口淫
相変わらずマリアンはそこにいた。
机の下、しかも股の間から顔を覗かせてくるとかさ、お前はワンコか。
時計を見ると、深夜1時を回っている。作業が順調に進んだので、徹夜はしなくて済みそうだ。
おお、いかん。あくびが出てしまったな。
「今日は寝れそうだ。ありがとな、マリアン」
俺は下を向いて言った。一応礼を言っておくべきだからだ。トイレに行かずにひたすら作業に集中できたのは紛れもなく彼女のおかげだからだ。
「ジョニーのお役に立てて光栄です。私は新たな指示を待っています」
「そうは言われてもな」
邪魔をしないでくれ、くらいしか言うこともない。
「特にこのポジション取りで可能な、あるいはすべきである」と彼女は強調した。「新たな指示を待っています」
いや、そう言われても何にも思いつかないんだよね。別にさっき小便は済ませたし。ワンコだったら下に手を伸ばしてモフモフするんだけどな。
「うーん、何も無いなあ」
マリアンは口をあんぐりと開けて舌を出した。
なんだ、ワンコのつもりか?
俺が首をひねっていると、さらに彼女は口角を指で引っ張って言う。
「ほほれひゅ(ここです)。ひひほはっへひはふ(指示を待っています)」
そんなに口の中を見せられてもね。アンドロイドなのに、人間そっくりで歯並びがいいし、舌苔もなくて綺麗なピンク色をしていることは認めるが。
「いや、変顔して言い方変えても、無いもんは無いからさ」
俺は大きなあくびをして、最後のタスクを『済』に変更した。
マリアンがもとの表情に戻ったが、ちょっと不服そうにしている。働きたい盛りなんだろう。生まれたばっかりのアンドロイドだしな。
明日の具体的な指示はベッドに横になりながら考えることにして、今日は歯を磨いてさっさと寝るか。
彼女はすうっとデスクの下から出てきて、こめかみに人差し指を当てながら言った。
「過労ストレス『ゾーン』へのケアに失敗しました。これをリビドーフォワーディングによる健康被害と判断し、AIソサエティに報告します」
リビドーフォワーディング、性欲の先送り処置のことか。特に被害は無いんだが。
まあAIの計算の結果なんだろう。俺の脳じゃ到底たどり着けない場所にある世界だ。
「いいけど、厄介ごとはやめてくれ。それよりヤバい厄介ごとがこの先に待っているからな。ゾンビのパンデミックというね」
「今後、ジョニーへの介助を円滑にするための措置であるため、そのようなことは起こりえません。報告した情報の利用ポリシーについてお聞きになりますか?」
「いや、いい」
「では、着替えを済ませてベッドでお待ちください」
そう言って彼女は部屋を出て行った。
向こうから指示がくるとはな。そんなに働きたいのか? 正直眠いんだけど、ちょっとくらいなら付き合ってやるかな。
パジャマを着てベッドに身を投げる。今にも寝てしまいそうだが、すぐにマリアンが戻ってきた。
歯ブラシとボウルにコップを持っている。
彼女はベッドの上にあぐらをかいて座った。
それから俺の頭を掴んで、引っ張り寄せようとしてくるので、抗わずに従ってやった。
ちょっと仰け反り気味の姿勢は辛く無いんだろうか。見上げるとひっくり返ったマリアンの顔がある。
めちゃ美女だな。さすがアンドロイドって感じ。
俺は顎を掴まれて、口を開けさせられてしまった。
「ソングはいかがなさいますか?」
そんなことを言われても、喋れる状態じゃ無いんだが。
なので、俺は何となく頷くだけにとどめた。
口に歯ブラシを突っ込まれて、ゴシゴシやられてしまった。
なんか上機嫌だな、マリアン。




