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火花

長い回廊をフロレンスと共に歩いていくうちに、どうにか頬の熱は落ち着いた。

再び華やかなフロアに辿り着くと、彼女の姿に気付いた貴族たちのざわめきが聞こえてくる。

国境付近で隣国との小競り合いがあったからと、ロザモンド公爵家の次期当主である彼女が駆り出されたのは、3日前。

ちょうど、妹が居なくなった日のことだ。

公国の領土がさして広くない、といっても驚くべき進軍速度だった。

しかも戻って来ている、というこは片付いた、ということで。


───お化けを見たみたいにざわつのも、当然だ。


色んなショックから抜けきれず、変に冷静な目で周囲を眺めている僕の耳に、甘い声が聞こえてくる。

顔を向けると、ヘリオスの笑顔が輝いていた。


「お帰り、フロレンス公女」

「やあ、出迎え感謝するよ。大公子殿」


バチッ、と蒼白い火花が散らされそうな二人の視線に、僕の方がたじろいだ。

ヘリオスの完璧を絵に描いたろうな綺麗な笑顔は、笑っているのに全くそう見えない。


()()()()()、また随分とご活躍されたようで」


真綿から飛び出しまくった、トゲ全開の言葉がフロレンスに投げられる。

フロレンスはヘリオスの嫌味に、猛々しく笑って見せた。


「ええ、誰かさんが何の考えもなしに、三日前に出陣を命じてきましたので、さっさと片付けて可愛いローゼの晴れ舞台に間に合うよう、夜駆けで戻って参りました」


軍門の長であるルベル(紅の精霊)のロザモンド家、その次期当主を婚約式から弾くような出陣命令を下した張本人であるヘリオスは、爽やかに笑っていた。


「フロレンス公女の能力を信頼してのことですよ」

「私などを信頼して頂き、ありがとうございます。こうして式に間に合ったのも、あなたの叔父上であらせられるサイラス大公弟殿下(たいこうていでんか)の采配の賜物でしょう。どなたかと違って、よくお出来になられる」

 

フロレンスの薔薇色の瞳は細められ、唇はヘリオスを哀れみ、侮辱にするように美しく歪んだ。

ヘリオスの目蓋が僅かに痙攣し、目には怒りの炎が揺らめいて見える。

このままでは、刃傷沙汰に発展しそうだ。

止めようと僕が口を開きかけると、先に太く威厳に満ちた声が二人を諌めた。


「まったく、晴れの日だというのに。よさないか」


決して大きい声ではなのに、人を従えるだけの強さを持った言葉は、大公閣下の姿をそのまま表すようだった。

大公閣下がゆっくりと二人の側まで歩み寄ると、フロレンスとヘリオスは膝を折る。


「申し訳ございません。大公閣下」

「口が過ぎました、お許し下さい。父上」


寛容に頷く大公閣下は、眦に皺を寄せるように眼差しを和めると、フロレンスに視線を落とした。


「弟が随分活躍しているようだな、フロレンス」

「はい、隣国だけでなく帝国にも武勇が轟くほどです。降伏した者には寛容に対処し、政治力にも優れていると」


大公閣下と歳の離れた弟は勇猛果敢で有名だ。

戦神と崇められ、平和を尊ぶ王家の中では異質な存在であった。


兄弟仲が悪いから公的な場に姿を現さない。


なんて噂がまことしやかに囁かれているが、満足気に頷く大公殿下の姿から、そんな気配は感じられない。


「フロレンス、なかなか無茶な弟だがこれからもよろしく頼むぞ」

「はい、大公閣下」


フロレンスの肩に軽く手を置くと、大公閣下はゆっくりと踵を返して立ち去っていく。

気配が遠ざかると、跪いていた二人はゆっくりと立ち上がった。

ヘリオスは僕の方を振り向くと、手を差し伸ばす。


「私達も行こう。ローゼ」


手を取りたくない。

反射的にそう思ってしまった。

さっきまで妹以外の女に愛を囁いていた唇で、触れていた指先で、誘いかけるヘリオスがおぞましくて、仕方なかった。


───妹は、どんな想いでこの男の手を取っていたんだろう


考えるほどに(はらわた)が煮えくり返り、この男を殴り倒したくなってくる。


───それでも、微笑みながらこの男の手を取るしかないのか?


絶望的な思いを飲み下し、手を伸ばそうとした時、僕の身体はあらぬ方向に傾いた。


「申し訳ございません。ローゼは体調が優れないようなので、私が送っていきます」

「フロレンス…っ」


見上げた先には凛とした美しい顔があった。

薔薇色の瞳が、眩いほどに鮮やかに燃えて見える。

僕の肩を抱き寄せる暖かな体温に安心すると、ふと、力みが抜けていった。


「ローゼ…、…良い子だから、こちらへおいで」


ヘリオスの背筋を凍えさせるような、甘ったるさが鼓膜を震わせた。

従順なペットの不始末を叱るような、猫撫で声。

僕を見つめる青い瞳が、冷たく光って見える。


───こんな男に従ってたまるか!


僕は立ち向かうように姿勢を正すと、精一杯美しく膝を折って、顔を下げる。


「ヘリオス様、申し訳ございません。わたくし、今日は先に失礼致します」


僕の頭を見下ろすヘリオスの視線は、どんな色をしているのか。

今はそれが酷くおぞましかった。


「そうかい、なら仕方ないね。後日また二人で話そう。気を付けてお帰り、愛しいローゼ」

「はい、ヘリオス様」


微かな溜息と共に、ヘリオスの優しげな声が鼓膜を撫でた。

僕が顔を上げると、妹の婚約者は何ごともなかったかのように、優しく微笑んでいる。


全てを知るまでは完璧だと思っていた笑顔の仮面の下で、今は考えているのだろうか。

僕は嫌な想像を巡らせながら、フロレンスと供にフロアを後にした。

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