第三十八章:余裕の使い道
荷車の列が見えなくなってからも、
しばらく姫はその方向を見ていた。
「……全部、回ってるのね」
「ああ」
短く答える。
そして――
「次だな」
俺はそう言った。
姫がこちらを見る。
「次?」
「余裕ができた」
だから使う。
それだけの話だ。
「何に?」
「遊びだ」
一瞬、沈黙。
「……は?」
姫の反応は当然だった。
数日後。
領地の一角。
人が集まっている。
「これが……?」
姫が目の前の建物を見る。
「娯楽施設だ」
簡素だが広い建物。
中ではすでに人が座っている。
向かい合い、
何かを挟んでいる。
「何してるの?」
「盤だ」
中に入る。
木の盤。
駒が並んでいる。
「チェスだ」
別の卓では、
白と黒の石。
「オセロ」
さらに別の場所では、
紙の束を配っている。
「トランプ」
姫はしばらく無言だった。
「……意味あるの?」
率直な疑問。
「ある」
即答。
「余裕があるなら、使わせる」
「休ませるため?」
「違う」
首を振る。
「考えさせるためだ」
姫の眉がわずかに動く。
「チェスは読みだ」
「先を考える」
「オセロは流れだ」
「ひっくり返る」
「トランプは確率と駆け引き」
淡々と説明する。
「……農民に?」
「ああ」
「必要だ」
周囲では、
すでに声が上がっている。
「そこじゃねえ!」
「待て、それは――」
「ひっくり返ったぞ!」
笑い声。
悔しそうな声。
考え込む沈黙。
全部が混ざっている。
姫が小さく言う。
「……楽しそうね」
「ああ」
「それでいい」
「でも」
姫は続ける。
「それだけ?」
「それだけじゃない」
俺は外を見る。
「人が集まる」
「金が動く」
「時間が使われる」
「癖になる」
姫がゆっくり理解していく。
「……市場と同じ?」
「近い」
「違うのは」
少しだけ間を置く。
「無くても困らない」
だからこそ強い。
「……依存させてる?」
また同じ問い。
「させてない」
即答。
「選ばせてるだけだ」
子どもが走る。
大人が真剣な顔で盤を見る。
老人が口を出す。
それをまた笑う。
「……平和ね」
姫が呟く。
「ああ」
「金を使う場所があると」
俺は言う。
「争いは減る」
姫は少しだけ息を吐く。
「食べるだけじゃなくて」
「遊ぶ余裕まで作ったのね」
「ああ」
そして、
いつものように付け足す。
「回るからな」
姫は苦笑する。
「本当に、それしか言わないのね」
「それで足りる」
領地はまた一つ、
変わった。
いや――
完成に近づいた。
そしてその意味を、
やはり理解しているのは――
姫だけだった。




