70.ウィザード
『「榴弾砲」だッ!』
青木の口から突然出て来た聞いた事のない単語に、全員が首をかしげた。
かなり危険な物である事を伝えたい。だが、どう説明すればいいのか。考えているうちにも榴弾砲が火を噴いてしまう。
『なにそれ?』
『でかい銃みたいな物だ!』
投げやりな返答をする。一言で言えば大砲なのだが、生憎この世界にそんな物は存在しない。銃だと言っておけば、最悪ミクシードだけでも理解してくれるだろう。
魔法を撃つにしても、少し距離が離れている。ジータがミクシードにアイコンタクトした。
『……銃? ふーん、とりあえず銃なのね?』
言いながら、ミクシードがマスケットを構える。
二発の銃声が鳴った。
遠距離まで簡単に魔法を飛ばせるのが魔法銃の利点だろう。一瞬のうちに砲身が氷漬けにされる。
砲口を塞がれた榴弾砲が暴発し、周りのスケルトンを巻き込んで黒煙を上げた。
絶え間なく現れるスケンルトンを、ジータが魔法で蹂躙しながら進む。
青木も微力ながら小銃で応戦するが、すぐにマガジンが空になってしまった。急いで予備と取り替えていると、ふと、スケルトンの持っていた機関銃に目がいった。
わざわざ貴重な弾丸を使わずとも、その辺に転がっているこれを使えばいいのではないか。
そう思って機関銃を拾い上げる。
『それ使う気?』
ジータが青木に尋ねる。
『そのつもりだが……駄目なのか?』
『別にいいけど、あまり役に立たないわよ』
『どういう事かね?』
『それはスケルトンの一部、魔力体よ。しばらくしたら魔力が迷宮に吸収されて、蒸発してしまうわ』
『ふむ……』
そういう物なのかと思う一方で、どうしても納得がいかない。
手に伝わる感触、重さ。紛れも無く本物だ。
試射してみる。連射音と共に弾丸が飛び出し、硝煙の匂いが鼻をくすぐった。これが消えて無くなってしまうとは、にわかに信じがたい。
『しかし、やべえな』
バーニィが汗を拭う。
スケルトンの猛攻はいつの間にか止み、周囲は不気味な静寂に包まれていた。
ジータがいなければ、最初の時点で間違いなく全滅していた。この迷宮は、最難関とされる監獄迷宮の最深部にも匹敵する。
『あとどのくらいだ?』
バーニィの声には後悔の念が入り混じっていた。どう考えても、報酬額と仕事の内容が釣り合っていない。
入ってしまった以上、進む以外に道はないのだが。
そこからは静かなものだった。まだ成長途中の迷宮で、魔獣の数もそれほどなのだろう。完成してしまえば、と思うとぞっとする。
進むに連れて、前衛二人の表情が険しいものになっていった。どんどん魔力が強くなっている。迷宮の核がそろそろ近いらしい。
『どう思う?』
アルガンが独り言のように呟く。
それはこの静けさの事を言っているのか、それとも異人の武装をした魔獣の事を言っているのか。
『どうってそりゃ、こりゃ、あれだろ』
迷宮を満たしている魔力の事だ。
入った時は微かなものだったが、ここまで来るとはっきりとしたものになった。
やはりこの魔力は知っている。二年前に嫌というほど感じたものだ。
『なに?』
『何かね?』
ミクシードと青木の声が重なる。
二人が知らないのも無理はない。ミクシードは二年前、この地にいなかったのだし、青木はそもそも魔力を感じる事ができない。
バーニィが少し言いにくそうにしながら、
『天使族の持ってた魔力なんだよ』
『二年前にあなたたちが戦ったっていう?』
ミクシードが反応した。
二年前にあった創世の女神との戦争の事はミクシードも聞いていた。もちろん青木もだ。
この大陸で暮らせば嫌でも耳に入る。
『こんな時に何なんだがよ、お前、何者だ?』
『おい、バーニィ』
『アルガンは黙っててくれ、おかしいだろ? 見た事ねえ種族で、しかも女神大戦の事も知らねえってどういうこった? まさかお前もアオキと同じで異世界から来たってか?』
まくし立てる。
『ワタシ、ジータノツクッタ、マホウニンギョウ』
『嘘つけ!』
『うん、正解! 嘘だってよくわかったね、もしかして天才?』
『二人ともそろそろ黙って、何か来たわ。アオキ、あれは何?』
バーニィとミクシードの言い合いが遮られた。
前方からは、図体のでかい車両が向かって来る。榴弾砲があったのだ、これくらいはあってもおかしくない。
『そんな……』
頭の片隅にはあった事だ。
だが、実際に目の前に現れると、どうしようもない無力感に襲われる。
『「キュウマル」……。戦車と呼ばれる物だ。突き出た筒から爆発物を発射する。とにかく硬い』
『そう、ありがとう。でも硬さなんて関係無いわ。美しく散りなさい、破滅の恋歌』
生身の人間がセラミック系複合装甲を持つ戦車と張り合って、勝てるはずが無い。そんな青木の絶望を嘲笑うかのように、一瞬で決着が付いた。
ジータの魔法ひとつで戦車が大破する。閃光に目が眩んだかと思うと、爆発して玩具のように転がっていた。
『主が来るわね』
ジータの声は騒音に掻き消された。
青木だけが、騒音の正体を知っている。少し懐かしくも思うローター音だ。
同時に、建物の隙間から吹き付ける爆風に身体がぐらつく。かなりの近距離にいるらしい。
ここまで巨大な物は存在しなかった。これも魔力の悪戯なのか、通常では考えられない大きさのヘリが、町並みに浮かび上がった。
やや太い胴体に機首のセンサー、ローターマスト上にはロングボウレーダー。見間違えるわけがない。
あれは混乱の中で奪われたはずの戦闘ヘリ、AH-64Dだ。全長約十八メートル、全高約五メートルだったはずだが、優にその三倍はある。
当然、武装も冗談のように大きい。
二基ある七十ミリのロケットランチャーは、もはや戦車のそれだ。十九発、それも二基分で三十八発が飛んで来たとなると、周辺一帯は跡形も無く消し飛ぶだろう。
巨大化した対戦車ミサイル、AGM-114ヘルファイアに至っては、どれほどの威力を秘めているのか想像も付かない。
馬鹿馬鹿しい。ちっぽけな人間の抵抗に、一体どれほどの意味があるというのだろうか。
ジータの言葉通りであれば、消耗品はいくらでも湧いて出る。彼女の障壁がいつまでも耐え続ける事ができるとは思えなかった。
『なんだ、ありゃああ!』
バーニィが狼狽えている。
ヘリもそうだが、その声はまた別の部分に向けられていた。
注目するのはコックピット。乗務員はスケルトンではなかった。
金色の光を纏う、背に翼を負った女性の姿がそこにあった。ただし、力無く項垂れていて、おそらく意識は無い。
『この魔力の正体はやっぱり天使族だったか!』
バーニィが吼える。戦意を失うどころか、むしろ高潮していた。
ゆっくりと浮上するヘリに視線を向けたまま、ジータが青木に訊く。
『あれの弱点は?』
弱点と言われても咄嗟には出てこない。最強と謳われる戦闘ヘリだ。
狙うならばローターか、積んである武装だろうか。狙えるのであればの話だが。
その程度の事しか思い付かない。
『そう、よかったわ。簡単で』
青木の聞き間違いか。
聞き返す間もなく、ジータが魔法の生成に入る。
『――彼を永遠にあたしだけのモノに、憎愛の凶刃』
高速回転のローターが急激な上昇を見せる。反対に、機体は重力に負けた。
飛ぶ術と切り離されたそれは、無様な音を立てて地に伏せた。
一部始終を見届けた青木だったが、何が起きたのか理解が追い付かない。
最強のヘリは最強のウィザードを前に、何の力も示す事ができなかった。




