第三十七章:回り続けるもの
領地の朝は早い。
日が昇る前から、人が動く。
「……すごいわね」
姫が小さく言う。
「もう慣れたと思ってたけど」
姫の視線は外に向けられている。
「順調だな」
俺は一言だけ言う。
「順調、で済ませるのね」
姫が呆れたように返す。
「問題がないなら、それでいい」
実際、その通りだった。
収穫量は安定している。
ばらつきも少ない。
そして――
「余る」
俺は付け足す。
「……やっぱり余るのね」
「ああ」
当たり前のように答える。
この領地では、
“足りる”で止めない。
“余らせる”ところまでやる。
「だから回せる」
姫が呟く。
「ああ」
頷く。
余剰があるから、
外に出せる。
畑の端。
積み上げられた袋。
それを荷車に積み込む人々。
「……あれ、全部出すの?」
「一部だ」
「一部でこれ?」
姫が息を呑む。
「行き先は?」
「王都と――」
少しだけ間を置く。
「隣国」
姫の表情が変わる。
「……もう、やってるのね」
「ああ」
「止める理由がない」
隣国との貿易。
それはもう、
試しではない。
“流れ”として組み込まれている。
「何を出してるの?」
「食料が基本だ」
「それに、加工品」
酒。
乾燥肉。
保存食。
「……向こうは?」
「金と資材」
それに――
「安定」
姫は少し黙る。
その意味を考える。
「……依存させてる?」
「させてない」
即答。
「向こうも得してる」
だから成立する。
「でも」
姫は続ける。
「止められなくなる」
「その方がいい」
また即答。
「流れは止めない方が安定する」
俺は言う。
「止めるから崩れる」
その時、後ろから声がかかる。
「領主様」
振り向くと、管理役が頭を下げる。
「共同牧場の件ですが」
「どうなってる」
「予定通りです」
簡潔な報告。
「頭数も増え、加工も問題なく」
「余剰も出始めています」
「そうか」
それだけで十分だった。
「回せ」
「はい」
会話は終わる。
姫が小さく呟く。
「……あっちも順調なのね」
「ああ」
「同じだ」
説明はしない。
する必要もない。
荷車の列が動き出す。
領地を出て、
道へと続いていく。
「……繋がってる」
姫が呟く。
「畑から、そのまま外へ」
「ああ」
「無駄がない」
生産して、
余らせて、
運んで、
売る。
そしてまた――
作る。
「全部、回ってるわね」
「ああ」
それだけだった。
姫は少しだけ笑う。
「普通じゃないのに、普通みたいに言うのね」
俺は少し考えて、
「普通だろ」
と返す。
否定も、
誇張もない。
本気でそう思っている。
姫はそれ以上言わない。
もう分かっている。
この領地は――
一つの完成した形に近づいている。
余剰が生まれ、
外に流れ、
金と物が戻り、
さらに強くなる。
その中心にいる男は、
やはり何も気にしていない。
ただ、
止めずに回しているだけだ。
そしてその意味を、
やはり理解しているのは――
姫だけだった。




