69.異世界の迷宮
都市の近辺は廃墟の解体が進んでいる。
できれば全てを解体したいと都市は考えているが、今の世代が生きているうちには無理だろう。
解体から出るゴミの処分が悩みの種だ。膨大なゴミを処分する方法が無い。この問題が解決されない限り、これ以上の解体は進められない。
一部では城壁が取り除かれて、都市の拡張が行われている。すっきりとした景色は少し進むと廃墟へと変わった。
一夜を置いて、攻略隊は出発した。
飛び出す魔獣を退けて、一直線に迷宮へ向かう。
『それ以上進まないで』
ある地点まで到着すると、ジータが一行の足を止めた。
行く先を見るジータの表情は何の感情もなく、何を考えているのかは読み取れない。先を歩いていたアルガンが振り返る。
『どうした、虹姫』
『その先はもう迷宮よ。もう少し開けた所から入ろ』
今歩いている道は比較的狭く、ひしめく建物に挟まれている。魔獣が身を潜めて強襲するにはもってこいの場所だ。
バーニィはこのまま迷宮に入るつもりでいた。こっちには最強の虹姫がいるのだ、魔獣の待ち伏せなど気にするほどのものでもない。
そう考えていた。
慎重な姿勢のジータを見て、バーニィは評価を改める事になった。彼女は自分の力に慢心する愚か者ではなかったらしい。
『わかった、少し周囲を回ってみよう』
進入口を探して歩く。
屋外型迷宮には入口というものが無く、どこからでも入る事ができる。
だからといって、何も考えずに入るのは賢いとは言えない。簡単に入れても、出る事ができないのだ。
まるで獲物を捕らえた食虫植物のように、迷宮の魔力が脱出する事を許してくれない。無理に出ようとすれば、魔力が吹き荒れて迷宮内のどこかへ飛ばされてしまう。
一旦中に入ってしまえば、排出口を探し出さないと出る事は叶わない。
今回に限っては、核の破壊という手段もあるが、それも簡単な事ではない。大抵は“迷宮の主”と呼ばれる魔獣が護っている。
『迷宮の主とは何なのだ?』
青木が率直な疑問を口にする。
『迷宮が穢れた魔力を浄化させるって教えたよね?』
なら、その穢れはどこに行ってしまうのか。
答えは迷宮の中心、核である。
迷宮に大量の魔獣を生み出しつつ、穢れは核に溜まっていく。
穢れが溜まりきると、強力な魔獣が誕生する。これが迷宮の主だ。
なぜ成長途中の迷宮に主がいるのか、それはよくわかっていない。一説では、歪に流れる魔力が核に集中し、そこから生まれるのではないか、という話もある。
なんにせよ、迷宮の全てが解明されない限り、憶測の域を越える事はない。
今重要なのは、完全な形を成す前であれば、核を破壊する事で迷宮は消滅してしまう、その事実だけだ。
『ここがいいわ』
足を止めたのは公園だった。
遊具の他に、ちょっとした運動場も配備されている。公園の向こう側には背の低い住宅しかない。ここならば視野も明るく、奇襲を受けても対処しやすい。
迷宮に入ると、空気が一変した。
とても暖かい陽気が嘘のように、冷たい空気が流れている。別世界、その言葉が青木の脳裏をよぎった。
『なんだこれは』
アルガンが顔を歪めた。ジータですら少し顔をしかめている。
『なんだ? どうしたと言うのだ?』
『んー、中に入るまでわかんなかったんだけど。なんか変な魔力が充満してるの』
一人だけ状況を把握できていない青木に、ミクシードが答える。
中は馴染みのない魔力で満たされていた。だが、感じた事のある嫌な魔力だ。
脂汗をかくバーニィとアルガンを見れば、ただ事ではない状況である事が青木にも理解できた。
『みんな、絶対にあたしから離れないで』
ジータが先頭を行き、バーニィとアルガンが両脇を固める。青木とミクシードは銃を構えて後に続いた。
いやに静かだ。周囲に何の動きも見られないまま、公園を抜ける。
アスファルトを踏みしめて住宅街へ突入すると、家の窓で人影が動いた。
『いかん! 全員――』
青木が伏せろと言いかけて、疑問が浮かんだ。一体、伏せたからどうなるというのだろうか。
立っていても、伏せていても、おそらく結果は変わらない。
蜂の巣にされるという結果には違いはない。
青木が見たものは、迷彩を身に纏い、機関銃を手にした骸骨たちだった。
無数の銃声が耳をつんざいた。
誰も帰って来ない理由が納得できた。誰もが何が起こったのかもわからないまま殺されたに違いない。
思わず目を瞑った青木は、次の瞬間に違和感を感じた。銃声はするのに、撃たれていない。
そっと目を開ける。
ジータがいなければ、きっと自分達も帰って来ない者たちと同じ運命を辿っていた事だろう。丸いテントを張ったような白く輝く防壁が、集中砲火から身を守ってくれていた。
青木が青ざめたのを見て、咄嗟に魔法障壁を張ったのだ。
『気持ちは嬉しいんだけど、どいて。邪魔』
見れば、バーニィとアルガンがジータに覆い被さるようにして、銃撃から守ろうとしていた。
こちらも咄嗟に体が動いたのだろう。自分は全く動けなかったのに、と感服する。
『アオキ、あれは何?』
『我々の世界の武器で、「機関銃」と呼ばれる物だ。見ての通り、鉛弾を連射する事ができる』
ジータに解説を求められて、答えを返す。
『弾が尽きるまで待って、隙を突いて身を隠すしかないな』
『無駄よ。あれは魔力体、消耗品なんていくらでも湧いて出るわ』
つまり、身動きが取れなくなってしまった。いきなり万事休すだ。
青木が一体のスケルトンに銃を向けると、
『駄目!』
ミクシードに止められてしまった。
外部からの侵入を一切許さない障壁だ。それはもちろん、内部からでも同じ事が言える。
一方通行などという都合のいい障壁など存在しない。
『どうする、虹姫』
アルガンが意見を求める。
『そうね……じゃあ、地面を叩き割ってくれる? あなたなら朝飯前でしょ?』
『地面を? わかった』
意図はわからない。だが、理由を訊く事もせずにアルガンが拳を掲げた。
豪腕が唸りを上げて叩きつけられる。硬いアスファルトに、蜘蛛の巣状の亀裂が広がった。
怪力どころの話ではないその所業に、青木は目を擦るばかりだった。
亀裂の中心に手を当てたジータが詠唱を始める。
とはいっても、二言三言呟くだけの、とても詠唱とは思えないものだ。
『――あたしの魔力を糧に伸びなさい、充実野菜!』
何も起こらない。目の前では。
しばらくすると、ぴたりと銃撃が止んだ。不思議に思った青木が周囲を見回す。
すると、亀裂という亀裂から這い出た茨が、建物を覆っている様子が見て取れる。
植物が障壁の無い地中を伝って這い出し、スケルトンたちを縛り上げていた。締め付ける力を増した茨が、スケルトンを粉々に粉砕していく。
『あなたがいなかったら、みんなここで死んでいたわ。ありがとう』
感謝を述べるジータの声には、感情が全くこもっていない。
嘘だ。ジータならば、アルガンの力を借りずとも同じ事ができたはずだ。
協力して窮地を乗り越えたという実績が欲しかっただけだ。これで、バーニィとアルガンの傭兵としての面子が保たれる。
その事に勘付いたバーニィが、
『敵わねえな……』
独り言を呟いた。
追撃の様子は無いものの、どこからともなくスケルトンの動く音がする。失敗を経験に学んだのか、気味の悪い雰囲気が漂う。
周囲を警戒しながら進むと、すぐ近くで音がした。
軽い金属音だ。小さな球体が跳ねてこちらに向かってくる。
『いかんッ!』
青木が前のめりに球体へ駆ける。刹那、身体を追い風が吹き抜ける感覚があった。
一瞬だった。普通ならば、あと数秒はかかっていただろう。気が付いた時には、既に飛んできた手榴弾が手の中にあった。慌てて放り投げる。
爆音の直後、耳が遠くなる。衝撃に身体が持っていかれた。
『――てぇ、なんだ今のは?』
全員無事だ。少し吹き飛ばされはしたが、大きな怪我は無い。
我ながら無茶な事をしたと青木は思う。ジータが魔法で支援してくれていなければ、間に合わずに爆死していたに違いない。
ほっとするにはまだ早かった。次々に手榴弾が投げ込まれる。
『じゃあ走ろっかー』
ジータが間延びした声を出す。
何か魔法を使ったらしい。飛来する手榴弾がスローモーションになっていた。
どうこう考えている暇は無い。全力で駆け抜ける。
進む先に道を塞ぐスケルトンたちと、二つ並ぶ機器が見えた。一体どういった原理で、あれができあがるのだろうか。
それらは、尾を振り上げた蠍のようにも見える。
『「榴弾砲」だッ!』
前には大砲、後ろには手榴弾。
完全に挟まれてしまった。




