一/八 スヌーズ
気が付いたら、暗闇の中にいた。
果てのない暗闇の中、独り立っているわたし。
昨日の夜、眠りについたところが最後の記憶。ならこれは、もしかして夢…?
でも、それは変。わたしは元々、眠る必要のない存在だったから、わたしがやってることは厳密には睡眠じゃない。
意識のスイッチを切り替えているようなイメージ。オンオフを切り替えているだけだから、人みたいに曖昧な意識で夢を見る、なんてことは起きない筈。
なら、これは一体何なんだろう。
とにかく何か行動してみよう…と体を動かしかけたところで、ふと、目線の先に人影が現れた。
「佐堂さん……?」
人影が少しづつ鮮明な姿になっていって、ハッキリと見えるようになった。その姿は、間違いなく佐堂さんだった。
これが夢とは違ったとしても、きっと現実のことでもない。だから、佐堂さんが生きてた…なんてことはない。
それでも、この出来事に何か意味があるんじゃないかと思って、佐堂さんの近くに歩み寄ろうとする。
――その直後、佐堂さんのお腹に『あの日』と同じ穴が開いた。
「……っ!」
倒れ込む佐堂さんの姿を、立ち尽くして見ることしかできないわたし。
血が流れて、止まらなくて。何もできないまま、佐堂さんの体から熱が失われる。
――ああ、『あの日』と同じだ。
体中の力が抜けて、わたしはその場に座り込む。悲しさと苦しさが込み上げて、気付けば『あの日』のように、目から涙が溢れてた。
『あの日』と同じ、息苦しさ。
『あの日』と同じ、無力感。
――そして、『あの日』と同じ、声が聞こえる。
「ははははははははははッ!!」
脳髄に響く、嫌な声。
「ははははははははははッ!!」
何度も、何度も、繰り返し響く。『あの日』と同じように。
――ああ 本当に うるさい。
つらくて くるしくて たえられなくて。
それで わたし は きいたことの ない こえ を あげて
それから―――――――――――――――――――
それから わたし は あのとき なに を したんだっけ――――。
―――――――――――――――――
「――――っは………!」
強烈な悪寒を感じて、飛び起きた。
自我が薄れて、何か別のモノに切り替わりそうな感覚があった。
体が震えて、息が凄く乱れてる。
「緋乃…!」
「…っ…………ぁ………ぅ…。」
誰かが、わたしの手に優しく触れながら、声を掛けてきた。
なんとか意識の焦点を合わせて、声の方に視線を動かす。
「雫…っ……ちゃん…。」
「落ち着いて、私、居るから。……すぐには聞かない。でも、落ち着いたらちゃんと話して貰うわ。話し辛いことなら話さなくて良い、なんて言ってあげられる程、優しくないから。」
優しくない、なんて言いながら、優しい声色で話す雫ちゃん。
知ってる。雫ちゃんが辛そうな人を見たとき、無理にでも話を聞こうとするのは、取り返しがつかなくなる前に頼って欲しいから。助けられるうちにちゃんと助けたいっていう優しさ。
それで自分が嫌われちゃっても、相手を助けられるなら良いって思ってる。だからやっぱり、雫ちゃんは優しい人。
そんな雫ちゃんの優しさのおかげで、少しづつ落ち着きを取り戻してきた。
「………ありがとう、雫ちゃん。ちょっと落ち着いてきた…。」
「ん、よろしい。水でも持ってきましょうか?」
「大丈夫…。近くに居てくれた方が、嬉しい。」
そのとき、ふと気付いた。いつの間にか、雫ちゃんの腕を強く握っちゃってたことに。
「あっ…ごめん、雫ちゃん…!痛かったよね…!?」
慌てて腕を離しながら謝る。結構力が入っちゃってた感覚があるから、ちゃんと痛かった筈。
なのに、雫ちゃんは表情を変えずに優しく接してくれた。
「まあ、痛かったけど気にしてないわ。むしろ、それだけ異常なことが起きたって合図として、分かりやすくて良いわ。下手に平気なフリされる方が厄介だもの。」
本当に、雫ちゃんは凄く優しい。あまりにもありがたくて、泣きそうになっちゃうくらい。
「それでも申し訳なく思うなら、なんでそんな状態になったのか、ちゃんと話して。それでチャラにしましょう。」
「うん…!ちゃんと話す。ありがとう、雫ちゃん…!」
改めてお礼を言って、それから、さっき見た光景のことを話した。
―――――――――――――――――
説明しながらリビングに移動して、お茶とお茶請けをテーブルに運んだ。
説明を終えて、一息つきながら二人で話す。
「夢を見ない筈なのに、寝てる間に十一年前の出来事を見た、と。」
「うん…。こんなこと初めて。わたし、どうしちゃったんだろう…。」
十一年間の生活で、人のことは色々分かってきた。でも、わたし自身のことはまだ全然分かってないことばっかりで。
もしかしたら、その弊害が出始めたのかもしれない。いい加減、わたしはわたしの正体を知らなきゃいけないときが来た。
あの光景は、それを示す警報みたいなモノだったのかも?
「単純に、昨日の瑠佳の話がきっかけなんじゃない?話を聞いたときに調子を崩したのも、佐堂さんの件と共通点があったから…なんでしょ?」
「それは、そうなんだけど…。」
それだけで、今まで見たこともなかった夢のようなモノを見ちゃうものなのかな…。なんとなく、それだけじゃない気がして引っ掛かるモノがある。
「あとは、そうね…。そういえば昨日、学校帰りに絢瀬と居たのよね?そのとき、何話してたかは聞いてないけど、そっちはどうなの?」
雫ちゃんは昨日、生徒会の業務が終わって帰るところで、わたしと別れた後の灰くんと校門近くでバッタリ会って、そのときに、わたしと一緒に居たことを聞いたみたい。
「灰くんとは、普通におしゃべりしてただけだよ。瑠佳ちゃんの話を聞いてから、元気がなくなっちゃってたわたしを気遣ってくれたみたい。嬉しかった…!」
「それは良かったわ。けど、それならやっぱり瑠佳に聞いた事件がきっかけかしら…。同一犯の可能性があるから、気が気じゃないって感じ?」
確かにそれはある。もし、同じ存在がまだ生きてて、誰かを傷付けることを続けてるなら、どうにかしたいって思う。
勿論、違う存在の犯行だったとしても辞めさせたいことだけど、流石に人の犯行なら、警察さんに任せた方が良いかなって思うし。
「とりあえず、事件についてお父さんに相談してみるわ。犯人が人かどうかくらいは、ハッキリさせたいものね。」
「うん、そうだね。天宮さんが大変かもしれないけど…。」
「大丈夫よ。厄介事の可能性があるなら、お父さんだって放って置きたくないでしょうし。」
そう言って、優しく笑う雫ちゃん。昔からずっと、天宮家の皆にはお世話になりっぱなし。
申し訳ない気持ちもあるけど、おかげでわたしは元気に過ごせてる。
「折角の休日なんだし、難しいこと考えすぎてても良いことないでしょ?一先ず、この件はお父さんに任せて普通に過ごしましょ。」
「うん…!ありがとう。」
色んな人が支えてくれてる。だからこそ、暗い顔でいたら余計に申し訳ない。
雫ちゃんの言う通り、今は楽しく休日を過ごそう…!




