二/二 開戦準備
「おお〜!綺麗なお家だねぇ!」
家の中を見回して、子供のように笑う二十二歳の女性。不思議な人だけど、ずっと楽しそうにしてるから、見てるとわたしも楽しくなってくる。
「さて!それじゃあ、仲良くお菓子でもつまみながら、お話し会といこうか!」
くるりとこっちを振り返って、そう提案する女性。それを聞いて、お菓子を用意しようとしたわたしを手で制しながら、雫ちゃんが女性に問い掛ける。
「その前に一つ。まだ、あなたの名前も聞いてないわ。それくらいは、先に教えてもらえるかしら。」
確かに、わたしも名前は聞きたいと思ってた。座ってからでもいいかなと思ってたけど、警戒してる雫ちゃんは、すぐに聞いておきたいみたい。
名前を教えてくれるかどうかで、どのくらい信用できるか―――いや、どっちかというと、どのくらい信用できないかを測ろうとしてるのかも。
「おっ!私の名前!?よくぞ、聞いてくれたね!私のことは、『シャーラさん』と呼んでほしいなっ!!」
胸に手を当てながら堂々と言い放つ、暫定『シャーラさん』。でも…、
「いや、どう見ても日本人でしょ、あなた。本名を教えなさいって言ってるんだけど。」
偽名と思われる名乗りに、不機嫌さが増す雫ちゃん。
雫ちゃんは基本的に、『明るくて元気だけど、ちゃんと真っ直ぐ向き合ってくれないような人』が、凄く苦手みたい。わたしは、明るくて元気な人なら大体好き。なんだけど…、
「わたしも、名前はちゃんと知りたい。名乗りたくない理由があるなら、無理にとは言えないけど…。」
「私は無理にでも聞くわよ。ちゃんと教えなさい。」
断固として譲らない姿勢の雫ちゃん。これは、ちょっとわたしにも怒ってるかも。ごめんなさい…。
「いやあ、あえて本名を名乗らない方が、お姉さんのミステリアスな魅力が出ると思って。もう少し焦らさせてもらえたら、お姉さん、嬉しいんだけどなー?」
口元に指を当てながら、お願いする『シャーラさん』。でも残念ながら、雫ちゃんにそういうのは効かない。
「なら、やっぱり帰ってもらうわ。偽名を名乗ってくる人なんて、信用できる理由がないもの。」
予想通り、バッサリと切り捨てる雫ちゃん。それを受けて、『シャーラさん』は少し慌てた様子を見せて、
「えー……!…………っもう、しょうがないなぁ!比木 紗羅、それが本名。」
渋々ながらも、本当の名前を教えてくれた。
「素敵な名前だね…!わたし、好きだよ。でも、偽名を使おうとしたってことは、紗羅さんは気に入ってないの?」
「ううん、私も可愛くて好きだけど……でも!!『シャーラさん』のが、ミステリアスなお姉さんっぽさは上だと思って!特に、年下の子にはそう呼ばれたいっ!」
「何のこだわりよ…。」
熱く語る紗羅さんと、それを見て呆れる雫ちゃん。
何はともあれ、ちゃんと名前を聞けたからこれで本題に入れる。
わたしはお菓子を用意して、リビングのテーブルの上に置いた。それぞれが別の方向の椅子に座って、皆で向き合う形で話を始める。
「それで、紗羅さん。事件のこと、教えてもらえるってことでいいんだよね?」
「言っておくけど、ふざけるのはやめてよね、紗羅さん。ちゃんと真面目に話しなさい。」
「もう紗羅さん呼びで定着しそう…。いつもそう…年下の子はシャーラさんって呼んでくれなくて、別に呼ばれたくない奴ばっかり、茶化して呼んでくる…。どうして……。」
話を始めようとしたわたし達の呼び方に、結構ちゃんと落ち込んでる様子で、肩を落とす紗羅さん。
でも、やっぱり素敵な名前だと思うし、それにわたしは、人の名前はちゃんと本名で呼びたいから。
「まあ、めげても仕方ないっ!私が素敵なお姉さんであることは、行動で示すとしよう!」
紗羅さんは顔を上げて、すぐに笑顔に戻った。なんとなく感じてたけど、やっぱり、紗羅さんは強い人なのかも。
「本題に入る前に、次は君達の番!君達の名前は何て言うの?」
「ウチの場所は調べてきたのに、名前は調べてないのね…。まあ、この際それはいいわ。天宮 雫よ。」
「わたし、白羽 緋乃です…!よろしく、紗羅さん。」
ようやく、ちゃんと挨拶を交わすことができた。これで改めて、本題を話せる。
「……事件のこと、わたしみたいな存在と関係があるんだよね?紗羅さん。」
「うん、なんとなく察してるみたいだけど、その通り!この前、この近くで起きた殺人事件。その犯人は、緋乃ちゃんと同じような怪物だねっ!」
わたしを指差して、笑顔でいう紗羅さん。
その言葉に、雫ちゃんは怒った様子で返した。
「人を殺すようなのと、緋乃を同じ括りで語るのは辞めてくれる?あなたに他意がなかったとしても、不快にさせるかもしれないって思わないのかしら。」
事件を起こした存在とわたしのことを、『同じような怪物』って一纏めにしたことに怒ってくれてる。
怪物。わたしがそう呼ばれることは、きっとおかしなことじゃない。
人じゃないのは本当だし、得体の知れないわたしを受け入れてくれた佐堂さんや天宮家の人達が、すごく優しいだけなんだと思う。
それでも、雫ちゃんはそれは違うって怒ってくれてる。それは、なんだか少し嬉しくて、『気にしてないから大丈夫』って言うのが遅れちゃって、その前に紗羅さんが喋り始めた。
「んー、でも、怪物なのは事実だもんね。ここを訪ねたのもそれが理由だし、事実を言っただけな以上、訂正はできないかなぁ。」
「本当に嫌いだわ、あなたみたいな人。好き放題な振る舞いをする癖に、他人には感情より理屈で論じてくるとか、碌でもないわね。」
「おっと!誤解しないで?私、倫理観をほとんど、お母さんのお腹の中に置いてきちゃっただけで、人の心が分からない訳じゃないんだよ?分かっても、あんまり気にしないだけ!」
そっか。紗羅さんの言葉を聞いて、一つ合点がいった。何を言われても堂々と話してるのは、その気にしない姿勢に起因するのかも。
今も堂々と胸を張ってる。紗羅さんは、いつでも自分がブレない人みたい。
「碌でもないのに変わりはないわね…。」
「うん、それはそうだね!私も、自分でそう思う!でも、その代わり、私の気持ちを誰も気遣ってくれなくても、文句は言わないよ!そこはお互い様だもんね!」
その言葉を聞いて、わたしは紗羅さんってちゃんとしてるなって思った。自分のしたいようにする為に、相手がしたいようにするのも受け入れる。それなら、ちゃんと対等だから、筋が通ってる気がする。
ただ、雫ちゃんはやっぱり、紗羅さんの振る舞いに納得がいってないみたい。さっき言いそびれちゃったけど、わたしは気にしてないってちゃんと言わなきゃ。
「大丈夫だよ、雫ちゃん。わたし、怪物って言われても別に嫌じゃないから。」
むしろ、どっちかといえば自然なことだと思うし。わたしとしては、嫌な理由もあんまりない。
「…緋乃はそう言うでしょうね。正直、今のはアンタの為っていうより、私が嫌だったから言ったわ。ごめんなさい、話の邪魔しちゃったわね。」
少し申し訳なさそうに謝ってくる雫ちゃん。でも、気にしないでほしい。雫ちゃんが怒ってくれたことは、嬉しかったから。
「それでね、事件を起こした怪物についてなんだけど、」
怪物呼びに関して話がついたと見た紗羅さんが、早速事件についての話を再開した。
流石、紗羅さん。済んだことへの切り替えが早い。
「まずは、前提から話してあげよう!私の言う怪物っていうのは、本来、人間には認識できない存在。それでいて、私達の研究によって存在が確認されたモノのことね。ここまではいい?」
紗羅さんの言葉に、頷いて返す。今の話は、佐堂さんから聞いてた『おかしなやつら』さんの話と一致する。
この時点で、紗羅さんが佐堂さんの知り合いであること、『おかしなやつら』さんの一員であることが確定する。わたしとしては、もう充分、紗羅さんの言葉を信用できる。
「で、その怪物達は、認識できないままなら人に触れたり出来ないんだけど、そうなると当然、危害を加えることも出来ない。つまり、危害を加える前に人に認識される必要があるんだけど…、ここで問題!君達が人に認識される方法、緋乃ちゃんはちゃんと自覚してるかな〜?」
ニマッとしながら、問い掛けてくる紗羅さん。多分、わたしが自覚してると確信した上で、聞いてきてる。
勿論、ちゃんと分かってるけど…。
「わたし側が、人に認識されることを自然だと思うこと……だけど、紗羅さん達は、自分からわたし達を認識できるようにする方法を、持ってるんだよね?」
その方法を使って、佐堂さんはわたしに会いに来てくれた。そういう話だった筈。
「うん、その通り!でも、一般人にその方法を授けるようなことはしないし、今回の被害者は私達と関わりのない人だから、そっちは一旦置いといて!」
置いておくというより放り投げるような手ぶりをしながら、紗羅さんはそう言った。
つまり今回の事件は、犯人側が最初から、人に認識されることを自然だと思ってたってこと…?
「でも、人に認識されるのが自然だと思ってる奴って、そんなポンポン居るものじゃない筈でしょ。緋乃以外には、そういう存在に会ったことないし。本当に、あなた達は関係ないのかしら…?」
紗羅さんに疑いの目を向ける雫ちゃん。それに対して、変わらない調子で紗羅さんは返す。
「実際、普通はありえないから、疑うのは分かるけどね。でも、疑いを晴らす方法も無いから、無視して進めるね!どうも今回の怪物は、標的を決めてからその人に自分が見えるように、無理矢理、意識してるみたいでね。」
標的に自分が見えるように意識してる――。
つまり、殺す相手を先に決めて、『その人には自分を認識できる』と思い込むことで、他の人には認識されないまま殺人をしてるってことかな…。
確かに、それなら目撃者は出ない。犯人が姿を見せるのは、殺人の瞬間、被害者に対してだけだから。
「今までも、人知れず人間に危害を加えるタイプの怪物を観測したことはあるんだけど、ここまで殺害に特化した奴は珍しくて。流石に放っとけないから、犯人を討伐しにきたんだよね!」
事件の犯人の特性と、紗羅さんがこの町に来た経緯は分かった。
でも、それだけじゃまだ、わたしを訪ねて来た理由と、犯人がわたしの知ってるモノなのかは分からない。もう少し、深く切り込んでみよう。
「紗羅さんは、佐堂さんと知り合いなんだよね?じゃあ、佐堂さんが亡くなったときの話も聞いてる?」
「うん、聞いてるよ?……あぁ!そっか、今回の犯人が、佐堂くんの仇かどうかが気になってるんだね?今回のは全然、別の奴だよ。殺害に特化してる、とは言ったけど、『そいつ』と比べたらめちゃくちゃ弱い奴だから。」
「そう……なの…?」
わたしの意図を汲んで答えてくれた紗羅さんだけど、その内容は意外なものだった。
似たような存在が他にも居る、までは分かる。でも、殺された人の傷痕まで似てたらしいから、犯人も同じなんじゃって思ってたんだけど…。
「瑠佳が知り合いに聞いたって話じゃ、遺族の人も動揺してたらしいし、所詮、又聞きだから、大して似た傷じゃなかったのかもね。」
わたしの様子を察した雫ちゃんが、そんな風に言った。確かに元々、確実性はそんなにないって話だった。
それになんとなくだけど、わたしもあのときの怪物とは違う気がしてきた。『標的に認識してもらう為に無理矢理、意識する』とか、『殺害に特化してる』とか、なんとなくしっくりこない。
あのとき見た怪物はもっと、肩の力を抜いて、余裕のある感じで遊んでるような……そんな印象の存在だった。
「そっか…あのときの怪物とは、関係ないんだ。でも、それなら尚更、なんでわたしを訪ねて来たの?」
今回の犯人とわたしに直接的な関係がないなら、わたしへの用事って何なんだろう?
疑問に思うわたしに対して、紗羅さんは、立ち上がって胸を張りながら言い放つ。
「それは勿論!怪物と戦える戦闘能力がない私の代わりに、今回の犯人を討伐してもらう為だよ!目には目を!怪物には怪物を!ねっ☆」
戦ってほしいと言いながら、ウィンクをしてくる紗羅さん。
わたしが、戦う…。そんな非日常的なお願いをされることに、わたしはあんまり違和感を感じなかった。けど、
「そう、そういう話ね…。」
雫ちゃんは、今の言葉を聞いて少し難しい顔をしてる。わたしを心配してくれてるのかもしれないけど、このお話は引き受けるべきだと思う。
「雫ちゃん、人が殺されちゃってるくらい大変な事態だし、誰かがやらなきゃいけないと思う。相手がわたしと似た存在なら、わたしがやるのが適任だと思うし、わたし、やるよ…!」
「緋乃……。」
真っ直ぐ雫ちゃんを見て、わたしの考えを伝える。雫ちゃんは、『分かってる』って想いと、『それでも、傷ついてほしくない』って想いが混じったような表情をしてから、
「……いいわ。でも、それなら私もやる。戦力が多くて困ることはないでしょ?」
いつも通りの顔に戻って、そう提案してきた。確かに、雫ちゃんが居たら頼もしいし、嬉しいけど…。
どうしようかと悩んでたら、わたしより先に紗羅さんが答えた。
「あ、それは無理だよ。普通は見えないって言ったでしょ?緋乃ちゃんにお願いしてるのは、怪物同士だから、お互いを当たり前に認識できるっていうのもあるし!」
そう言って、雫ちゃんの参戦を断る紗羅さん。そんな紗羅さんに、雫ちゃんは凄く不満そうに抗議した。
「その為のあなた達でしょ。その怪物が人に見えるようにする方法、あるんでしょ?貸しなさいよ。」
ほら、と手を出しながら、紗羅さんを睨みつける雫ちゃん。雫ちゃんの言う通り、紗羅さんにはその手段がある筈だけど…。
「いやぁ、緋乃ちゃん一人で充分な相手だし、態々ウチの技術を貸す程じゃないなー。そんな訳で、今回は雫ちゃんはお留守番しててよ!天宮家の子なら、それなりに動けるだろうけど、二人のコンビネーションはまたの機会にね!」
明るく言う紗羅さんに、やっぱり怒った顔の雫ちゃん。でも、秘密の技術を無闇に貸せないのは仕方ないと思うし、今回はわたし一人で頑張ろう。
「それで、怪物と戦うのはいつがいいかな?怪物の居場所は紗羅さんに聞かないとだし、紗羅さんの都合が良いときになると思うけど…。できれば、早い方が良いな。」
今も被害が出続けてる可能性もある以上、のんびりはできない。正直、すぐにでも動きたいところ。
「うん、私も早い方が良いと思うから、決行は今夜!人が起きてる時間だと目立っちゃうかもだから、深夜にやるよ!」
「今夜って、いくらなんでも早過ぎでしょ…。事件のこと、お父さんにも聞いておいたのに…。今日は帰らずに調べて、明日報告してくれるって話だったけど、それじゃ意味なくなっちゃうわ…。」
思わぬ展開に、少し頭を抱える雫ちゃん。
とっても申し訳ないけど、事件解決は早い方が良い。まずは、事件をちゃんと解決して、それから、天宮さんと雫ちゃんにお詫びしよう。
「それじゃ、話も纏まったところで、私は帰るね!夜になったら迎えに来るから、緋乃ちゃんは起きててよっ?」
そう言って、くるっと回って帰ろうとする紗羅さんを、わたしは呼び止めた。あと一つ、聞いておきたいことがある。
「紗羅さん。大人の紗羅さんが小さいのは、どうして?もしかして、紗羅さんも普通の人じゃなかったり…?」
紗羅さんが二十二歳って聞いたときから、気になってた。わたしと似た存在じゃなかったとしても、普通の人とも違うのかもしれない。
そんなわたしの問い掛けに、紗羅さんは変わらない笑顔で答えた。
「ううん、私、普通の人間だよ。小学生のときの成長期がきたあと、全く背が伸びなかったってだけ!」
「なにそれ……倫理観だけじゃなくて、成長期も、お母さんのお腹の中に置いてきちゃったんじゃないの?」
雫ちゃんの鋭いツッコミを受けても、笑顔のまま楽しそうに去っていく紗羅さん。
その後ろ姿を見届けながら、今夜のことを考える。
あのときの怪物とは、違う犯人。そんなに強くないみたいだけど、だからって油断は出来ない。わたしは今まで、戦ったことなんてないし。
それに、もしかしたらあのときの怪物が、ひょっこり現れることもあるかもしれない。あのときだってそうだったから、可能性がない訳じゃない。
今日、現れなかったとしても、生きてたとしたら、いつか出会うときが来るかもしれない。
なら、強くならないと。
今度はちゃんと、誰も失わないように。




