですか…?本当に何しに……って、その子誰ですか?」
あまみやさんが、わたしをみて目を細くしてる。
やっぱりわたしは、人から見たらへんなのかな。
「あのおかしな連中の手を借りて保護した子だ。それで伝わんだろ。」
ことばをさすみたいに返す佐堂さん。
あまみやさんには、わたしのときみたいにやさしくないみたい。
「…!それはまた、すごいことをしてますね…先輩…。」
「やる理由は十分にあんだろ。驚くようなことじゃねえ。」
ふたりの話は、よく分からない。
けど、わたしに話した方がいいことは、わたしにも分かるように話してくれるはずだから、たぶんこれは、分からなくてもだいじょうぶ。
「…それで、そんな状況で家に何をしに?」
やわらかいふんいきのままだけど、すこしだけぐにゃっとしたカオで、あまみやさんは言った。
そのことばに、佐堂さんは
「おしゃべりをしに来た。」
まっすぐ、そう返した。
「……………はぁ?」
あまみやさんは、何を言ってるか分からないってカオをした。
さっきより、ぐにゃっとしたカオだった。
―――――――――――――――――
「なんですか、おしゃべりって。先輩、そこまで僕のこと好きじゃないでしょう。」
「流石に、そのくらいは気付いてたか。」
とりあえず、家の中に入れてもらって話のつづきをしてる。外から見ても大きかったけど、中もすごくひろい。
やっぱり、たくさん人がいるのかも。
「おしゃべりすんのは俺じゃない。こいつの話し相手になってやってくれ。」
「その子の…?いや、いいですけど、何で僕を選んだんですか?」
「こいつはまだ、人と話すのに慣れてないからな。悪気なく変なことを言っちまうかもしれねぇ。けど、お前がそれで傷ついても、俺の心は痛まねぇ。うってつけの練習相手だろ?」
「もう少しくらいは、僕のこと好きになってくれませんか…?」
佐堂さんは、あまみやさんにやさしくない。
でも、あんまりわるいふんいきでもなさそう…?ふしぎなかんじ。
「もう一つ、理由はある。お前、子供居たろ。その子にも話し相手になって貰いたい。近い歳の子との交流は大事だろ。」
「ああ、そういう。それなら、うちの子は適任だと思います。今、家にいるので呼んできますね。」
そう言って、あまみやさんはおくにあるドアの中に入っていった。
待ってる間に、ひとつだけ佐堂さんに聞いておこう。
「佐堂さん。この家には、何人いるの?」
大きな家だから、もしかしたらあまみやさんは、たくさんの人をつれてくるのかもしれない。
びっくりしないように、先に聞いておこうと思った。
「ああ。天宮と嫁さん、それと子供が一人の三人だ。」
「さんっ……!?」
なんと。
こんなに家の大きさがちがうのに、わたしたちと1人しかかわらないとは。
びっくり。
わたしがびっくりしていると、おくのドアがあいて、わたしとおなじくらいのたかさの人があまみやさんといっしょに出てきた。
その人は、まっすぐわたしの前にあるいてきて
「こんにちは。わたし、天宮 雫。よろしく。」
なまえを言いながら、手を前に出してきた。
「……。」
前に出された手のりゆうがわからなくて、とりあえず手を見つづけることしかできなかった。
そんなわたしを見て、
「?わたしと話しに来たんじゃないの?握手、嫌い?そもそも、人に触られるのが苦手とか?」
わたしとおなじように、りゆうが分からないってかんじでたくさん聞いてきた。
「えっと…ごめんなさい。『あくしゅ』って、何?」
『あくしゅ』をしらないのは、へんかもしれないと思いながら、がんばって聞いてみる。
「ああ、握手をしたこと無かったのね。ちょっといい?」
「?」
そうして、あまみや しずくさんはわたしの手をかるくつかんで、
「はい、これが握手。どう?嫌かしら。」
わたしのきもちを、聞いてきた。
どうなんだろう。
『すき』とか『いや』とか、わたしはまだ、よく分かってない。
『たのしい』も『かなしい』も、聞いたことはあるけど、どんなきもちがそうなのかが分かってない。
「分からない、けど、何となく、ふわってするかんじ…。」
「それ、気に入ってるってことでしょ。なら、良かった。」
あまみや しずくさんは、ふわってカオでそう言ってくれた。
なんだかわたしも、へんなカオになってるかも。
「ん。笑顔になってくれてなにより!仲良くなれるといいわね、わたしたち。」
「『えがお』…?『なかよく』…?」
それも、わたしがまだよく分かってないもの。
今のわたしのカオが、『えがお』だったのかな…?
「ふしぎな子ね…。疑問に思うようなところだった?」
「あ…ごめんなさい。わたし、分からないことがおおくて…。」
話しあいてになってくれてるのに、ちゃんとことばを返せてない。
ちゃんと、がんばらないと。
「…ね、そういえばあなた、年齢は?」
「『ねんれい』…?」
がんばろうとしてすぐに、分からないことばが出てきちゃった。どうしよう…。
「そういや、具体的に聞いたことは無かったな。連中から大体の予想は聞いてたが。」
「先輩の落ち度じゃないですか…。」
佐堂さんとあまみやさんが、『いす』にすわってわたしたちを見ながら話してる。
おねがいしたら、いろいろおしえてくれると思うけど、もうすこし一人でがんばりたい。
「えっと、『ねんれい』ってどんなの?」
「生まれてから今までに、何年経ったかってことね。」
うまれてから…。
つまり、あのばしょにわたしが『いた』さいしょのときから、一年が何回すぎたかってこと、かな。
「一年って、何日だっけ?」
「三百六十五。」
「即答だな。俺があのくらいの頃は、一年が何日とか気にしてなかったけどな。お前の子、お前より遥かに優秀なんじゃねえか?」
「先輩は先輩で、その辺り大雑把すぎると思いますけど…まあ、あの子が僕より優秀なのはそうだと思います。我が子ながら、驚かされることもよくあります。」
いつの間にか、ふたりもおしゃべりをしてるみたい。たぶん、あまみや しずくさんがすごいって言ってる。
と、ふたりのおしゃべりを聞いて、あまみや しずくさんがふしぎなカオになってた。
『いや』っていうカオじゃない、と思う。うーん、これはもしかして…?
「ふわってきもち…、『うれしい』…かな…?」
「…は?何が?」
とつぜんのことばに、びっくりしてる。
あたりまえのはんのう。せつめいしなきゃ。
「あまみや しずくさん…。すごいって言われて、『うれしい』って思ったのかなって。」
わたしのことばを聞いたら、またふしぎなカオになって、なぜかわたしのほっぺたをかるくぐにぃーっとしてきた。
「そういうことは、気付いても言わないものよ…!」
言っちゃいけないことを言っちゃったみたい。それは、ちゃんとあやまらないと。
「ごめんなさい…。へんなことばっかり言っちゃって…。」
「…!……別にいいわよ。本気で怒ってるわけじゃないわ。本気のときは、グーで殴るもの。」
「!そうなんだ。」
おこってなくて、よかった。
あまみや しずくさんは、ほんきでおこったら『ぐーでなぐる』。おぼえておこう。
「こらこら、雫。本気で怒っても、殴っちゃ駄目だよ。」
「大丈夫よ、お父さん。わたしが本気で怒るときは、完全に相手が悪いときだもの。だから、殴っていいわ。」
「いや、大丈夫じゃないよ…?」
あまみや しずくさんはつよい人みたい。これも、おぼえておこう。
「それより、あなた。自分がいくつか分かった?」
「あ、うん。生まれてから今までは、六年と百十四日だった。」
「随分正確な日数まで覚えてるんですね…あの子。」
「ああ。流石だな、緋乃」
こんどは、わたしもすごいって言われてるみたい。
わたしのカオも、ふしぎになってるかも。
「つまり、六歳ね。同い年だわ!なら、お互い変な気遣いはいらないわね。とりあえず、呼び方!わざわざ苗字も呼ばなくても、雫でいいわ。」
「じゃあ、しずくさん?」
「『さん』はいらないわ。呼び捨てが合わないなら、雫ちゃんにして?」
「わかった、しずくちゃん。」
「よし!じゃあ、あなたの名前は?」
「あ…。」
わたしの『なまえ』。
なまえをくれた佐堂さんいがいの人に、自分で言うのは、はじめてのこと。
わたしが、わたしをたしかめるための。だれかに、わたしをしってもらうための。
わたしの『なまえ』。
「緋乃。」
ことばにしたら、なんだか体があつくなってふしぎなかんじ。
「わたしのなまえ。緋乃。よろしくね、しずくちゃん。」
「うん。よろしく、緋乃!」
こうして、わたしはしずくちゃんと『なかよく』なるための、さいしょのおしゃべりができた。
つよくてやさしい、しずくちゃん。
わたしはまだ、『なかよく』もよく分かってないけど。
でも、今のこのふわってしたきもちが、『うれしい』ってことなのかもしれない。
そうやって、すこしづつでも、いろんなことをしっていきたい。
「あ、しずくちゃん。なまえの文字、おしえてもらってもいい?」
「え?いいけど。はい。」
「雫って漢字、書けんのか!マジで優秀だな。」
「僕の方、見ないでくれますか?」




