15話 夜襲と反撃
叶恵の眠っているテントに、潜り込む影が一つ。まるで影そのもののような外見をしているそれは、ネーレを背負った状態である。もちろん、運ぶために。
「……」
同じように叶恵を運ぼうと、影は少女に触れようとしていた。ゆっくりと手を伸ばす。
起こしてはならない。ネーレを背負ったこの状態で、もはや言い訳は厳しいだろう。
細心の注意を払い、ゆっくり、ゆっくり手を伸ばす。
「……!」
……しかし、触れられない。すやすやと、レジャーシートの上に寝袋も着ず、布も掛けずそのまま寝転がり、気持ち良さそうに眠るその少女には触れることができない。
「ふふ……もーおなかいっぱいよぉ……んー」
影の方へ意味不明な寝言を垂れつつ寝返りを打った。
「……ッ!?」
瞬間。ピピピピピピ、とアラートのようなけたたましい音とともに、影は強く後ろに弾かれる。弾かれた衝撃で飛ばされ、入り口の狭い叶恵のテントは、すぐに潰れてしまう。これまた騒がしい音が響く。
「……!?」
「「んー?」」
そして今、二人の少女は目を覚ます。感情などおおよそ持たないその影は、存在を脅かす危機に瀕すのだった。
◆┃◆┃◆┃◆
時を同じくして、のんびり焚き火を囲んでいた3人の耳に、その騒がしい音が届く。
「……あの子らダイジョブなのか?」
「いやまあ、叶惠ちゃんいるし。天敵みたいなのが出たりしなきゃあ大丈夫じゃない?」
「アイツなら心配ないよ。多分寝てるし」
「えー……」
なぜか一つずつわざとボタンをかけ違えた、ファーつきの黒のダッフルコートを着込んで体育座りの雀に、相変わらず対海魔科の制服姿で片膝だけ立てている晶斗に、同じく対海魔科の制服で胡座をかいて後ろにだらっと背筋を反らしている波澄は、大して危機感もなくのんびりしていた。
しかし、叶恵をよく知らない雀はなぜそんなに信頼するのかも分からない。とりあえずは流したが、『法規』すら知らないのだ。むしろ彼女の『法規』を知っているものは、基本的に何があろうと「アイツは大丈夫」と片付ける。それほどまでに常識外れな代物である。
「いやいや、やっぱり流せないって。あの子の『法規』ってそんなすごいわけ?」
一度気絶させたことはある雀は尋ねてみた。もっとも、気絶した理由も、一度ジェルっぽい海魔に飲まれた理由も、勝つ前提で、結果的にかっこよくなるために『許可』しただけだ。要は厨二病とも言える。雀の場合は相討ちだとか。ジェル状に関しては倒したあと雨みたいに欠片が降ってきたらかっこいいなとかそんなもんである。
つまり何かというと。
「アイツの『法規』はな。名前から言うと『絶対楽園』、分かってる範囲でかつざっくり能力について説明するなら『認識』と『許可』に基づいた現実改変。鵜ノ崎が『認識』していない自分に害を為すモノは勝手に弾かれ、鵜ノ崎が『許可』していない自分の不調及びその原因になりうるものは基本的に改変される」
「……そんなのアリか? あと長いな」
「そういうわけだから安心していいの」
「へぇ……」
「本当はもっと細かい説明もあるし、なんならアイツくらいしかそんなの持ってないからそれで全部とは限らない。まあ『法規』は大体そんなもんだけどな」
当然のように語る二人に少し気圧されつつ、懲りずに世界を悲観する。
(やりたくない。あの子ともやりたくないなぁ……)
周りに化物ばっかりで雀は段々辛くなってきた。
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崩れたテントの下から起き上がる。
「おんもいわねぇ……」
なぜこうなったのか。あんまり考えている余裕はなさそうだ。いち早く言葉を紡ぐ。
「私への害意を許可しない」
瞬間アラートのような音が響き、背中から迫っていた凶刃はすんでのところで停止する。
(これで対処できるんなら簡単ねぇ……眠いのに)
退屈と、こんなことで起こされたのかという憂鬱と、所詮偽物だということに対する諦めの混じった溜め息とともにこの場で有用と思える一言を。ただ紡ぐ。
「はぁ……偽物の存在を許可しない」
ピシャッと世界が歪んだ。消されたものを埋めるように、世界が捻れる。
「正せ」
「ぁいだっ。ン~~~~っ!」
ぐにゃっとねじれたその空間は立った一言で何もなかったかのように元に戻る。あったはずのものも全て、何もなかったかのように。
「ねむ……」
少女はそしてふらっと眠りについた。もう一人の少女のことも忘れて。
「……もーなんなのー……急に音がしたと思ったら突然金縛りみたいに動かなくなるしさあ……そんで急に落とされる私の気持ちをかんがえてほしーな」
痛む背中を嘆きつつ、黒い夜空の白い三日月を見つめながら、ただただネーレはぼんやりしていた。
……ネーレは翌朝まで放置されたのだった。




