一/六 噂話
「緋乃ちゃん、雫ちゃん、おはよ!」
登校して教室に入った矢先、元気な声を響かせて瑠佳ちゃんが挨拶をしてきた。そんな瑠佳ちゃんを見ると、わたしも元気が出るような感じがする。
「おはよう、瑠佳ちゃん。」
「おはよう、瑠佳。今日も朝から元気ね。」
わたしと雫ちゃんも挨拶を返して、昨日と同じように三人でおしゃべりの流れ。
…と思いきや、その前にもう一人、声を掛けてきた人が。
「おはよう、お前ら。朝から元気だな、倉科。」
「灰くん。おはよう。」
昨日より少し早めに来た灰くんと、挨拶を交わす。瑠佳ちゃんとは対照的に、一声掛けたらすぐに自分の席に着く灰くん。
「今、雫ちゃんと灰くんに全く同じこと言われた…。二人の仲が良いって、そういうところ…?」
瑠佳ちゃんが、灰くんを見てまた考え込んでる。そんな瑠佳ちゃんの姿を見かねて、雫ちゃんが話しかける。
「あのね、瑠佳。昨日も言ったけど、私と絢瀬は大して仲良くないわよ。まあ、やたら嫌ってるわけでもないし、偶然、言いたいことが被ることもあるでしょうけど。」
朝の宣言通り、瑠佳ちゃんの認識を変えようとする雫ちゃん。それを受けて瑠佳ちゃんは、
「そうなの?灰くん。」
もう一人の当事者である、灰くんに意見を求めた。片方の意見だけを聞くより、双方の意見を聞いた方が確実、という堅実な行動を起こしたみたい。うん、凄く理にかなってる。でも、
「そうだな…。多分、俺にとって天宮は天敵だが、強い害をもたらす奴じゃないから、程良い距離感をギリギリ保ってる…みたいな関係性じゃないか?」
「それ、どういう関係…?」
正面突破な努力の甲斐も虚しく、瑠佳ちゃんの疑問は晴れなかった。灰くんも雫ちゃんも、お互いのような距離感の相手とは、独特の空気感で接してる。
素直じゃないという訳では、決してない。ただ、素直に思った通りに話した結果、嫌ってる訳じゃないのに、相手を褒める言葉とかが出てこないって感じなんだと思う。どうしてそうなっちゃうのかは、わたしにはまだよく分からない。
不思議。
「うーん…難しいなぁ、この二人…。」
「大丈夫。焦らなくても、瑠佳ちゃんならきっと分かるようになるよ。」
二人の関係性を掴めないことを嘆く瑠佳ちゃんを励ます。灰くんも雫ちゃんも、瑠佳ちゃんみたいに感情を分かりやすく表に出す人じゃないから、対照的な分ちょっと掴み辛いのかも。
そんなところで、キンコーンと予鈴が鳴った。
朝のおしゃべりはここまで。相変わらず、気づいたら自分の席に着いてる雫ちゃんに感嘆しながら、わたしと瑠佳ちゃんも席に着いた。
―――――――――――――――――
お昼休みになって、瑠佳ちゃんと雫ちゃんと三人で、お弁当を囲む。ご飯を食べながらする雑談の話題提供は、昨日に引き続き瑠佳ちゃんから。
「そういえば!朝も休み時間も、時間がなくて言えなかったんだけどね。ちょっと、物騒な噂を聞いたの。」
「物騒な噂?」
いつもより少し真剣な声色で話す瑠佳ちゃんに、ちょっと身構えるわたし。
対して、雫ちゃんはいつも通りの調子で聞き返す。
「噂程度じゃ信憑性は低いわね。まあ、頭ごなしに絶対にないって言い切るのも、危機管理としてはなってないから一応聞いておくけど…どんな話?」
「うん、あのね…昨日の夜、この辺りの路地裏で亡くなってる人がいたらしいんだけど…。」
『亡くなってる人』。その言葉を聞いて、さっきよりもさらに体が強張った。
事件や事故の話を聞くのは、初めてじゃない。けどやっぱり、死んじゃった人がいるという話は、いつになっても穏やかには聞けない。『あの日』のことを思い出しちゃうのもあるし、それが無くても単純に、誰かが死んじゃうのは悲しいから。
「その人の遺体がね…凄く変だったらしくて。」
「遺体が、変…?」
変って、どういうことだろう?世の中には、珍しい病気や狂気的な手段で殺害された、っていう死因もあったりするみたいだけど…今の瑠佳ちゃんの言葉は、それとは少しニュアンスが違うような…。
「…妙な言い回しね。どういう意味?」
雫ちゃんも同じように感じたみたいで、訝しげに説明を促す。
「それがね、人がやったとは思えないような傷痕だったんだって。」
「…動物か何かにやられたような傷ってこと?確かに、町の路地裏でそんな死に方をするのは、変だけど…。」
人以外の手でやられた、という話なら、別の生き物の可能性を考えるのが妥当。雫ちゃんは、そう考えたみたい。
自然な考え方だと思うけど、瑠佳ちゃんの答えは違ってた。
「ううん、そうじゃなくて。―――抉れてたんだって。腰の辺りが半分くらい、綺麗な円みたいな形に。」
「―――――――――――え…。」
それは、知ってる。
十一年前、同じような傷を付けられて死んじゃった人を、目の前で見た。
「抉るだけなら方法はあるかもだけど、綺麗な円形に抉るっていうのは、人にも動物にも無理なんじゃないかな。だから、凄く変だなって。」
忘れられる筈もない、『あの日』の記憶が脳裏を過る。もし、本当にそれが、同じ傷だったとしたら。それは、傷を付けたのも同じ存在…ということ?
「……ぅ………っ…。」
「緋乃ちゃん…?」
なにか よくないかんじが する。
あたまと こころの なか が くらくて つめたいもの で いっぱい に なる ような……
「緋乃…!」
「!」
雫ちゃんに肩を揺すられて、意識が浮かび上がる。
………今、何か、意識がおかしくなってた。閉じるんじゃなくて、途切れるみたいな…。
「緋乃、大丈夫?…ここじゃ話し辛いことなら、場所を変えるけど。」
わたしを気遣いながら、そう言ってちらりと瑠佳ちゃんの方を見る雫ちゃん。
わたしの様子を異常なモノだって感じて、異変の理由が、わたしが人じゃないってことに起因するものかも知れないと思って、人気のない場所に移動する?って聞いてくれてるみたい。
でも、これでどこかに移動しちゃったら、瑠佳ちゃんが凄く困惑しちゃうと思うし、雫ちゃんのお陰で少しは落ち着いたから、このままでいい。
「大、丈夫…。ちょっと…びっくりしちゃっただけ。ありがとう、雫ちゃん。」
「………。…まあ、一先ず、それで飲み込んであげる。とりあえず、水飲んどきなさい。何もしないよりは落ち着くでしょ。」
わたしの意図を汲んで、深く追及しないでくれた。その心遣いに感謝しながら、手渡された水を飲む。そんなわたしの様子を見て、瑠佳ちゃんが青い顔になってた。
「ごめん緋乃ちゃん…!やっぱり、ご飯中にする話じゃなかったかなぁ!?危ないから、夜、出歩かないようにしようねって言っておきたくて…!忘れないうちに、思い出したときに言おうって思ったんだけど、それは私の勝手な都合で、そもそも言いたいことそんなにすぐ忘れるなって話だよね!?」
慌てながら、凄く申し訳なさそうにしている瑠佳ちゃん。でも、全然気にしないでほしい。今のは、偶然わたしにとって、特別、意味を持つ話だっただけ。
瑠佳ちゃんがそれを知らないのは、何もおかしなことじゃないから、瑠佳ちゃんは悪くない。…んだけど、わたしがそれを口にする前に、雫ちゃんが話し始めた。
「まあ、ご飯中じゃなくても、そういう話自体が苦手な人も居るでしょうから、気を付けた方がいいのはあるわね。」
「そうだよね…。本当にごめんね、緋乃ちゃん…!」
動機がなんであれ、良くなかった部分には『良くない』とハッキリ言うのが雫ちゃん。
それもまた、雫ちゃんの素敵なところなんだけど、今回は少し優しくしてあげてほしい。わたしの反応が普通じゃなさすぎて、きっと凄くびっくりさせちゃったと思うから。
「わたしの方こそごめんね、瑠佳ちゃん。反応が大袈裟で、びっくりしたよね…?えっとね、昔、似たような話をわたしも聞いたことがあるから、噂が本当なのかもって怖くなっちゃって。」
異常な反応の理由を、作り話で誤魔化した。嘘を吐くのは良くないけど、本当のことを話しても、それはそれでまた困惑させちゃうと思ったから。
「そうだったんだ…!じゃあやっぱり、夜は出歩かない方が良さそうだね…。傷痕の話がどこまで本当かは分からないけど、殺人事件があったのは本当っぽいし…。」
「…?今の話で、殺人事件があったのは本当って思えるような部分、あった?」
納得した様子の瑠佳ちゃんに対して、疑問を感じたらしい雫ちゃん。でも確かに、そういう話は特にしてなかったような。
「あ、ごめん。言ってなかったけど、この話は亡くなった人の親戚の子から聞いたんだ。だから、『誰かに傷を付けられて殺された』って部分は本当だと思う。傷痕に関しては、その子も直接見たわけじゃなくて、被害者の奥さんから聞いただけだから、ショックで気が動転して変なこと言っちゃっただけじゃないか、って思ってるらしいけど…。」
「成程…。この辺りで誰かに殺された人がいるってのは、間違いないわけね。…でもその割に、今朝、警察も見かけなかったし、ニュースで報道とかもまだされてないわよね?」
確かに、そんなことが起きたなら、事情を知ってる人からの伝言でしか聞けないというのは不自然な話。身近な所に危ない人が居るかもしれないというなら、早く皆に伝えるべきなのに。
「うん、そうなんだよね。不思議なことに、このことは公にしないでほしいって言われてるらしくて。まあ結局、公にしない理由が全然分からなくて、その子は私に話しちゃったんだけど。」
「「――――。」」
雫ちゃんと目を合わせる。…それは、疑念が確信に変わる一言だった。
――同じだ。佐堂さんのときと。
あのときも、公にはされなかった。未知の存在による事件だから、不用意に広めることはできないと判断されたって、天宮さんが言ってた。
傷痕の類似と、事件後の対応。共通点が二つあれば、それはきっと偶然じゃない。犯人が同じとは、言い切れないかも知れないけど…。
昨日の夜に起きた殺人事件。
これは、十一年前の『あの日』に起きたことと、無関係じゃない――――。




