二/三 誰が為の戦いか
紗羅さんが帰った後、事件の話に集中して、午後の運動の予定のことをすっかり忘れちゃってたことに気付いた。
「そうだ…!運動の話、どうしよう…?なんだか、凄いことになってきちゃったけど。」
「瑠佳はまだ誘ってないし、また今度にすべきでしょうね。夜に動くなら、今のうちに休んでおいた方がいいでしょ。」
わたしを気遣いながらも、まだどこか不満そうな顔の雫ちゃん。
これは単に、紗羅さんに対する不満ってだけじゃなくて、わたしが危ないことをするのが嫌なんだろうなと思う。心配をかけちゃうのは申し訳ないけど、でもやっぱり、放っておけないから。
「一応確認。佐堂さんの仇に復讐するつもりとか、無いわよね?」
わたしの顔を見て危ういモノを感じたのか、雫ちゃんがそんなことを聞いてきた。確かに思うところはあるけど、復讐とは違う気持ちだと思う。
「恨みとかで戦う訳じゃないけど…あのときの怪物が生きてるなら、どうにかしなきゃとは思ってる。『アレ』は、凄く危険な存在だった。きっと、今回の事件の犯人より、多くの人を傷付けると思う。」
紗羅さんも言ってた。今回戦う怪物より、あのときの怪物の方が全然強いって。命を奪うことに何の抵抗も無さそうだったし、もし生きてるなら今も命を奪い続けてるかも。
それに、あの怪物が無差別に命を奪わない存在だったとしても、わたしが関われば、きっとあのときと同じことをする。『アレ』は、わたしに何か興味があるみたいだったから。
そうなったとき、わたしの周りに居る人達が傷付かないように、わたしは強くならなきゃいけない。
「そう。でも、復讐じゃないなら良い…とは言えないわ。怪物共と戦ったら、アンタが無事じゃ済まない可能性もある。もし、殺されでもしたら本気で恨むわよ、緋乃。」
真っ直ぐわたしの眼を見て、力強く言う雫ちゃん。
分かってる。雫ちゃんはきっと、わたしが死んだら凄く悲しむ。わたしに限らず、知ってる人が死んじゃったら悲しむ人だって分かってる。
だから、『死んでもいいからやる』なんてつもりは全然ない。雫ちゃんを悲しませるのも、恨まれるのも嫌だから。
「大丈夫、死なないよ。ちゃんと気を付けて戦うし、わたしが頑丈なの知ってるでしょ?」
「頑丈だからって殴られてもいい、なんて考えには、私が本気で怒るっていうのも知ってるでしょ。」
勿論、知ってる。
わたしが、小学校に入ったばかりの頃。クラスの男の子に悪戯に誘われて、断ったらパンチされちゃったことがあった。わたしは、それが良くないことなのは知ってたけど、痛くなかったから怒ったりしないで、話し合って仲良くなろうとした。
でも、それが却って気味悪がられちゃって、上手く話せなかったことに落ち込んで、雫ちゃんに『どうすれば良かったんだろう?』って相談した。そしたら、雫ちゃんに凄く怒られた。
『そうね、それは間違いだわ。いい?たとえ、勢いでやっちゃっただけでも、殴ってきた以上、相手にはアンタを傷付けるつもりがあったってことよ。なのに、怒らないなんて駄目よ。痛くなかったとしても、アンタを大事にしてくれない奴には、ちゃんと怒りなさい。もっと、自分を大事にしなさい。』
決して怒鳴ったりはしなかったけど、雫ちゃんが物凄く怒ってて、それから、わたしを大事にしてくれてるのは充分伝わってきた。
痛くない傷を負うことにも、それだけ真剣に怒ってくれた雫ちゃんが、ちゃんと痛い傷を負う可能性のある今回の件に難色を示すのは、無理もないこと。
それでもわたしは、
「わたしは、傷付きたくないから戦うの。誰かの命が奪われたら、悲しくて苦しい。それが身近な人だったら、もっと。だからわたしは、わたしが傷付かない為に戦う。雫ちゃんが、自分を大事にしなさいって言ってくれたから。」
わたしも真っ直ぐ雫ちゃんの眼を見て、笑いかけながら宣言する。
そんなわたしの宣言を受けて、雫ちゃんは一瞬、少しだけ眼を逸らしてから、
「……全く、変なところまで成長して。それ言われたら、止める訳にもいかないじゃない。誰から学んだのよ、そういうやり方。」
口を尖らせながらも、わたしの意思を尊重してくれる雫ちゃん。…ありがとう、ちゃんと受け止めてくれて。
それはそれとして、誰から学んだのかは鏡を見るのが一番早いかも?
「私も一緒に戦えれば、少しは心配も減るんだけど。見えない、触れないんじゃ足手纏いにしかならないものね。紗羅さんが、見える方法教えてくれれば良かったのに、自分の都合だけ話して帰るとか本当ふざけた人だわ、あの人。」
「でも、怪物を見えるようにする方法なんて、そんな簡単に教えられないのもしょうがないと思う。そのあたり、結構ちゃんとしてるんじゃないかな、紗羅さん。」
なんとなく、ただ自由なだけの人じゃない気がしてる。自由なところも、紗羅さんの素だと思うけど。
「だと良い…………いや、むしろ良くない気もするわね…。その分別がつく上であのふざけようは、余計にタチが悪いわ。でも確かに、人の気持ちが分かっても気にしないって言ってたわね…。他のことに関しても、分かっても気にしないってことは充分あり得るか…。」
紗羅さんの在り方に、頭を悩ませる雫ちゃん。紗羅さんについては、まだまだ分からないことも沢山だし、あくまで推測の域を出ない。
今夜の件で、紗羅さんのことももう少し分かると良いけど。
「まあ、紗羅さんの話はとりあえず置いておきましょう。もうお昼だし、ご飯にしましょうか。緋乃、食べたい物ある?夜に備えて、心も体も栄養摂っときなさい。」
「!分かった、何が良いかな…!」
雫ちゃんの提案に、心が躍る。『腹が減っては戦ができぬ』って諺もあるみたいだし、夜、頑張る為にも、今は充分に備えておかなきゃ…!




