一/二 わくわく新学期
ぽかぽかの気持ちいい日差しを浴びながら、高校までの通学路を、雫ちゃんと一緒に歩く。天宮家から高校までは、徒歩で約三十分といったところ。
自転車で通学してもいいけど、わたしは、のんびり歩いて登校するこの時間が、割と好き。雫ちゃんも、このぐらいの距離なら歩いた方が健康的でしょ、と言うので、満場一致(二人だけだけど)で歩いて登校することに決まった。
ちなみに、小学校と中学校は、どっちも歩いて十分くらいの距離。途中の交差点で、曲がる方向が違うだけ。
「今度のクラスは、どんな人達がいるかな…!楽しみ。」
「どんな奴相手でも大抵楽しそうよね、緋乃は。私は、面倒なのがいなければそれでいいけど。」
「わたしと一緒じゃなくても?」
「『同じクラスだったらいいな』は前提でしょ。今更、言わなきゃ分からない?」
「言ってくれた方が嬉しいよ?」
笑いながら、そんな話をして歩く。
と、そんなわたしたちに、声をかける人がいた。
「よーう、ガキ共!おはよう!!」
「吾郎さん…!おはよう。」
「…おはよう。いい加減働いた方が良いわよ、吾郎さん。」
「おっ。お前さんからそのセリフが出るってこたぁ、新学期か!頑張れよ、若者共!」
「自分が頑張ってから言ってくれる?全然、響かないんだけど。」
呆れた態度の雫ちゃんに負けずに、明るい調子を崩さない男性。
この人の名前は、川島 吾郎さん。柄のないシンプルなデザインの半袖半ズボンを身につけて、陽気で快活な印象を放ちながら、毎日暇を持て余してる三十三歳の無職の男性。
「バカ言え!俺がこんなんだからこそ、頑張らねぇと俺みてぇになっちまう!って危機感を、学生諸君に与えられるってモンだろ!?」
「胸を張って言うことじゃないわよ。…実際、地元の学生には、多少効果は出てるでしょうけど。」
吾郎さんは、町のちょっとした有名人。
吾郎さんのジョギングルートが、地元の学生の通学路と重なってるから、この辺りに住んでる学生は皆、吾郎さんを知ってる。高校のクラスメイトが地元の人かどうかは、吾郎さんを知ってるかどうかで判断できるくらい。
吾郎さんは、わたしたちが小学生のときから、このくらいの時間にこの辺りを歩いてる。なんでも、油断すると外に出なくなってしまうから、朝のジョギングを日課にしているとのこと。
健康面を気にする考えを持っているのに、働きはしないあたりに、吾郎さんらしさが表れている気がする。ところどころ、ちゃんとする部分がありつつも、基本的には駄目な人だと思われてる。
働かないことをお母さんに伝えたときに、
「俺は、自宅警備員になる!」と言ったら、
「へぇ。だったら、日中は家の前に立って怪しい奴がいないか見張り続けな。それも守れないなら殺すよ、穀潰しが。」と返されて、以来、ずっとその約束を守り続けてたりもするみたい。
「…まあいいわ。駄目な大人と話してても良い影響はないし、私がお説教する義理も時間もないから。行くわよ、緋乃。」
「あ、うん。」
「つれねぇなー。まあ、俺も母ちゃんが家出る前に戻らねぇといけねぇから、いいか!じゃあな、ガキ共!」
「うん。吾郎さんも頑張って。わたし、応援してる。」
「おう、サンキュー!……お、よーう、ガキ共!」
別れの挨拶をして数秒後に、背後から元気な声が響く。振り返ると、わたしたちの後ろから歩いてきた子達に、吾郎さんが声をかけてた。
「ホント、無駄に元気よね。あの人。」
「うん。吾郎さんは、面白くて好き。」
「やめなさい。良くないわよ、あんなの。」
わたしは吾郎さんのこと気に入ってるけど、雫ちゃんからの評価は悪い。でも多分、雫ちゃんも吾郎さんのこと、言うほど嫌いじゃないと思う。
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学校に着いた。下駄箱の近くに貼り出されたクラス分けの紙を見て、自分のクラスを確認する。
「えっと…わたしのクラスは…。」
見つけた。二年一組の欄に『白羽 緋乃』と書いてある。
白羽という名前は、苗字が無いのをどうしよう?という話になったときに、つけた。佐堂さんや天宮家の皆は大切な人だけど、家族じゃないから、その苗字を貰うわけにはいかないと思って、色んな名前を調べて直感で気に入ったモノを選んだ。
同じクラスの欄に、雫ちゃんの名前もあった。今年も同じクラスみたい。嬉しい。
「お、私達、同じクラスね。じゃ、行きましょうか。」
「うん…!」
雫ちゃんと一緒に教室に移動して、扉の前から中を見てみる。
時刻は、午前八時二十二分。まだ全員ではないけど、教室には、それなりの人数が集まってた。
早速、中に入ろうとしたところで、
「…お?」
「!」
一人の女の子と目が合った。
女の子は、たたっ!と弾むような足取りで、わたし達の目の前までやってきた。
「おはよう!初めましての子達だよね?私、倉科 瑠佳。これから一年、よろしく!」
これまた弾むような声色で、挨拶をしてくれた。
声や仕草と同じで、見た目からも、弾むような明るい印象を与える雰囲気を纏う女の子。
身長は多分、百六十五センチ前後。スラっとしていて、且つ、少し筋肉の付いた健康的な肉体。髪型は、頭の後ろで高めに結んだポニーテールにしている。解いたら、肩より少し下くらいの長さだと思う。
「初めまして、瑠佳ちゃん。わたしは、白羽 緋乃。よろしくね…!」
挨拶を返して、手を差し出す。それを見て、瑠佳ちゃんはすぐに、差し出したわたしの手を握って握手をしてくれた。
「うんっ!よろしく、緋乃ちゃん!よし、次!あなたは!?」
わたしの挨拶に、元気に返してくれた勢いのまま、今度は、雫ちゃんの方を見る。
「勢い、凄いわね…。天宮 雫よ、よろしく。」
雫ちゃんは、いつもの調子のまま挨拶を返す。どんな人が相手でも、自分を崩さないのが雫ちゃんの良いところ。そんな雫ちゃんに対して、瑠佳ちゃんは、
「うん、よろしく!…でも、雫ちゃんは私の名前、呼んでくれないの?」
わたしみたいに、名前を呼んでくれなかったことが寂しい、とアピールしてる。これが、瑠佳ちゃん流の仲良くなる方法なのかも。
「はいはい、よろしく瑠佳。」
「雑!?……でも、ちゃんと名前を呼んでくれたから、良しとしてあげましょう!」
流すような言い方をしつつも、ちゃんと名前を呼んであげる雫ちゃんと、それに少し驚きつつも、笑顔で受け止める瑠佳ちゃん。
うん、二人共、仲良しになれそう。
と、二人のやり取りを楽しく見てたわたしに、背後から声がかかる。
「中、入ってもいいか?」
「あ、ごめんなさい…!」
わたしは、慌てて横にずれる。教室のドアの前で話し込んじゃったから、邪魔になってたみたい…。
反省。
怒ってないかな?と思って、声をかけてきた人の顔を見る。すると、
「あっ…!灰くん。」
「ああ。おはよう、白羽。」
その人は、一年生のときも同じクラスだった男の子だった。
絢瀬 灰くん。身長、百七十九センチ。体重、六十三キロ。部活はやってないけど、ちゃんと筋肉があって、運動神経はとてもいい。物静かってわけじゃないけど、はしゃいでるところを見る機会は、あんまりない。
そんな灰くんと、わたしと雫ちゃんはお友達。去年、ちょこちょこお話しして仲良くなった。
「今年も同じクラスだね。よろしくね、灰くん…!」
「よろしく、白羽。天宮も。」
わたしと雫ちゃんに挨拶しながら、教室に入っていく灰くん。それを横目で見ながら、雫ちゃんも挨拶を返す。
「よろしく。…絢瀬は、まあ、ギリ許容範囲ね。」
「何の話だ?」
「面倒臭い奴とは、同じクラスになりたくないって話よ。」
「……喜べねぇなぁ…。ギリって言われる程、面倒臭いか?俺。」
「案外ね。多くはないけど、たまに厄介事を持ってくるもの。」
会って早々に、会話を弾ませる雫ちゃんと灰くん。
その様子を見てた瑠佳ちゃんが、
「むむ…、もしや二人は、犬猿の仲というやつ?」
と、わたしに聞いてきた。二人の仲についてなら、自信を持ってすぐに答えられる。
「見ての通り、仲良しだよ。」
一年生のときから、ずっとそう。
二人は仲良し。二人とわたしも仲良し。嬉しい。
「…成程。緋乃ちゃんは、これを仲良しと捉えるのかぁ…。」
「?」
わたしの返事を聞いて、少し悩むような素振りを見せる瑠佳ちゃん。もしかして、なにか間違った返事をしちゃったのかな…。
人との会話にも慣れてきたつもりだったけど、まだまだ勉強不足かも。頑張らなきゃ…!
「ところで、そろそろ始業時刻だぜ?席に着いといた方がいいんじゃないか?」
「…!」
灰くんの指摘を受けて、時計を見る。時刻は、八時二十八分になっていた。
灰くんと話しつつ、いつの間にか席に着いていた雫ちゃんを見ながら、わたしと瑠佳ちゃんは、慌てて自分の席に向かう。
「おっと!じゃあ、緋乃ちゃん、雫ちゃん、また後で喋ろ!!…あ!あと、灰くん!私、倉科瑠佳!よろしく!!」
詰め込むように急いで喋りながら、席に着く瑠佳ちゃん。
「またね、瑠佳ちゃん。ありがとう、灰くん…!」
わたしも瑠佳ちゃんに返事をして、灰くんに指摘してくれたことのお礼を言って、席に着く。
新学期の始まりは、そんな、慌ただしくて楽しい一幕だった。




