8話 灰帰病
疾患系の領海は、法規を持たない者に対しては絶対的な効力を持つとされる。レベルが高い海魔の場合は、法規持ちにも通用する場合がある。
要するに、案外馬鹿にならない。
疾患系と言えば聞こえは地味だが、文明が発達していた頃一番人間を殺した動物は蚊である。
何も蚊に刺殺されるわけではない。伝染病患者の血を吸った蚊が、他の人間の血を吸うときに伝染病を感染させるのだ。そうして人間は蚊に殺されている。
病気は馬鹿にならない。インフルエンザにだって人は殺されることもある。
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灰帰病。そういう名前の病気らしい。
なんでも、段々と身体が崩れ落ちていくそうだ。聞くところによると流石に生々しく崩れるわけではなく、名前の通り灰になっていくと。
全て綷賀の情報だが。
「いってらっしゃあい」
任務もしばらくない(他の連絡班に丸投げした)のでフリーの綷賀が、誰もいない四人部屋を見ておいてくれる、もとい帰るのがめんどくさいのでしばらく居座るらしい。
そういうわけで見送りに来ていた。
「外……あかるい」
「五年ぶりの日光はどうだ」
「普通に眩しいよー」
そんなやり取りに鵜ノ崎は満面の笑みである。子供が好きらしい。
正直饗庭も人並みには微笑ましく思ってはいる。
なにせ、拾われてきたのも五年前、一度も外出していないのだ。
最初は誰にも言わずに匿っていた。
だがふとしたきっかけで露呈してしまい、色々大変だったのが四年半前、それ以降隠す必要は無くなったが、外に出ようとしないものだから結局こんなところまで来てしまった。
外に出ることそれ自体は喜ばしい。だが危険に身を晒すのは良くない。非常に良くない。
過保護な鵜ノ崎と、面倒な饗庭。気づかぬ当事者はいつもマイペース。
「んー」
手を差し出してくるネーレ。四時起きは眠いらしい。
呆れ半分に仕方なく饗庭は手をとった。
「ガキか」
「眠いもーん」
「あんたズルいわね。私にも手を握らせなさい」
「んー」
面倒そうに空いた手を鵜ノ崎に差し出すネーレ。
正直なんでもいい。そう寝惚け顔が全て物語っていた。
「ふふっ。ちっちゃい……」
「こんな所でのんびりしてていいんだか。とりあえず行くぞ」
「むにゃ」
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しばらく歩いた。綷賀からおおよその場所は聞いたが、色々と事情があるらしい。綷賀からは
「聞き込みをしてえ、まあがんばってくださあい」
といった感じだ。無策で入るのは勧められないと聞いた。
どうにかしろ。方法は知らん。上の連中がそんな感じでいい迷惑だ。
普段は明確な依頼が多いのだが、こういったこともしばしばある。許容するしかない。
頼城にはそもそも依頼があまり来ないらしいが。
「にしても、この辺りに端があるはずなのだけどここまで誰も見つからなかったわね」
「何かしら必要らしいが」
「?」
ネーレには何も事前情報は伝わっていない。
そして同伴者も説明する気がない。必要に応じて
最低限の話だけ。
「そういえばなんで貴女が帰りに必要なのかしらね」
「私が知ってるとおもうー?」
「もう意識も冴えただろ。手放せ」
「りょー」
相変わらずのほほんとしている。呑気とは少し違う。のほほんだ。
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呑気というのは、場の雰囲気を読めず、いつでも明るい、楽観的思考を重ねたりするタイプの人間(個人的私見)対してネーレのようなヤツは、本当に何も考えていなそうで、雰囲気を読めても大抵強制的に和ませてしまうタイプのマイペースだ。
こういうのが時に厄介になる。
真面目にやっていてもいつもの調子なもんだから緊張感を持つべき場面でも全体が緩む。
会議に出席させたら行けない人間。
饗庭もネーレが服を脱ぎ散らかしポテチをつまみソファーに寝転びながら映画観賞なんぞしていたもんだから指摘したことがある。返事はこうだ。
「……おかんかー」
「……はぁ」
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それでふと思い出した。
「そういやお前家族なんていたか? 見たことないが」
「なんじゃいきゅーに。覚えてないっつーのー」
「そらそっか」
「あーっ! ほらあれー! 第一村人発見!!」
「テンション高いわね……」
だがしかし、確かに見つけられたことは喜ぶべきかもしれない。遠くてよくは見えないが、あれは恐らく人だろう。
「いこー」
「そうねー」
「……ちょっと待て」
制止の声をかける饗庭。A.S.D.D.支給のスコープを覗く。
(何か様子がおかしい。段々見えなくなってないか? 彼処に坂はない。なんで消えて……)
一つ思い至る。最悪の可能性に。
「はあ!? だって! 彼処は! まだ外だろ!」
「なっ、何よ! 急に怒ると吃驚するじゃない!」
「うるさーい」
――それは風に飛ばされてきた。
元は人間だった筈の、粉。
それは灰。
やっと見つけたニンゲンは、あっさり散った。
敵の領海よりも外側で、敵の法規で。
「灰帰病……!!」
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「はあ!? 何考えてんだよ! アイツは3どころじゃない! アイツらの手には負えないだろうが!」
「いやっ。ちょ落ち着いてよお。私だって知らなかったんですよお?」
長身の男と小さな少女。もっとも、少女は少女ではないが。
「……っ。……それぐらい分かってるよ。もういい。俺も出る」
「えっちょまっ連絡班の私が見てたのに止めなかったらワンチャンお咎めっていうかあほんとに困るんですけどとととと止まる気ねえなあほんとにい」
制止の声をかける女に気もくれず、一言吐き捨てて男はその場を後にする。
「大事な後輩君に綱渡りなんかさせるかよ」




